6.砂漠の国 伍
砂漠の夜は寒いと聞いていたけれど、季節のせいなのか涼しいと思える程度だった。日中の焼けつくような日差しや気温からすれば確かに十分寒いけれど。
木枠の窓を開けると、きいと軋んだ音と共に乾燥した空気が流れてくる。日はとっぷり暮れて、時刻は夜中と呼ばれる頃合いだ。
農村の夜はそれは早く、日が暮れて火が必要になったら村人は早々に眠ってしまっていたけれど、さすが首都というべきなのだろうか、このあたりは遅くまで人の声がした。今は随分少なくなったけれど、それでもまだ耳を澄ますと広場の方から僅かに人の声がする。
二人はまだ戻ってきていない。
さらっと留守番を頼まれて置いて行かれた時は流石に焦ったけれど、よく考えてみると当たり前だった。
当事者のフリーダ、街生まれのエルフで加護を教える立場にあるシェビィさん。そこに最近街に来て加護を教えてもらいたいと思っている、出所不明でフリーダと同年齢の僕なんていたら、まとまる話もまとまらなくなってしまう。
謝礼金が出るようなことを言っていたけれど、今回の場合はもらえないだろうし、もらえたとしてもシェビィさんが受け取る分には何も問題ない。流石に銀貨一枚よりも多いということはないだろう。
に、してもだ。
「……いいなあ」
窓枠ぐってりと頭を乗せてため息混じりにぼやく。
きっとフリーダが僕に向かって呟いた何がしかは、加護の言葉だったんだろう。直接人を害する加護はほとんどないと聞いているから、多分旋風か何かじゃなかろうか。
たったあれだけで、加護って使えるんだ。
そういえばマイミリクの加護もお伺いを立てただけで得たって言っていたなあ。
「はああぁぁぁ...」
あの光は、明らかに僕を避けていた。フリーダが驚いていたのは僕に加護が向かわなかったからだろう。
よほどその神に好かれているか、或いはよほど嫌われているか、おそらくはそのどちらかだろうと思う。
そして、多分後者だろう。
僕って一体、何なんだろうなぁ。
翌朝目が覚めると、二人は帰ってきていた。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま。少しばかり、お寝坊さんだったわね?」
「あー……すいません、ちょっと夜に考え事をしていて」
確かに日は朝というよりは昼に近づいていた。寝すぎたようだ。
いたずらっぽく言うシェビィさんにちょっとばかり苦い笑顔で返す。まさか加護のせいで御用になりそうだった女の子に加護の件で嫉妬してました、なんて間違っても言えない。
当のフリーダは、少し眠たそうに目をこすりながらそれでもずいぶんすっきりした顔をしていた。どうやら、話の方はうまくまとまったようだ。
「まあ、私達もちょうどさっき帰ってきたところだから、軽く食事をとって、色々話しましょう。ユーリ君にお願いしたいことがあるのよ」
テーブルについて、シェビィさんの淹れてくれたお茶を飲む。この辺りでは茶葉をミルクで煮だす乳茶が普通のようだ。小鍋から濃いミルクと深みのある茶の香りが立ち込めてくる。
黒パンと干し肉のささやかな食事をテキパキと終え、乳茶をゆっくりと飲みながら僕は口を開いた。
「結局、どうなったんですか?」
シェビィさんが無言で乳茶を飲むフリーダに目配せする。自分で話せ、ということだろう。フリーダも小さく頷いた。
「雨の規模が小さくて時間も短かったかのと、あたし神子なのが関係しているらしくて、とりあえず水の方は問題ないって。でも法律の罰金自体は無効にできないから、調査にかかった費用とか色々含めて金貨二十枚を支払うようことになった。さすがに今すぐは無理だから、三十歳までに払うように裁きの神の契約書を書いてきたわ」
先刻の張り詰めたような、追い詰められた喋りではなく、すこしばかり気の強そうな女の子の言葉だった。
「裁きの神の契約書って?」
「ずっと西の国に裁きの神って呼ばれている神様がいるのよ。その神様の力が籠った契約書で、契約を破ると雷が落ちてきて契約者の命を奪うと言われているわね」
これにはシェビィさんが答えてくれる。破ると命を落とす契約書というのは聞いたことがあった。
「ああなるほど、聞いたことはあります。金貨二十枚はたしかに大金だけど、猶予があるなら払えないとう言うほどではないですね」
よかったという僕の言葉に、二人は笑顔で頷いた。
「それであの、貴方」
「ユーリだよ。呼び捨てでいい」
「ユーリは旅をしてるって聞いたんだけど、本当?」
フリーダが尋ねてくる。
「そうだけど」
「一人で? あたしと同い年くらいよね?」
「多分、僕は十五歳だけど、君は?」
「フリーダでいいわ。あたしも十五歳。同い年ね。
――それで、その、」
「あたしも一緒に、行ってもいいかしら」
チャイって美味しいですよね。僕は好きです。
少しばかり短いですがこの辺で。