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僕達は神様を探してる  作者: 巴瑞希
西大陸篇
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21.忘却の神の玉手箱 賊

 男は狭い小屋の中で目を覚ました。

 打ち捨てられた、というには比較的手入れがなされている山小屋だ。先日までは時折山を越える旅人が野営するのに使っていたが、山賊が住み着いたという噂が流れるとぱたりと人足が途絶えた。


 のそりと体を起こす。急所を守るための古びた革の胸当てが軋む。

 左目は眼帯が当てられ、腕には幾つもの傷跡が目につく。全く手入れをしていないぼうぼうに伸びた髪が、邪魔にならないように紐で無造作に括られていた。



 男の風貌は十人が十人、山賊だと言うだろう。


 実際ここ二月ほどは山賊の真似事をしていた。



 男は脇に下げた水袋を呷り、中身をごくりと飲み下した。品なく吐き出された噫気から酒精が漂う。

 更に続けて飲もうとするが、飲み口からは数滴の液体が滴るのみであった。


「……チッ」


 忌々しげに舌打ちし無造作にそれを放り出す。そこら辺の物に当ってばたりと落ちる音がする。

 そろそろ次の獲物を探すべきか、と呟いて、脇に置かれた木箱を見やった。


 外側にあった意味のない宝石類は尽く外し売り払った。それなりの値になったがすでに酒代として消えた後だ。

 宝石類がはまっていたことが分からないよう表面を削り、更に泥を塗ったので、もはやこれが高級品だということは誰の目にもわからないだろう。その辺の納屋に置いておいたら誤って捨てられそうな気配さえする。


 これは無限に金を生み出す箱で、しかしこんなことになった元凶だ。




 これを受け取った日のことを思い出す。



 商人の護衛中の一幕だった。投石で馬をやられ、戦闘になった相手は闇色の布で体を包み目以外を覆い隠した、とんでもなく練度の高い集団だった。


 傭兵としてこれでも腕に覚えはあったのだが、どんどん押されていく。

 仲間が次々と倒れていく。


 応戦中、背後から共に護衛をしていた別の徒党のリーダーの叫び声が聞こえた。降伏する、と。

 横目で見やると商人が倒れている。確かにこれ以上の戦闘に意味はないだろう。俺はまだ残っていた副長に目配せし、相手の間合いから一歩引いて剣を目の前に置き手をついた。傭兵の降伏の姿勢である。


 黒尽くめの一人が豪奢な箱をドンと目の前に置いた。

 これに詰めろということか? 体を縛られたりもせず自由な状態で、ただ目の前に宝石の施された箱を置かれて困惑する俺に、黒尽くめは淡々と言った。


 この国の中で使え、全く使わなかったり他国で使ったら音もなくお前を殺す、と。

 相手に向けて開ければいい、自分に対しては決して向けるなと念を押されたが、それで一体何が起こるのかなどは全く言わず、黒尽くめの男は掻き消えるように目の前から居なくなった。


 気が付くと他の黒尽くめもいなかった。

 馬は足を射抜かれ走ることは叶わず、商人は頭を打って昏倒、俺の部下は三人、もう一つの徒党も二人が死亡し、残りの人間も残さず大怪我をするという大敗北で、しかし商品には傷一つついていないどころか高そうな宝飾のついた箱が増えているという意味の分からない状態で戦闘は終了した。


 腕にはそれなりに自信があったのに手も足も出なかったことに苛立っていたのは事実だが、目を覚ました商人の対応もまた癪に障った。

 命が助かり商品も無事だったのに、死んだ党員を弔うどころか自分の治療費と馬の買い換え代をどうするつもりだ、護衛費から差っ引いてやる、その箱もよこせ、と。言葉は違ったかもしれないが俺にはそう聞こえた。


 ああくれてやるよと箱をそいつに向かって開いてしまったことが、おそらく終わりで、始まりだった。そのまま渡してしまえばこんなことにはならなかっただろう。


 商人は突然わけも分からず暴れ出し、腰に下げたナイフを振り回し始めたのだ。

 とっさに応戦したが、先の先頭で利き腕を怪我していたのが災いし、力加減を誤り振りぬいた剣は商人の首を刎ねた。


 そこからの行動も更に悪かった。

 他の生き残り達も横暴な商人をよく思っていなかったし、口裏を合わせて荷物の大半を隠して這々の体で街に入れば、商人は善戦むなしく死亡したことになっていただろう。

 しかし依頼主を殺してしまった俺は、とっさに野営地を飛び出してしまったのだ。事もあろうにこの箱を持って。


 そこからはお尋ね者一直線、笑えるくらいの転落人生だった。転落するほどお高い人生を歩いてないなんて冗談を話したこともあったが、どうやらもっと下があったらしい。


 金に困った俺は箱の宝飾を外して売り払い、更に金に困ると箱を使って人を混乱させ金品を奪った。

 この箱を向けられた人間はめちゃくちゃに混乱するらしい。中がどうなっているのか気になったが、自分で覗く勇気はなかった。


 仲間もなく昼から酒を呷り、時折思い出したように金品を奪い、その金でまた酒を買う。

 そんな日々がもう二月も続いていた。



「捨ててやろうか」



 ここ二ヶ月幾度と無く思ったことをまたつぶやく。


 泥だらけでボロボロの木箱が、これ以外に生きる方法なんて思いつかない俺を嘲笑っているように見えた。

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