20.忘却の神の玉手箱 漆
「東大陸では、加護ってのはどういう扱いなんだ?」
「どういう……」
ちょっと考えこむ。西と違う部分を言えばいいのかな。
「人を傷つけたりしない限り、町中でも普通に使えます。むしろみんな加護を使って生活しているので、使うなって言われると困るんじゃないでしょうか」
「使い方も普通は親から教わるわ。歌や踊りみたいに扱いが難しい加護だと、町に一人か二人くらいは教えてくれる人がいるわね」
「町中で加護を使うって……犯罪に使われたらどうするんだ」
「それを取り締まるのが国の仕事だもの。そのために高い税金払ってるんだから」
ダニエルさんがはあと溜め息を吐いて、ぐったりと背もたれに体を預けた。
「それで東大陸のやつらは港で加護を使うのか……」
ああ、来た時にちょっと怖い笑顔で余計なことをするなと凄んでいた理由がなんとなくわかった。
この事情を知らないと、東大陸の人は勝手に加護を使って御用になる困った集団なんだ。
「勝手に使った人たちって、どうなるんですか?」
「基本はひっ捕らえられて賠償があった後強制送還だな」
「もうちょっと東西で情報共有とかしたほうがいいんじゃないの?」
「北のルーヴァとサンドルフだと共有されてるらしいが、こっちはわざわざ内海を渡って来る冒険者が少ないからな。商人たちは使う必要がないんだろう。情報共有……少し考えるか」
ギルド長がなぁと意味深に呟いて、ふるふると頭を振って向き直る。
「話が逸れた。お前たちは神殿に仕えるつもりは無いんだな?」
「ないわ」
「ありません」
即答する。探している御神が見つかるまで、一処に留まるつもりは二人共なかった。
「ユーリはともかく、フリーダはこれからありとあらゆる手段で神殿や国から接触や勧誘があるだろう。理由はわかるな?」
「国は神殿に所属してない強い加護を持ってる人が欲しくて、神殿はそういう人を放っておきたくない、ってことよね」
「分かっているようで何よりだ。冒険者ギルドはギルドの権力の及ぶ限り、お前たちに不利益が無いよう立ちまわる。お前たちも、言質が取られないよう神殿や国の関係者と話すときは慎重に喋るように」
二人で頷き合う。ダニエルさんはその様子に一つこくりと頷いて、難しい顔をした。
「神殿や国はなんとかなるとして、問題はアウテリングの学士の方だな」
「アウテリング学術都市っていうのは、どのくらい影響力があるんでしょうか?」
「……そうだな、あいつらがなりふり構わず全力で何かしようとするなら、それを止められる所はない」
「うぇえ!?」
ナニソレ!?
思わず変な声を出した僕の横で、フリーダがそっかとつぶやく。
「ギルドも、アウテリングには強く出れないのね?」
フリーダはなんだか冷静そうだ。
「そうだな、向こうが強固にお前たちをよこせと言ってきたら、上は引き渡しを決定すると思う」
「何でですか? 国に対しても、不利益がないようにしてくれるって言ってたのに……」
目の前のギルド職員は先ほどとは違った苦い顔をする。
フリーダははあと溜息を吐いて、
「これでしょ?」
目の前に何かを取り出した。
細かな意匠の彫られた銀の縁取り。その中にはやや橙色がかった赤い石がはめ込まれ、丈夫な革紐が通されて首にかけるようになっている。
冒険者証だった。
「……そうだ」
ダニエルさんが低い声で肯定する。が、僕にはやっぱりよく分からない。
「えっと、ユーリ、冒険者証で出来ることは何?」
「え? 本人以外が持つと黒くなるとか、簡単な登録内容が見れるとか、何かあるとギルド側はさわらないでも壊せるとか?」
「そんなどうなってるのかさっぱり分からない物なんて、神の力を込めた神具に決まってるじゃない」
「あ……」
服の上からペンダントを握りしめる。言われるまで全く気づかなかった。
「フリーダは聡いな、その通りだ。飛信の神の加護が篭っている」
ダニエルさんは困ったような、苦いような弱い笑顔を浮かべ肩を竦めた。
「ギルドの中には神具が他にもいくつかあるが、登録証は本当にないとどうしようもない。あいつらも金がなければ生きていけないし何が何でもなんて強硬手段を取ることはないとは思うが、強く出られると断り切れないのも事実だ。
研究士の方とは話したんだろう? なにか言っていなかったか?」
「賃金を出すからアウテリングに一緒に来ないか、みたいなことを……」
ダニエルさんはだろうな、と頷く。
「少なくとも盗難の件が片付くまではこの街にいるはずだし、今すぐにどうこうということはないだろう。ただ、すでに目をつけられているなら、いっそ仲良くなって要望を通しやすくしておくのも手だ」
横目にフリーダを見る。
「……考えておきます」
きゅっと唇を引き絞り硬い表情を見せる彼女の横で、僕はそう答えた。
GWを満喫しすぎて遅くなりました。




