15.忘却の神の玉手箱 弐
大した距離を歩いたつもりも、何か重労働をしたつもりもない。
ないが、宿の部屋に着いて早々、僕はばたりとベッドの上に突っ伏した。
「もうやだ、動きたくない。明日も行きたくない」
「そういうわけにもいかないでしょ」
隣のベッドにフリーダが腰掛け呆れたように言う。
その通りだけど! その通りなんだけど!
「だって今日だけで偉い人と三回も食事やらお茶やらして、明日もクリスさんと会わなきゃいけないとか……」
「でも今のところ、クリスさんが一番ユーリの出自に近いんだし仕方ないじゃん」
「え?」
ナニソレ?!
ガバッと起き上がった僕に、彼女はやれやれと肩を竦める。
「僕の出自って、え、そんな要素あった?」
「いやだって、ユーリ、自分の状態言ってみてよ」
「記憶喪失で、加護が使えない」
「そうだけどそうじゃない。ユーリは神様の存在を感じないって言ってたでしょ」
「言いました」
「裂け目を越えて神様の存在が感じられなくなるのが護失焦燥なら、ユーリは今その状態なんじゃないの?」
「えっと、多分……?」
確かに、定義的には。でも僕別にパニックになったりはしてないけど。
「本来パニックになっているはずなのに、加護があった状態を記憶喪失で忘れたから、その状態にはならなかったんじゃないかって、思ったんだけど」
……。
…………。
その発想は、なかった。
「サンドルフにいたってことは西か北の大陸から来たのか、それか玉手箱みたいなもので奪われたのか、ってことだと思うのよ」
空いた口が塞がらないとは、まさにこの事だった。
「今から北大陸に向かうと、前にも言ったけどなれない大雪の中で冬を越さなきゃいけないから現実的じゃないのよ。雪解けを狙って北には行きたいけど、それまでは西で情報収集になるでしょ。なら、少なくとも今この大陸で、ユーリの出自に一番近い情報を持ってるのはあの変人研究者だと思うわ」
正直、なんか胡散臭くて変な人だけど、その学術都市?ってところに行ったり話を聞いたりするには彼女を経由するしかない。どうみても変人だしよくわかんないけど目をつけられてるし、正直あまりお近づきになりたくない人だけど、嫌われてないのだから有益に付き合うべきだ。
そんなことを言ってくる。
「フリーダ、天才」
「あんた、自分のことなんだからもうちょっとよく考えなさいよ」
「その通りだけど、フリーダにだけは言われたくない」
「うっさいわね」
神にご挨拶してうっかり雨を降らせてしまったり、あげくそのせいで借金持ちになったり、おそらくとんでもない力を見せつけて王族に目をつけられて親書を持たされたりしているフリーダには言われたくない、という僕の気持ちは正しく伝わったようで、彼女は反論はせずにちょっとむくれてそっぽを向く。
燃えるような赤い髪の隙間から、翡翠色の瞳がじととこっちを見据えた。
「それで」
「うん?」
「どこで聞いてたの? なんだっけ、神の玉手箱?の話。知ってたんでしょ?」
「あや、わかるか」
「さすがに冷静すぎだし、資料読むの早すぎ」
「なるほど、気をつける」
まさか資料を読む速さでバレるとは思わなかった。
まあもう隠す必要もないし、いいか。
「ギルドの仕事をしてる時に間違えて見ちゃったんだ。あの時はそういうものが盗まれたので、市場に出回ってないか確認してくれって内容で、詳しい使い方とかは載ってなかったんだけど。
ものがモノですっごい危険だから、フリーダにも言っちゃダメだって言われててね」
「まあ、あたしはただの仮登録の冒険者だし、言えないわね」
フリーダが納得したように頷く。
うーん、向こうはフリーダが本気で居残るようなら依頼くれたと思うけどね。気に入られてたのは僕じゃないし。
体をきちんと起こして座る。お高い宿のベッドはあまり軋まない。
精神的にはとてもとてもとてもつかれたけれど、ほとんど座っていただけなので体はそんなに疲れていないのだ。クリスさんから有益な情報が貰えるかもしれないと思ったら、さっきまでの徒労感も大分減って元気が出てきた。
「色々と考えないとな」
「いろいろ?」
フリーダが首を傾げる。
「うん、これからのこと。北大陸に入るために、なるべく北の方で雪解けを待つのか、西端のアウテリングに向かうのかとか」
僕の加護が見つかったらどうするのか、とか。
一瞬頭によぎった言葉を、僕は気づかなかったふりをした。
短いですが今回はここまで




