13.学術都市の銀髪 肆
「そして様々な思惑の絡みあった結果、アウテリングの研究結果が欲しい国は経済的な援助をし、しかし政治的に干渉してはならない、という西大陸神具協定ができ、晴れてアウテリングは独立都市になったのです」
めでたしめでたし、と話を区切り、どうだという笑顔を向けてくる。
彼女はすましていれば知的な美女なのに、こういう笑顔は幼子のように見える。
「吟遊詩人の歌みたいだったわ」
「歌にもなっていますよ。西の方では比較的有名ですね」
「でもそれじゃあ、どうやって話をつけたの?」
政治的に不干渉なら、話もつけられないと思うのだけど、とフリーダが言うと、クリスさんは当然のように言ってのけた。
「相手は政治不干渉ですが、こちらはそういうわけにはいきません。戦争の火種はあまり撒かないように、各国に渡す技術の調整には気を配り、多すぎる力を与えないようにしています。場合によっては研究結果を秘匿することもありますね」
ああ、なるほど。
「強い加護を持つ巫女を入れるのなら、神具の提供は止めなければ、とでも言ったんですか?」
返事はないが、彼女の微笑みが深くなった。正解らしい。
「さてさて、私が誰かはお分かりいただけたようですから、お二人の話を聞かせてくださいませ」
「話、ねえ」
フリーダが目線でどうすると問いかけてくる。僕は肩を竦めて答えた。
「いいんじゃない、話しても。聞かれて困ることもないし、研究してるなら聞けることもあるかもよ」
「まあ確かに、困ることはあんまりないわね」
「あたしたちが会ったのは、フランツェっていう砂漠の国の首都だったわ」
知らずに雨を降らせてしまい御用になったこと、近い目的を持っているから一緒に旅をしていること、東大陸をだいたい回ったため西大陸まで足を伸ばしたこと。
目の前の銀髪の女性は一つ一つ興味深そうに丁寧に頷きながら、瞳を爛々と輝かせている。
話していて思ったけど、たった一月しか経ってないんだね。なんとなくもっと一緒にいるような気がしていた。
「――そんなわけで、しばらくはここで路銀稼ぎになる予定ね」
「でもなんか神殿に目をつけられてるっぽいから、別の場所に移動したほうがいいんじゃない?」
何やらあやしい雰囲気だった国王の甥のいる神殿からは離れておいたほうがいいんじゃないだろうか。小さい街だと賃金は多少落ちるけれど、稼げないわけではないのだから。
そう思って言うと、これはクリスさんにつっこまれた。
「いえ、そういった事情でしたらむしろこの神殿の近くで稼がれたほうがいいです。理由は四つあります」
一つ、この街の神殿にはすでに話を通してあるので、強制的に連れて行かれる心配がないこと。
一つ、別の街に行った場合、そこの神殿に話が通っていなければまた同じようないざこざが起こること。
一つ、祭りの準備をしているこの街以上に稼げる場所などなく、別の町にいけば不審がられる可能性すらあること。
指を折って一つずつ説明し、
「そして最後に、私がしばらく居る予定なのでお二人の研究ができることです」
「最後の一つ以外は実に建設的で実りのあるご意見でした」
「何をおっしゃいます! 最後の一つこそが最も大切なのですよ! 私はこの後しばらく主命で滞在しなければならないんです。その間にお二方が何処かへ行ってしまっては研究が出来ないではないですか! お二人の存在がどれほど希少で貴重かわかっていらっしゃいますか?! ああそうだ、路銀を稼ぐだなんておっしゃらずにアウテリングにいらしてください。そうすればそこまでの路銀と滞在費は全て私の研究費からお支払いできますから!」
「いや、それは流石に……」
「お金借りるのはちょっと」
「研究協力費としてお支払いするんですよ? 給金のようなものです」
いや給料をもらうっていうのは何らかの契約をするってことで、初対面の人と仲人を介さずに契約するほど馬鹿にはなれない。西端の島までの旅費なんていくらになるかわかったものじゃないのに、ほいほいと契約は出来ない。
後から請求されても頑張れば支払える一度の食事とはわけが違うのだ。
「無茶ですよ。さすがに分かってるんでしょう?」
「いい案だと思うのですが……まあ良いでしょう、信用はこれから築けばいいのです。私も信用してもらえるよう尽力しましょう」
「お仕事に尽力してください」
ため息混じりに言うと、「努力します」と返してくるあたり、どんなお使いか知らないけれどこの人を使いに出したジュリアナ学士とやらが心配になってくる。
他にもうちょっといい人材いなかったのか。
「そういえば」
フリーダが思い出したようにつぶやく。
「冒険者ギルドに行くとか、言ってませんでした? そろそろ行かないと混みあう時間になっちゃうと思うけど」
ああ確かにそんなこと言ってたような、言ってなかったような。
「ええ、依頼の発注に向かおうと思っていたのですよ。神具のメンテナンスよりはこちらのほうが実はメインの仕事でして。
ああそうだ、お二人共こちらでのお仕事は既に決められていますか? 急ぎの仕事がなければ、私からの信頼の証に依頼を指名させてください。大人数依頼になりますが、お二人ならばきっと活躍することになるでしょう。
まだ仮登録ですよね? 指名依頼は、泊が付きますよ」
ぱちんといたずらっぽく片目をつむって微笑む。
なんだろうと首をかしげるフリーダの横で、僕はきっとあれだろうなあと頭を掻いた。




