3.砂漠の国 弐
確かに雨が降っていたのだろう、地面は雨上がりの濃い色をしていた。
瓶に水を貯めるために家に戻ったのか、あるいは雨宿りのため広場から退避したのか、ルチルア広場はさっきと違ってほとんど人がいなかった。
さっきは噴水に気を取られていて全体を見ていなかったけれど、ルチルア広場は八方に出入り口のある円形の広場だった。あと噴水の水はほとんどなくなっていた。加護で出した水なんだろうか。
太陽の位置を確認して出口の一つに向かう。南東出口から五十間先を右折、ランダ商会の向かい……ここ、か?
探している建物は、多分すぐに見つかった。あれ、だと思う。多分、おそらく。何やら物々しい人がいるけど。門のところにいたのと同じ服だから、おそらくは憲兵の人だ。
ここ、楽師の人の家、だよね? なんか不安になってきた。
「だから私は関係ないって言ってるでしょう! さっきは丁度昼食にしてたって何度言えばいいのさ! 竈も見せただろう!」
よく通る女性の怒号が外まで響いてきた。男性が追い出されるように中から出てきて、扉はやや乱暴に閉じられた。
憲兵たちは建物の前で何か話し込んだ後僕とは逆方向に去って行き、周囲にいた野次馬もそれで興味を失ったようで散り散りになった。
えっと、本当にここでいいん、だよね?
僕は恐る恐る近づいて、先ほど強く閉じられた木製の扉の前に立つ。
固くギュッと口元を引き締めて、扉を叩いた。
閉じられた時と同じように乱暴に開けられた扉の先に抜けるような空色の髪ととんでもない形相の女性が顔を出し
「しつこいね! だから違うって言って――あら?」
勢い良く開かれた扉に思い切り額を打ち付けられた僕は、その場に昏倒した。
「本当に悪かったわね。さっきの憲兵がまた来たのかと思っちゃって」
目を覚ました僕がアルタさんの紹介で来たことを告げると、彼女は笑顔で歓迎してくれた。布に向かって何かをつぶやき、どういうわけかひんやり冷えた濡れタオルを差し出してくれる。
澄んだ青空の髪に雲のように白い肌を持つ楽師のシェビィさん(68)は、別に怖いところのないごく普通の、いやあんまり普通じゃないな、とても美人のおばあさんだった。正直、歳を言わなければ四十代か、ヘタしたら三十代後半で通るだろう。
「何かあったんですか? 何人も兵が来るなんてそうないと思うんですけど」
「さっきの雨よ」
「ああ、降ったらしいですね。僕丁度その時店の中だったので見れませんでした」
「……他所の人にとってはそんな程度よね」
シェビィさんは苦笑して肩を竦めて、教えてくれた。
「フランツェの雨乞いはね、一定期間にどれくらい降らせられるかっていうのがだいたい決まっているの。だからどれだけ日差しが強い季節でも上限を超えていなければ雨が降るし、涼しくても連日雨を降らせたりすると数日で降らなくなる。どうすれば一年中水を絶やさず作物を実らせられるかを小難しく計算するのが、王様や家臣の仕事。その管理をきっちりやってくれてるから、私たちは王家に税を払うのよ」
彼女は壁に立てかけられていた楽器を手に取り、難しい顔で続けた。
「だから、私欲で雨乞いをする者はこの国では重罪なの。半端に雨を降らせた分、雨乞いの計算をやり直さないといけないし、今日の雨水を貯められなかった人たちはその分飲水が足りなくなることもある。今回は短時間で量も少なかったからそこまで問題では無いと思うけれど……」
空色の髪が物憂げに揺れ、白く長い指がゆっくりと楽器を撫でた。
「そんなに大事だと思いませんでした」
僕の返事に、いいのよ国の中の問題だから、とシェビィさんは微笑う。
でもじゃあなんで、憲兵なんて来たんだろう?
「憲兵は、雨を降らせたのが私じゃないかって確認に来たのよ」
疑問が顔に出たらしい。
彼女は得意気に笑って話す。
「私は加護の歌を教える楽師だからね。真っ先に確認に来たのは腕を認められてる証拠よ。だから私も素直に質問に答えたし、昼食を作っていた証拠を見せろと言われたから竈だって案内したし、加護を扱う楽師としての意見も伝えたわ」
「特に、剣呑な雰囲気になる要素は見当たりませんが……?」
「それがね、“さっきの雨は雨乞いのつもりはなかったんじゃないかしら。子供にかっこいいところ見せてってせがまれた神様がちょっと張り切ってやり過ぎちゃったみたいな、そんな様子の雨だと思いましたよ。”って伝えたら、雨乞いを見たのかとか人に心当たりがあるのかとか、もうしつこくって」
そんな内容は知らないって言ってるのに、と頬に手を当ててため息を吐く。
…………そりゃあ、疑われもするだろう。なんたってそんなピンポイントで的確な指摘をしてしまうんだ。本当に見てないの?って僕でも思ってしまう。
「きっとさっきの人たち、新人たちだったのね。後で偉い人が来るかもしれないけど、その時はしどろもどろしないでお客様然としててちょうだいね?」
え? 偉い人が来る? シェビィさんそんなに偉いおばあちゃんなの?
「えっと、シェビィさんはお国の重役か何かでいらっしゃるんでしょうか……?」
やばい、失礼な行動を取っていないかどうか、ちょっと頭が(物理的に)痛くて覚えてない。
「お役所に務めているつもりはないけど……私はこの街で生まれたエルフだもの。この街に私以上に加護の動きがわかる者はいないわよ?
あら、アルタ坊やから聞いていないの?」
聞いてないですよ! アルタさん!!
エルフの詳細については多分次回!




