21.交易の国 漆
赤髪の少女はしばらく考えた後、なるほど、と納得したように言った。
「何がなるほどなの?」
「行商に付いてた頃、叔父さんがどっかで絵画の神の加護が付いてるっていう絵を買ったのよ。ずっとね、変だなあって思ってたの。そんな神様聞いたことがなかったし、絵が綺麗に描けたって何かの役に立つとは思えないし、そんな国に生まれたらあたしだったら国を出て、どこかもっと良さそうな加護のある土地で子供を生むなって。
それが今、なんとなく納得したっていうか……」
フリーダは今度は言葉を考えるように口を噤む。
絵画の神様、か。確かに日常生活には使えそうにない神様だ。ここのクロイツも正直そこまで有用とは思えないけれど、貿易国なら使いみちはあるだろう。けれど、絵画なんて本人にやる気がなかったら完全に無駄になってしまう。
「東大陸って、一つの神様一つの加護で、一つの国でしょう? 基本的に生まれた土地以外の加護はうまく使えないってなったら、あんまりに使えそうにない加護のところは国から人がいなくなっちゃうと思うのよね。
もしかしたら、東大陸はそうやって絵画とかの神様がいなくなったのかもしれないなって。
で、西大陸は神様の居る土地をいくつかまとめて国にするんでしょう? そうすると、そういう人気のない神様の居る土地もまとめて国に守られるわけで……三つ四つくらいの土地から絵を描きたい人が集まれば、絵画の神様にも意味があるんじゃないかなーって思うのよ。
そう考えたらそういう国の形も悪く無いなって。どんな神様でも、いなくなっちゃうのはやっぱり寂しいしなんとなく嫌だからね」
なるほど、と思う。
今まで疑問に思ったことはなかったけれど、確かに芸術の神様ってのは聞いたことがなかった。――フランツェのマイミリクように芸事を要求する神様はいるけれど。
居た神様が、忘れられていなくなる、なんて、考えたことがなかった。
「なるほど、確かに……まあ、それで諍い――戦争?が起こってるんじゃ、いいのか悪いのか分からないね」
「まったくね。でもそうすると、南の帝国っていうのは、西の国々をもっと大きくしたようなものかしら」
「かもしれない」
フリーダはなるほどねーと返して、横に広げた地図を見る。
「まあ、何はともあれ海沿いの国が安定してるってのはいい情報だわ。安心して渡れる」
彼女の発言に頷いて返す。
諍いの規模がどれくらいかわからないけれど、内陸に向かわなければいいのだ。行っちゃいけない場所が分かっただけ収穫だろう。
「護失焦燥は、大丈夫かな?」
僕は多分大丈夫だろう。神様が遠くに感じるって、そもそも感じたことすらないのだから。
でもフリーダは大丈夫だろうか。そう思って問いかける。彼女は今や十の神様の加護を持っているはずで、突然その気配が遠くなったら泣き出したりしないだろうか。
「正直、わからないわ。裂け目を越えたことなんてないから、もしかしたら全ッ然役に立たなくなるかもしれない」
でもやめるわけにはいかないでしょう、と彼女が言う。
僕はその様子に少しだけ心配しながら、それでもどうしようもなく頷いた。
「予定通り、お金が貯まったら出航かな」
「……そうね」
少しだけ返事の遅いフリーダの顔を覗く。彼女もそれに気付いて、なんでもないと手を振った。
「大丈夫よ。ああそうそう、エイダさんが明日夕食を一緒にどうかって言ってたわよ」
「僕も行っていいの?」
「剣舞が見たいから剣持ってきてだって」
「あー、なるほど。エイダさんも冒険者だもんね……」
話の転換に苦笑混じりに返す。剣舞、やっても加護がもらえないんだけどね。
夜。相変わらずの相部屋だけど、悲しいことにもう慣れてきていた。
一日中動いていて疲れた体がやや固いベッドに沈む。
小さなテーブルを挟んで向こう側のベッドにいるフリーダももうすっかり寝る体勢だ。
「ランプ消すよ」
ひと声かけてほのかな明かりを灯していたランプを吹き消すと、部屋は真っ暗になった。
「――ユーリ」
少し離れたところから聞き慣れた声がする。
「なに?」
「一人で行っちゃわないでね」
「? どこに?」
「……なんでもない、おやすみ」
それ以降フリーダは何も言わず、ゆっくりと規則正しい呼吸の音しかしなくなる。何を言いたいのかなんとなくわかるけれど、なんと声を掛けるべきなのか全く分からず、やがて僕も睡魔に抗えず眠りの世界に落ちた。
翌日。
大変、非常に、極めて、珍しく、フリーダが先に起きていた。
「おはよう。今日は夕飯ガンツさんの家だから忘れないでね」
彼女はそれだけ言うとさっさと出て行ってしまう。
昨日のことを聞こうと思っていたのだけれど完全に空振ってしまい、僕は仕方なくそのまま冒険者ギルドに向かった。
ギルドの仕事は五日契約、今日で一区切りだ。
主な仕事は順序も日付もぐちゃぐちゃになっている書棚の整理。さすがに四日もやっていれば書類の形式にも慣れて、ある程度の速度で処理ができる。
朝の仕事受付ラッシュが終わり、昼休憩の少し手前という微妙に空いた時間に、僕は思い切って深緑の髪の雇い主、アンリさんに相談してみることにした。
「アンリさん、最近、ふり……ガンツさんの仕事どうですか?」
――違う、そうじゃない。
微妙に思ってたのと違う台詞が出てしまって自分にがっかりである。
そんな様子をアンリさんはははーん、なるほどね、みたいな目で見て答えてくれる。
「最初は明らかに初心者っぽい解体ばっかりで大丈夫かなって思ったけど、昨日一昨日あたりはもうかなりいい感じの素材ばっかりね。良い指導してるんじゃない?
昨日なんて熊が二体でね。フリーダちゃん頑張ってるわよねー」
僕はアンリさんのにやにやと楽しそうな視線を受けながら、そうですか、と呟いた。
僕の反応が予想と違ったのだろう、彼女はおやと小首を傾げる。
「んー、ユーリ君、あの子と何かあったの?」
「……あったといえばあったし、なかったといえば何もありません。それが問題なんですけど……」
歯切れの悪い言葉に彼女はフッと微笑んで
「ロベルトさーん、受付お願いします! 私ユーリ君と昼休憩先にもらいますね!」
僕の首根っこを掴んで連行した。
アンリさんは恋話好きです。




