20.交易の国 陸
朝靄の中を船がやって来る。
海の向こうのリューイットとここルターナは船で大体三日くらいの距離にある。
大小様々な船が発着所に着き、中から人や物が次々と降ろされていく。
人々の活気のある声がそこかしこに響いている。
この風景を見ているだけで一日が終わってしまいそうだけれど、今日は目的がある。
僕はギルドで発行してもらった紹介状を手に、発着場近くの商会へと向かった。
「ユクラ商会……ここか」
港にいくつかある派手な色合いの建物の内、明るい朱色の屋根の建物。朝の早い時間だが、隣の倉庫では今も多くの人と物が出入りしている。
僕はその様子を横目に、表の扉を開いた。
「ごめんくださーい、冒険者ギルドの紹介で来たんですが!」
「ああ、聞いています。私が商会長のユミンです。
早速で悪いんだけど、このタグが付いてる荷物をあの倉庫に入れてくれるかい」
商会長のユミンさんは明るい緑の髪に細身で中性的な男性だった。柔らかな笑顔を浮かべればきっと女性に苦労しなそうな――ある意味苦労しそうな顔だ。
僕はロクに会話も出来ないまま、言われるままに荷物を倉庫に運び入れた。
他の人はなにやらふわふわと光りながら作業しているのを横目に眺めながら作業をしていた。泣かないし。泣いてないし。
色々と話を聞きたかったのだけど、作業が終わった頃にはユミンさんは見当たらなかった。
代わりに作業をするときの直接の上司であるガタイのいい男性――ドルドさんと喋った。
「海を渡りたい、ねえ」
ドルドさんは褐色にやけた肌に僕の二倍はありそうな大きな腕の男だ。明るい茶色の髪を短く切りそろえた頭をくいと傾けて、問いかける。
「冒険ってやつかい? 俺にはそんなにいいものだとは思えんが」
「まあ、そんなところです。ドルドさんは海渡ったことありますか?」
「あるにはある。もう何年も前に、ここの下働きから抜けだしたすぐくらいの頃だな」
彼は太い腕を組んで唸る。
「ただ俺は、加護の裂け目を何度も超えたいとは思わんね」
「何か違いますか?」
「うまく言葉に表せないんだが……そうだな、自分が何処に居るのかわからなくなる。地図も持ってる、航路も安定してる、自分がまっすぐリューイットに向かってることも重々承知してる。なのに、ここはどこだ、俺の家は、俺の居るべき場所は何処なんだって、めちゃくちゃに混乱する」
加護が届かなくなると起こる、俗に護失焦燥と呼ばれている症状だと言った。
「こればかりはどれくらい症状が出るかは完全に運で、症状を抑えるには慣れるしかない。俺には無理だと言って、向こうの大陸での仕事からは全部外してもらった。出世コースからは脱落だな」
「それは……大変ですね」
「今の収入でも家族を養うくらいはできてるからな。楽をさせてやれないのは気がかりといえば気がかりだが」
俺がどうしてもやりたくないならやらなくていい、だとさ、とつぶやく彼の顔は、とても安らかで落ち着いていた。
加護の裂け目を超えると起こることについても色々と聞いてみる。
加護が使えなくなる、というのについては正直よくわからなかった。というのも、困ったことに神様というのを感じたことのない僕には、神の気配がとても遠いと言われても全くピンと来なかったのだ。
翌日はギルドの手伝いをした。主に書類仕事だ。
字も読めるし計算もできると言ったら、是非にと頼まれた。
作業の合間に色々と話しを聞く。
最近話題の徒党、山の方から来る最近増えている獣や魔獣、街道沿いに出ているという野盗の噂、
そして、海の向こうの情勢。
海沿いの国々の情勢は比較的安定しているから、海を渡る分には問題なさそうと聞いた。
ただ、内陸の方では争いが起こっているらしい。
――国同士で。
「国同士?」
そこまで話を聞いていたフリーダが、不思議そうに首をかしげてきた。
「内訌、じゃないの?」
「それが、違うらしくて……ええと、聞いた話だから正しく理解出来てるわけじゃないんだけど……」
東大陸では、一つの神の加護が降り注ぐ土地が一つの国だ。
国の中で権力争いってのはまあしょっちゅうあるけれど、加護が届かない土地を手に入れに人が走ることは少ない。
しかし西大陸では、そういった東大陸での“国”を領地としていくつか持つ、もっと広い国が一般的らしい。
欲しい神のおわす土地を占領して、自分の国に取り込んでしまうのだそうだ。
穀物や鉱石がよく取れる神のおわす土地は取り合いが激しく、しょっちゅう諍いが起こっている。
最近では丁度西大陸の真ん中あたりにある穀物草原の地域が怪しいらしい。
僕の拙い説明を聞き終わると、彼女はうーんと難しそうに首をひねった。
ちょっと短いですが今回はここまで。




