2.砂漠の国 壱
2016/1/28 一部表現を変更しました。
砂漠の国にして水神マイミリクの国フランツェの首都フランダーナは、祭りかと思うほど人でごった返していた。
ランフォースを出てからフランツェに入り、砂漠の中に転々とあるオアシスで荷降ろしや小型魔獣退治で小遣いを稼ぎつつ来て、首都に近づくにつれて人や露天が増えているなとは思っていたけれど、フランダーナは格が違った。
大通りを埋め尽くす露店。そこかしこから聞こえる音楽。広場では芸人が芸を披露しており、多くの芸者を排出する文化の国の首都の様相をまざまざと見せつけていた。
さて、行き先はフランダーナ南西門よりダルア通り沿いに二百間行き左折。ルチルア広場の南東出口から五十間進んで右折。ランダ商会の建物の向かい側、か。
うむ、わからん。
街の地図もないし、そもそも自分が今どのあたりにいるのかも定かではない。これは迷子になる、間違いない。こういう時は
「おっちゃん、そのサボナの実三つちょうだい! あと、ルチルア広場ってどこかわかる?」
砂漠の国フランツェ特産・真っ赤に熟れたサボナの実を売る露店商から中銅貨一枚分買い、ついでに広場までの道を教えてもらう。他の野菜や雑貨を売っている店は行商かも知れないが、サボナは砂漠の植物だから売っているのは地元人だ。バッチリ教えてくれた。
棘のあるサボナの果実はナイフで切れ目を入れると皮だけ綺麗に剥けて中から果肉が出てくる。実を頬張りつつ教えてもらった道を通ること四半刻ほど(教えてもらう人を間違えたかもしれない、入り組んだ裏道で余計に迷うところだった)、無事広場にたどり着くことができた。
広場は広場と言うだけあって憩いの場だった。
周囲を料理露店が取り囲み、座れるように石段が多く設置されていた。国柄あまり街路樹のない石造りの街だが、ここには緑があり、なんと噴水まで取り付けられている!
噴水の人だかりを後ろからぴょんぴょん跳ねて見てみると、噴水の周りで楽団が演奏していた。中央の歌姫が歌を区切る毎に淡い光が宙を舞い噴水がきらめく。おそらく、あれがこの国の加護なのだろう。
演奏が終わると周囲にわっと歓声があがり、今度は銅貨が宙を舞った。
フランツェは砂漠の国と同時に、文化の国とか歌と楽師の国とか呼ばれている。その一端を見た気がした。
時刻は中天を少し過ぎたところ。先ほどサボナの実を食べたところだが、食べ盛りには全く足りない量である。僕はちょっと暑かったし街に入ってから歩き通しだったから日陰で座って食べたいなーとか思いつつ、懐具合と相談して露店ではなく店を構えている酒場に入った。
入った店の中は、日陰だからでは説明がつかないくらい、涼しかった。
「いらっしゃい。……誰かお探しかい?」
無作法にキョロキョロと店を見渡す僕に、店員のおばさんが声をかけてきた。
「あ、いえ。随分中は涼しいんだなと思って。一人なんですけど、入れますか?」
「ああ、旅の人かい。空いてるところに好きに座んな」
それ以上は説明してくれない。どうやら室内が涼しいのは普通の事らしい。
言われた通り空いている小さめのテーブルに腰掛け、もう一度周囲を見渡す。
店の壁には料理名と値段の書かれた木札が貼り巡らされており、客はそこから選んで注文する普通の酒場形態のようだ。昼どきをやや過ぎたくらいだが店内に人は多く、昼間から酒を飲んでいる男たちも見られた。
テーブルにカウンターに、それなりに混みあった店内だが、奥の一角に少し空間があるような……?
「ご注文は?」
さっきの女店員が声をかけてきた。
「サボナとラバン肉炒めとパン。あとラムス果汁入りのミルクをお願いします。
あそこの空間って、何か意味があるんですか?」
ぱっと見た中で一番安い料理を注文しつつ、見つけたテーブル一つ分くらいの空間を指差して問いかける。
おばさんは振り返ってああとつぶやいて、
「あそこは歌い手の場所だよ。
歌うとマイミリクの加護で部屋が涼しくなるのさ。首都の店なら何処にでもあるよ。今日はさっき終わったところだから次に入るのは夕方だね。
悪いんだけどラムス果汁が品薄で普通のミルクになるけど、いいかい?」
「ああ、構いません。ありがとうございます」
なるほど、マイミリクの加護はこんな風に使えるのか。
しばらくして出てきた料理を口に放り込む。サボナの肉厚の葉を薄切りにして肉と塩で炒めた料理、だと思う。
味はまあ悪くなかった。少し独特の酸味と青臭さがあるが、慣れればくせになるたぐいの味だろう。そして奇妙な粘り気?がある。別に嫌いではないけれど、知らないで食べたのでかなりびっくりした。肉はもともと固いのか、干し肉加工したものなのか判別のつきにくい固さと塩気だった。
そんなことを考えながら味わっていると、突然扉がバーンと開いて、僕と同じくらいか、少し年下くらいの少年が飛び込んできた。
「母ちゃん瓶! 水瓶出して! 早く!!」
「水の無駄遣いは許さないって言ってるだろう! 何に使うんだい!?」
怒鳴りこんだ少年に、おばさんが怒鳴り返す。
彼は一瞬だけ息を整えて、悲鳴のように言った。
「雨が降ってる!!!!」
少年のその悲鳴からの人の動きはすごかった。
店中の人が勘定も聞かずに銅貨をカウンターに放り投げ、或いは少年に押し付けるように渡し、我先にと飛び出すように店から出て行った。ツケといてという言葉も聞こえた気がするが、誰が言っているのか僕には全く判別できない。
おばさんとカウンターの中にいた店主と思しきおじさんも大きな水瓶を引っ張りだして大急ぎで、しかし水をこぼさない不思議な動きで外に飛び出していく。
さっきまで人であふれていた店内は、あっという間にもの家の空になった。
少年は押し付けられた銅貨とカウンターに投げられたそれを集めてまとめ、雨が降るなんて聞いてない、とため息を吐いた。
「雨って、決まって降るんですか?」
店内に人が残っていると思わなかったのか、彼は驚いた顔でこっちを振り返った。
「お、お客さん残ってたんですね。すいませんほったらかしちゃって。旅の人ですか?」
「はい。今日フランダーナに着いたところで、この国のことはまだよく知らないんですよ。水が貴重なことは分かるんですが」
既に注文した料理はそろっていたので、僕としてはほったらかされたことに文句はなかった。驚いただけだ。
「あー、えっと、この辺りでは、自然な雨って降らないんです。少なくとも俺が生まれてからは降ってません。
雨は大人数で加護を使って降らせるもので、王様が日取りを決めて、必ず三日前には告知があります。なんで突然雨が降るなんてことはないんです。……普通は」
「珍しく自然に降ったってことは」
「加護の雨でしたよ。降る前に空が紫色になるんです」
「そっか。じゃあどうしたんだろうね」
もそもそと黒パンを咀嚼する僕の横で、彼がうーんと頭を捻る。
「……とんでもない加護持ちの子供が、練習した、とか?」
そんなわけないですね、さすがに一人で雨はむりですと笑って、分からないやと頭を掻いた。
しばらくすると雨が止んだのかおばさんたちが戻ってきて、放ったらかしにしてしまった僕に詫びを入れて勘定を少し負けてくれた。
ついでに商会への道を聞くと丁寧に教えてくれた。
「ああお客さん、多分しばらく門が封鎖されるので、街から出るのは明日以降にした方がいいですよ」
「そうなんですか? でもまあ、しばらく街にいる予定なので大丈夫です」
忠告に笑顔で返して、僕はポツポツと客が戻ってきた店を後にした。
作中では長さに尺貫法を用います。特に深い意味はありません、気分です。
一間≒1.8mくらいです。
サボナはだいたいウチワサボテンのイメージです。