19.交易の国 伍
僕の加護が不発して、フリーダの使える加護が増えたんだか増えなかったんだかしてから、五日経った。
なんとガンツさんは長期登録冒険者で、エイダさんも冒険者だった。
夫婦で冒険者業をしていて、妊娠を機に腰を落ち着けたらしい。エイダさんの方は定期的な仕事は無理ということで今は仮登録扱いらしいけれど、昔は彼女も長期登録冒険者だったのだとか。
長期登録の検査はかなり厳しいって聞いているから、とりあえず狩人としての腕は何も問題なさそうだ。
フリーダは今そんなガンツさんに付いて、狩りの基本と解体について教わって練習している。
街を出てブリューネ山脈へ向かう方には獣が出るのだそうで、収穫直前の田畑が荒らされる被害が増えているから間引かなければならないのだそうだ。
初日は、体中あっちこっちから血の匂いをさせて泣きながら帰ってきていた。お湯をもらって体を清めると、食事もとらずに眠っていた。
二日目は顔面を青白くしながら、それでも食事を取るくらいの気力があるようだった。ほんの二日前に研いだナイフを渡されて、研いでくれと頼まれた。見ると既に一部刃がかけていて、とりあえずあまり使っていない同型の僕のナイフを軽く研ぎ直して渡し、フリーダのナイフは二日かけて研いだ。
三日目は帰ってくるなりベッドに突っ伏して、翌朝まで身じろぎ一つしなかった。生きてるかどうかを心配するレベルだった。
四日目はちょっと帰るのが遅くなったな、と思って宿の部屋にはいると、フリーダはもう眠っていた。今度は寝返りをうっていたからちょっと安心した。
そして今日、僕達は三日振りに一緒に夕食を食べている。
「すっごい大変そうだけど、大丈夫?」
小魚の素揚げをつつきながら、もともと細めの顔がさらに細くなったような気がするフリーダに声をかける。
「なんとか……。今日熊が二体同時に居た時は、正直どうすればいいのかわからなかったけど……」
「いやどうって、撤退でしょそんなの」
「それが、気がついたら熊の素材が二体分になってたのよ」
「ちょっと意味分かんない」
「あたしにも分かんないわよ」
肩を落としてため息を吐く。よほど大変なようだ。
「でもギルドの方では喜ばれてるみたいだね」
このあいだ「ガンツさんが弟子を取って解体してる」みたいなことを職員のアンリさんがとてもうれしそうに話していた。
「なんかガンツさん、今まで基本的に解体してなかったみたいなのよね。持てるだけ死体担いで、解体は全部ギルドの人に丸投げしてたみたいで」
「うわあ、熊一体担げるからこそできる荒業だけど……こう言っちゃ何だけど、はた迷惑だなあ」
「まあ、うん。普段は解体はエイダさん任せなんだって。居ない時は全然しなくて、しょっちゅう怒られてたみたい」
「それ、解体はできるんだよね?」
「聞いて驚け、めちゃくちゃうまいわ。素人目にも分かるくらい」
「そりゃ怒られるわ」
なら解体しろよって話だ。
フリーダも微妙に苦い笑顔を浮かべて頷いた。
「それで」
フリーダがすっかり飲み慣れたらしいハルク茶をくいと飲んでこちらを見てきた。
「そっちは、どうなの? 最近全然話し聞いてなかったから」
僕はというと、フリーダとは別行動で港で短期の仕事をしていた。
ガンツさんは一緒にと誘ってくれたし、狩りのプロに付いて仕事を教えてもらうのもいいんじゃないかとは思ったんだけれど、僕はあえてそれを断った。
理由はいくつかある。
ガンツさんが素材解体に出せる金は素材代の二割までと上限を提示してきたのもあるし、僕が一緒に解体してしまうとフリーダの練習が半分以下になってしまうのも大きい。
しかし一番の理由は、これから渡る海の向こうの情報集めだった。
僕達はこれから、西大陸のリューイットに向かうことになる。
そこがどういう土地かを知っている人は、東大陸の内地にはほとんど居ない。
東大陸、西大陸、北大陸などと呼ばれているが、地図をみればこれは一つにつながっている。北大陸に至ってはかなりの広い範囲が地続きだ。
これらの大陸を分けているのは、加護の力だ。
北でも西でも、別の大陸に行くと、東大陸の加護は目に見えて使えなくなるのだそうだ。
西大陸から東大陸に来ても、やはり使えなくなるのだとか。
サンドルフで荷の上げ下ろしの仕事をしている時に商人から聞いた話だけれど、サンドルフから地続きの西のアルハルドに行くと、突然篝火の加護が使えなくなるのだそうだ。
加護の裂け目と呼ばれる場所があって、そこを超えるのは商人と冒険者だけだと言われた。
リューイットの商人たちも、基本的にはこのルターナか、あるいは首都のルヴィンまで商品を運んだら、何かを仕入れて引き返してしまうのが一般的なようだ。
生きた情報を持っている商人たちは、東大陸の南側ではこのルターナにしか居ないと言っても過言ではない。
西大陸の情報を集めようと思ったら、高い金を出して情報屋から買うか、港で自分の足で集めるしかないのだ。
僕はこの五日間、港の荷降ろしがてら情報収集に勤しんでいた。
フリーダの近況Dieジェスト




