18.交易の国 肆
縄だとか、手斧だとか、はしごだとか、普段使わない家財が置かれている薄暗く湿っぽい倉庫の中。
扉を開けば日中は明るいだろうにわざわざ扉を閉め、換気用の小さい窓から漏れる光だけが手元をうっすらと照らしている。
ぎゅっと銅貨を握る。
そしてぽつりと、だけどしっかりつぶやいた。
「クロイツよ、御身の慧眼を以って、我が身に欠けし欠片に祝福を与え給え」
光が空から降ってくる。
天井よりもさらに高い天空から、光は壁を突き抜けて降り立つ。
淡い白銀の光は僕の隣の赤髪の少女へと降り注ぎ、祝福するように踊って消えた。
赤髪の女の子、フリーダは不思議そうに手のひらを見つめ、部屋を見渡した。部屋の扉付近の隅の方、このやり方を教えてくれたガンツさんを見て、首をかしげる。
「坊主はだめだったなあ。まあ自分とこのじゃない加護なんてそんなもんだ、気にすんな。嬢ちゃんはどおだい?」
ガンツさんはその体格によく似合う、よく響く声で尋ねてくる。
うん、まあ、僕はね。うん、ここも僕の出身地じゃなかったってことだし、そんなもんだと思うよ。うん。
しょぼくれてなんかないよ。大丈夫大丈夫。既に十二の加護をスカっている僕にとって今更一つくらいなんてことないよ。
加護が成功したように見えるフリーダはというと、不思議そうにあたりを見回して
「あの、これ……何かかわったの?」
フリーダが困惑したような声を上げ、今度はガンツさんがおやと首をかしげる。
「んー……坊主、その剣抜いてみろ」
「これですか?」
言われた通りファンスの剣を抜く。
「どうだ?」
「どうって言われても……だからどうなるのよ?」
フリーダが少しむくれたように声を上げる。僕にはもちろん分からないが、ガンツさんはしばらく考えて、やがてああとつぶやいた。
「悪い悪い、嬢ちゃんは剣が使えないんだったか。じゃあちょっと家ん中戻るかあ。まぶしかったらすぐに目え閉じるんだぞ」
何の説明にもなってない言葉を紡いで、無造作に倉庫の扉を開く。
いやそんな、突然開いたらまぶしいに決まってるじゃないですか。
さっきちょうど中天の鐘が鳴ったところで、日は高く外は賑わっている。薄暗い倉庫の中にいた僕には日差しはもちろんまぶしくて、目を細めた。
隣のフリーダもまぶしそうに顔をゆがめて、目をつむったら歩けないじゃない、とつぶやいた。全くその通りだと思う。
その様子をちらりと見やったガンツさんが「外も大丈夫なのか、わからねえなあ」と独り言を言って、そのまま裏手口から家の中に入っていく。それを僕達も追いかけた。
「その様子じゃ、だめだったのかい?」
居間で編み物をしていたエイダさんが声をかけてくる。
「坊主の方はだめだったんだが、嬢ちゃんがなあ。お前、あれ持ってきてくれ」
「あれってどれさ。全くあんたはいつも言葉が足らないんだから。あれそれで通じる加護でも持って来いってんだよ」
「あーもう、あれだ、ほら、フリッツから貰ったナイフがあったろう」
「ああはいはい、あれね。そんなの通じるわけないでしょう。言葉ってのが何のためにあるのかちょっとくらい考えなさいまったく」
「わあったから取って来いって。俺はどこにあるのか知らねえんだよ」
ガンツさんに文句を言いながらエイダさんが居間を出ていく。
仲がいいよね、と声をかけようと思ってフリーダの方を見たら、彼女はどこか不安げな顔で周りを見ていた。
「ねえ、ユーリ。この家ってこんなに暗かった?」
「え、暗い?」
室内はそりゃあ外に比べたら暗いだろうけれど、南の窓から日が差し込んでいて十分に明るい。
廊下の方は少し薄暗いけれど、さっきまで倉庫にいた僕にはそこも明るく思えるほどだ。広い家ではないけれど、明かりの入り方が考えられて作られていることがよくわかる。
「暗くはないと、思うけど……」
「ああやっぱり、嬢ちゃんは加護がついてるな。半刻くらいで収まるからそれまでちいと我慢しとけ」
「これ、クロイツの加護なの? なんか周りが薄暗くて、結構怖いんだけど」
「まああれだ、加護の副作用みたいなもんだな」
すぐにエイダさんが戻ってくる。これだろう、と袋を渡してきて、ガンツさんは鞘袋を解いて中身を出した。
「なにそれ!!?」
フリーダが悲鳴のような声を上げて、目を覆う。
「フリーダ? 大丈夫?」
「だ、だい、じょうぶ。まぶしいだけ」
「おおやっぱり、これなら反応するんだな。ほれ、もう目え開けて大丈夫だぞ」
ガンツさんが持っていたそれ――革の鞘に納められた普通のナイフを鞘袋に納めなおして、フリーダに声をかける。
恐る恐る目を開けたフリーダは、安心したように息を吐いた。
クロイツの加護は、自分に必要としているもの、自分に足りないもの、あるいは自分にとって価値のあるものが光って見える加護なんだそうだ。
そうでないものは光を失ってくすんで見える。部屋の中が暗いと言っていたのはそのせいらしい。
冒険者ギルドには大勢の冒険者がいて、各々が自分にあった武器や旅に役立つ道具を持ち運んでいるから、下手したらどこもかしこもピカピカ光って前が見えなくなってしまって危ういのだそうだ。
探索の役には立たないと言っていた理由がわかった。そりゃあただでさえ暗い洞窟の中がくすんで見えたり、敵の爪などに価値を感じて光って見えたりしたらとんでもなく危ないだろう。
半刻後、ようやく落ち着いたフリーダの前に、ガンツさんは改めてナイフを出した。
ちなみにそれまでの間、ガンツさんは全く説明せずに加護を教えて扱わせたとバレてエイダさんから息もつけない説教を食らっていた。
「神の鋼のナイフ、それも女性向けですね」
よく見ると普通のナイフより柄がやや細い。子供用か、女性用にあつらえらえたものだろう。と思って言ってみると、目の前の夫婦がほうと感心したような声を上げた。
「よくわかるなあ。その通りだ」
「ちょっと前までクラームにいたので。女性向けのものは珍しいですね」
「知り合いの習作なのよ。お世話になったからエイダさんにあげますなんて言ってねえ。いい子だったのよ、元気にしてるかしら。フリッツっていう子なんだけど、ユーリ君聞いたことない?」
「いえ、僕がお世話になっていたところにはいらっしゃいませんでした」
「そう、残念ねえ。まあクラームって言っても広いし仕方ないわね」
「あたしは剣が使えないからユーリの剣はあたしにとっては価値がなくて、女性用のナイフには価値があるってことよね?」
フリーダが言って腰の解体用ナイフを取り出す。
「でもこれは光らなかったのよね」
「それも悪いものじゃないけど、買おうと思えばその辺でいくらでも買えるから、価値があるかどうかって言われたら微妙なんじゃない?」
僕が肩を竦めて言う。ミスリラのナイフと比べたらその辺で売ってるナイフなんてみんな霞むと思うけど。
そのナイフを見たガンツさんが、訝しむように言った。
「なんだそれ。新しいのにぼろっちいな」
あー、うん。見る人が見るとわかっちゃうか。ちゃんと研いでるつもりなんだけど。
フリーダも何を言われているのかわかったようで、ちょっとしょげた顔で言った。
「あたし、まだ解体がうまくなくて……研ぐのもできないからユーリにやってもらってるし、扱いが下手なんだと思う。ユーリのナイフはあたしのより使ってるけどきれいだし……」
フリーダの言葉にガンツさんも合点がいったようで、にやりといい笑顔――訂正、どう見ても猛獣のような笑顔を浮かべた。
「なあるほど! そいつは練習あるのみだ! 明日から俺について練習しねえか?」
エイダおばちゃんのマシンガン説教!ってやりたかったんだけど、世界的に絶対マシンガンないからあわてて修正しました。




