14.荒野を行く 赤
フリーダ目線です。
失敗した。それも大失敗。
自分がこんなに何も知らなくて何もできないなんて、思わなかった。
一日目は大成功だったのよ?
何事も無くて、平和で。
今までのお互いの旅の様子を少しずつ話しながら、街道を進んで行ったわ。
街道は歩きやすく整備されていて、ちょっと馬車が多いけど、これだけ人がいれば魔獣もそうそうやってこないのですごく安全なの。
鋼の国で神の鋼に触れたら鋼の輝きが途端に落ちてつまみ出された話とか、武の国で一月剣技を習って剣をもらった話を聞いて、こちらはこちらで海の話や商人たちの話をした。
夕方には町について、安い宿で一泊。狭くてぼろっちいけど、掃除は行き届いてる普通の宿だったわ。ご飯は、正直ユーリが作ったほうが美味しかったかもしれないけど。
まあ、お金を節約するために相部屋ってのは、正直その、やり過ぎたかなとは思ったけどね。まあ結果的には何もなかったし、いいわ。
問題は二日目で、ちゃんと街道を歩いてたんだけど、草むらから巨大兎が出てきたの。
草木の神様が直前に教えてくれたからなにかがいるってことはわかっていて、あたしはとっさに神様にこう祈ったの。
――大地の神テラリスよ、力を貸してください。
巨大兎――オオウサギって言うらしいわ――の足元に大穴が空いて、オオウサギはすぽっとその下に落ちていった。
そしたら安心して息をついたあたしを、ユーリが力いっぱい突き飛ばしたのよ。
何が起こってるのかわからずに声をあげたら、ユーリが巨大兎を叩ききっているところだった。
倒し終わったオオウサギを解体しながら、ユーリから滾々と説教をくらったわ。
穴ぐらしをしているオオウサギを落とし穴に落としてどうする、危険なだけだ、追い掛け回されて死ぬ子供が多いんだぞ、こんな常識も知らないのか、と。
知らないわよ、とは言えなかった。
だって本気で心配して怒ってくれてるって分かったし、何よりユーリが倒せなかったら二人共死んでたかもしれなかったんだから。
……あたしのせいで。
何が戦闘では役に立つ、よ。
役立たずどころか、完全に足手まといじゃない。
女は泣けば許される、なんてことを言っていた男がいたけれど、泣いて許されようとは思わなかった。
せめて足手まといにならない、できれば役に立つ方法を考えなきゃ。失敗し通しなんて絶対にイヤ。
でも結局何にも思いつかなくて、ユーリ本人にどうしたらいいか相談することになったわ。
彼は何やら安心したような笑顔でいろいろ話してくれて、とりあえずなんか気まずくて会話のできない空気はなくなって、戦いの方法もだいたいまとまったわ。
夜に交代で野営地の番をするって話になったから、こんどこそ役にたとうと思って、ユーリにサンドルフの篝火の神シントゥアの加護を教えてもらおうと思ったの。
そうすれば二人共しっかり眠れるでしょう?
で、そしたらすっごい勢いで止められて。
こういう時のための篝火じゃないの? って聞いたら
「篝火の加護は正しくは“ここは俺の縄張りだ”って主張する力なんだ。縄張りが強く主張されてるうえに人が沢山いて塀が張られてるところに弱い獣は近寄らない。山の主みたいな強い獣は賢いからよほどのことがない限り他の縄張りを荒らさない。だからサンドルフの街中は安全なんだ。
だけど外に縄張りをでっぱらせると途端に相手の縄張りを荒らすことになるから、向こうも決死でかかってくる。
オオウサギがいるところに肉食の魔獣がいないわけがないから、こんなところで篝火を使ったらふたりとも明日の朝日を拝めないよ」
……知らなかった。それじゃあ、あの聖火使いは本当に聖火を使ってて、でも使っちゃいけない場所を知らなかったから叔父さんは死んだってことだ。
知らなかったと素直に伝えると、わかってくれたならそれでいいと頭を撫でられた。
なんだかとっても負けた気分になりながら、その日は交代で火の番をしながら眠った。
で、さらにその翌日。
またオオウサギが出た。多すぎない? それとも徒歩の旅だとそういうものなの?
まあ今度は間違えない。
風の神フリューネに祈る。オオウサギを包む風、あの足を止める風、あの爪と歯を防ぐ風。
ふわりと広がった黄色い光がすっぽりオオウサギを包んで、動きは目に見えて遅くなった。ユーリがすかさず剣で倒して、今回は大成功!
ユーリにも怪我はないし、文句なしね!
で。ユーリが当たり前のように言うわけよ。
「さ、解体しちゃおう」
か、解体。うん、そりゃそうよね、このままほっとくわけにも行かないし、ウサギ肉おいしいし、本当は毛皮も売り物になるって言ってたし。
でもね、
「解体って、どうやるの……?」
やったこと、ないわよ。そりゃあ。
狩りは男の仕事で、皮なめしが女の仕事だもの。なめすの、好きじゃないけどね。臭いし。
ユーリに教えてもらいながら四苦八苦して、血の匂いで泣きそうになりながら解体したわ。
本当に、
ほんっとうに、あたし役に立たない。
親にも言われてたわ。
あたしみたいな小娘が一人でやっていけるわけないって。
それでも、心のどこかで思ってたのよ。
やっていける。あたしには誰にも負けない加護があるって。
でもユーリは、加護なんて一つも使えないのに、あたしなんかよりずっと強くてなんでもできる。
道中だって、なんだかんだで重いものは持ってくれてるし、あたしの顔色を見ながら休憩するかって言ってくれる。
これじゃだめだ。
あたしが本当にただのお荷物だなんて、絶対にイヤ。
昼すぎに国境の村に着いて宿をとったら、あたしは何かできないかとまっすぐ冒険者ギルドへ向かった。




