二人はいつまでも……
ユウカと会う機会は中々なく、俺は悶々としていた。体育祭以降も彼女の姿は何度か見かけたものの、話しかけようとするとどうしても足がすくんでしまった。クラスはすでに知っているものの、わざわざ会いにいくのも憚られた。
そんなとき、転機が訪れた。六月、学校の図書館でのことだ。普段はあまり利用しないけれど、その日はたまたまミツルから本を返すのを頼まれていて足を運んだのだった。カウンターに返却する本を置いた瞬間、後ろから突然話しかけられた。「ねえ、何読んでたの?」俺は心臓が飛び出るんじゃないかと思うぐらい驚いた。「あっ、サリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』だ。私、読んだことあるよ、これ」話しかけてきたのはユウカだった。
俺はどぎまぎしながら答えた。
「友達に返すように頼まれたんだ。サリンジャー好きなんだよ、そいつ」
友達とはもちろんミツルのことだ。
「へぇ、私その人と趣味合いそう」
「三組の水瀬って奴なんだけど知ってる?」
俺はミツルのことを教えてあげた。
「知ってる。あの、何ていうか、かっこいい人でしょ。しゅっとしてるっていうか」
彼女があいつのことをそう表現するのもわかる。ミツルは中々の長身で、スーツでも着せたらきっと似合うだろうなという気がする。
「俺、あいつと幼馴染なんだ」
「ふーん、その人もサリンジャー好きなんだ」
「うん。何度も『ライ麦畑』の感想を聞かされたよ」
「『ライ麦畑でつかまえて』か。私も好きだな、あれ」
「どのぐらい、好きかっていうとね、去年、簡単な進路調査があったじゃん」
ユウカはうなずく。
「あれで、俺が何書いたのかってあいつに訊くと、あいつ『ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ』って答えたんだ」
「わあ、名台詞だ」彼女は尋ねた。「あなたは読まないの?」
「俺も読んだよ。ミツルが――あっ、これあいつの下の名前ね――ミツルがさ、読め読めってうるさいからさ」
ユウカはまだ笑っている。俺はその顔を見る度に胸が締め付けられるように苦しく感じた。
「感想はどうだったの?」
「いくつか気に入った台詞はあったな。俺はさっきのミツルの言葉に、『僕は自分の行くところには常に太陽を持ってゆくのさ』って云い返してやったよ」
「あはは」
俺はこのあとユウカに用事がないかを尋ね、家が同じ方向かを巧みな話術で聞きだし、磐石な備えをしてから、一緒に帰らないかと誘った。俺はもう今にも卒倒しそうだったけれど、ユウカは少し呆気にとられながらも承諾してくれた。天にも昇る心地とはこういうことなのだと実感した。
この日を境に俺たちはクラブのない日にはよく一緒に帰るようになった。ユウカは手芸部に入っていて、俺は弓道部に一年生のときから所属している。そうしたお互いの都合もあって、週に二日ほどしかそんな機会はなかったが、俺は充分満足だった。
ミツルにもこの快挙は報告した。親友は、いつにない俺の行動力に驚嘆し、散々に皮肉を云った後、どこか冷めた眼でため息をついた。いい加減に人の恋愛話を聞くのにもうんざりしたのかもしれない。幼馴染の呆れ顔とは対照的に、俺の恋愛は実に順調に進んだといえる。
この恋愛が更なる発展を見せたのは、六月も下旬に差し掛かったころだった。
俺はユウカと並んで校門を出た。話題を振るのはいつも俺の役目だ。
「この間、近所の小学校で事件が起こったの知ってる?」「うん、知ってるよ。確か、女の先生が殺されたんだよね?」俺はうなずき、「学校の怪談に絡んでいた事件だったんだよ。もう、犯人は捕まったらしい。何でも、噂ではその学校に通う小学五年生が犯人を指摘したんだって」「それって、その子が犯人を目撃したってこと?」「いや、そうじゃないんだ。どうやら、その子が犯人を推理したそうだよ」「わあ」とユウカは目を丸くして、「名探偵だ。子供なのに名探偵だなんて、何かのマンガみたいだね」「うん、そうだね」話題がなくなり、少し沈黙。俺はまた懸命に話題を探す。
「ねえ、あの子」
するとユウカが前を指した。その先には、下校途中の一年の清水あやめがいた。
「あれ、清水だ」俺は清水に声をかけようとしたが、ユウカが遮った。「やめなよ。あの子、あんまりいい噂を聞かないよ」彼女は声を潜めて云う。
清水あやめは確かにうちの学校の一番の問題児だ。その噂は二年にも広まっている。曰く、『社会科教師のヅラを授業中にはぎ取ってみせた』、『中学時代はレディースの総長だった』、『警察署のブラックリストにも載っている』、『実はレズビアンだ』、『前科は十犯を超えている』。一部事実もあるものの(社会科教師のかつらの話とか)、たいていは悪ふざけのような根も葉もないデマだ。中には「生きた豚を丸焼きにしてたいらげてみせた」とか、お前はどこのロック歌手だとつっこみたくなるようなものまである。
とはいえ、これらの心無い噂に、清水自身にまるで原因がないわけでもない。まず外見がきつい。校則で禁止されている金髪を入学式初日から堂々と見せつけ、今ではだいぶ廃れてきたガングロメイクで登校してきたのだ。さらに、顔を真っ赤にしてそのことを注意しに来た生徒指導の教員の股間を蹴飛ばしたりと、破天荒なことこの上ない。噂にならない方が無理がある。というより、あいつが退学にならないことが不思議なほどだ(そのことについても、校長は清水に弱みを握られ脅されているのだとかいう噂が流れている)。ユウカが関わり合いになりたくないと思うのも仕方のないことかもしれない。
だけど、俺は実はこの生意気な一年と面識がある。というのも、中学の頃、清水はミツルに告白してきたからだ(俺とミツルは中学が清水と一緒だった)。俺はそれを聞いて驚いた。よりにもよってミツルに告白したというのもあるが、それ以上に、噂を聞く限り、清水が恋愛からはほど遠そうに感じたからという理由のほうが大きい。ミツルはあまりそれについて話そうとしなかったし、二人だけのやりとりだったから、このことは学校の他の連中にも知られてなく、俺も詳しいことをまるで知らない。ただミツルが告白を断ったことだけは聞いている。俺はそれ以来、清水と知り合い、時々話すようになった。
俺は忠告を無視して清水に話しかけた。
「よう、何やってるんだ」
清水は振り向き、俺と奈々を見て怪訝そうにした。
「風間先輩ですか。帰宅途中ですよ。そっちのは?」
そっけない態度だった。
「高松優香よ。先輩に対して、『そっちの』はないんじゃない」
清水はその言葉を無視して、
「ユウキ先輩は?」
と、俺に向かって訊いてきた。
「今日は部活だ」ユウキは陸上部に入っていて、今日は練習があった。
「なんだ」と、清水は落胆した様子を見せ、そのまま奈々を一瞥もせず、帰ろうとする。
「ねえ、ちょっと」
そのことに怒った奈々が呼び止めようとするのを、俺は押しとどめた。
「まあ、あれでもずいぶんと丸くなった方なんだよ。前までは敬語の『け』の字も知らなかった」
「よくあの子と付き合っていられるね」
彼女は呆れ顔をしていた。俺は彼女に清水と知り合った経緯をどう説明したら、と迷っていると、
「私こっちだから」
と、ちょうど曲り道に差し掛かったところで彼女はそう云って帰っていってしまった。
翌日、俺は彼女に嫌われたかもしれないと思って、落ち込んでいた。ミツルにそのことを話すと「まあ、そう落ち込まないほうがいいって。もともとマサキが恋愛なんてがらじゃなかったんだよ」と、さらりとひどいことを云う。ミツルの顔がどこか嬉々としているのは、気のせいだと思うことにした。意趣返しに、清水が昨日お前に会えなくてがっかりしていた、とも伝えると「アヤメと付き合う趣味はないんだけどね」とミツルは苦笑いした。俺は清水のウェーブのかかった金髪と、真っ黒な顔を残念そうに歪ませた様子を思い出して、悪いとは思いつつも、くつくつと笑った。ミツルと話したおかげか、幾分か気分が晴れた。
放課後、部活で、弓道場に向かった。昨日の失敗を忘れようと、いつもよりも集中して弓を絞った。そのおかげか、この日の成績は部で一番だった。六時ごろになって練習が終わり、弓道場から出て更衣室に向かおうとすると、先に出て行ったはずの三年の牛尾先輩が戻ってきて、
「おい、風間。お前のことを待っているとかいう女子がいるんだが、あれはお前の彼女か?」と云った。俺は驚いて、外に出ると、そこにはユウカが校舎の壁にもたれかかって暇そうにしていた。
「あれ、何やってんの」
俺がそう尋ねると、ユウカはこっちを見て、
「ああ、今練習終わったんだ。すごいね、弓道部ってこんなに練習するもんなんだ」
と、微笑んでみせた。
「そんなことはないよ。うちは最終下校時刻が六時半だから、部活もそれに間に合うよう、調節しているんだけど、陸上部みたいなもっと厳しいクラブだと、七時くらいまで練習をするのも珍しくないよ」
「ふーん、そうなんだ。私、文化部だからいまいちそういうの解らなくて」
俺は幸せな気分になりながらも、
「いや、そうじゃなくてどうしてここに?」
と、戸惑いを口にした。ユウカはあっけらかんとした調子で、
「また一緒に帰ろうかと思って。今日時間空いてるよね? 先に南門で待ってるよ」
と、手を振ってそのまま行ってしまった。俺はしばし呆然とする。後ろから頭をはたかれた。
「痛っ。何をするんですか」
叩いたのは弓道部の先輩だった。
「うーむ。風間の分際であんな可愛い子と付き合うとはけしからん。成敗してやろう」
「何、訳のわからないこと云ってるんですか」
「畜生、俺にも彼女がいたらなあ」
「まだ、彼女じゃありませんよ」
「ほほう。まだ、と来たか」
俺は顔を赤らめた。
マッハで着替えを終え校門に向かった。ユウカは俺を見つけると笑顔で手を振った。
「ごめん。待った?」
「ううん、全然」
「でも、どうして今日、突然一緒に帰ろうだなんて」
「もしかして、迷惑だった?」
俺は慌てて否定した。
「まさか。正直、昨日のことで怒らせちゃったのかと思って」
ユウカは少しうつむいて、
「今日誘ったのは、そのことなの」「どういうこと?」「昨日は確かに清水さんの態度に頭来ちゃったけど、それで風間君のことを責めるのは筋違いかなって。それにあの後家に帰ってよく考えてみたら、清水さんってマサキ君の友達なのに、悪く云うのもどうかなって思って」
俺は突然のことに戸惑ってしまった。
「えっと、ごめん。今何て云った?」「えっ、清水さんはマサキ君の友達なのに……」「そうじゃなくて、いや、えーと今俺のことを……」ユウカは俺の言いたいことに気が付いたみたいで、「マサキ君って呼び方のこと? 駄目かな?」と、小首を傾げた。「いや、駄目じゃないけど、むしろいいというか、その」「私、友達のこと名字で呼ぶのあんまり好きじゃないんだ。だからいつも下の名前かあだ名で呼ぶことにしてるの」「けど、それって女の子の間だけじゃないの?」「そんなことないよ。ただ、男の子の友達が少ないだけ」「へえ、ユウカってモテそうなのにな」
俺は内心どぎまぎしながらも平静を装って云った。ユウカはびっくりしたようにこっちを見た。
「俺も下の名前で呼んでみようかなって思って。……もしかして嫌だった?」「ううん、むしろ名前覚えていてくれたんだ。けっこう前に言ったきりだったから」と彼女ははにかんだ表情をした。心の底から綺麗だと思った。実は時々、心の中でユウカと呼んでみたとは口が裂けても言えない。「何か新鮮だね、男の子に下の名前で呼ばれたのは小学校のとき以来かもしれない」「中学、高校では?」「まったくだね」「付き合っている彼氏とかはいなかったの?」頼むからいないでくれ。「それもまったく」よっしゃ、やった。「へえ、モテそうなのにね」「そんなことないんだってば。告白なんかされたことないよ」「けど、ユウカは本当に綺麗というか、可愛いというか、その……」「あはは、冗談はよしてよ」
冗談じゃない、本当の気持ちなんだ。俺は彼女にそう伝えたかった。
「あっ」ユウカが声をあげた。見ると、昨日、彼女と別れたところだった。「私、こっちだから」そう云って彼女は角を曲がろうとする。このまま別れるとまた、こんな風に話せるのはいつになってしまうかわからない。俺はユウカに声をかけようか迷った。
「じゃあね」と、ユウカが手を振る。ふと、あの甘い香りがした。四月に嗅いだあの匂い。……そうだ、俺はあの時から彼女に一目ぼれしていたのかもしれない。ユウカの笑った顔を思い出すと胸が張り裂けそうになる。
心臓の鼓動が速くなるのを感じる。顔が紅潮していくのがわかる。頭がぼおっとして何も考えられなくなる。
「ねえっ」
気が付くと声が出ていた。ユウカは驚いて振り返る。
「えっとその、さっきの、綺麗だとか、可愛いとかモテそうだとか言ったのは……その、本当に冗談じゃないんだ。何ていうか、全部俺が本当に……あの、心の底から思っている、こと、なんだ」
しどろもどろになり、余計に頬が熱くなる。俺の顔は今、いつもの二百二十倍真っ赤に違いない。
彼女は微笑んだ。俺が何度も思い出すあの笑みだ。
「ありがとう。うれしいよ」
普通ならこの言葉が聞けて充分だとか思うかもしれない。……けど、一度溢れた言葉は止まらなかった。
「……好きです。初めて会った時から一目ぼれしたんだと思う。……付き合ってください」
時が止まったかのようだった。
ユウカは目を丸くしたが、すぐに落ち着いた表情を見せ、何かを考えるようにそっと目を閉じた。すっと短く息を吸い込むのがわかった。ユウカはそっとまた目を開けた。全て一瞬のうちの動作だったけれど、俺にはこの一瞬が永遠に引き延ばされたように感じた。
ユウカが短くふうと息をついた。そして――
「……うん」
風が吹いた。俺の火照った頬をそっと撫でた。これまでで一番心地よかった風だった。
次の日の朝いちばんに俺はミツルにこのことを伝えた。ミツルは硬直して、
「うそ……」
「うそじゃないんだな、これが」
「えっ、だってまだ話をして一か月かちょっとで付き合うとか……えっ、しかも、マサキが……?」
「珍しく混乱しているようだな」
と、にやにやしながら云うと、
「『僕は何でもピンと来るまでに時間がかかるんですよ』」
サリンジャーの引用で返せるだけの落ち着きは取り戻しているみたいだ。しばらくして完全に落ち着いてくるとミツルは、
「おめでとう」
と祝福してくれた。「今度、その高松さんに会っていい?」
「ああ、もちろんいいぞ」
「うん。その高松さんに、マサキのことをよろしくお願いしますって頼まないと」
「何で、お前が云うんだよ」
「それにしても、マサキが誰かと付き合うだなんて。うん、本当に、信じられない」
「失礼な奴だなあ、お前は」
「うん。そうかも。まあ、けど、おめでとう」
「何で、お前、ちょっと泣いてんだよ」
俺は笑った。ミツルは少し目を潤ませていた。
「あのマサキがついに、と思うと感慨深くて。思わずじーんときちゃった」
「何だよ、それ。お前は俺の母親かよ」
二人であははと腹を抱えて笑った。俺まで涙が出そうになった。
こうして俺とユウカは交際を始めたわけだが、交際と云ってもこれまでと何ら変わらない。二人で一緒に帰って、時々、休日にはどこかに遊びに行く(つまり、デートだ)。ミツルや部活の先輩とかにこのことを話すと、「のろけるな、うざい」とばっさり切り捨てられた。俺としては普通に話題を振ったつもりなのに、その日は二人とも機嫌が悪くなった。俺たちが付き合い始めたということは、学校の連中も知ることになった。俺はどちらかというと他からからかわれることないひっそりとした穏やかな交際を期待したのだが、ユウカはけっこう積極的に付き合っていることを周囲に広めていた。
ミツルもユウカと仲良くなっていた。もともと二人ともサリンジャーのファンということもあり、俺が紹介したら思った以上に二人は意気投合していた。ミツルがいつの間にかユウカのことを俺みたいに下の名前で呼ぶようになっていたほどだ。こういう時に、ミツルのことがとてもうらやましく思う。俺があれほど仲良くなるのに苦労したユウカといとも簡単に気安い関係になっていることには不公平を感じずにはいられない。いつかミツルにユウカを盗られるのではと一瞬不安にも感じた。まあ、まずありえないけど。また、最初の出会い以来仲が悪くなると思われた清水とも、彼女は話すようになった。清水は今でも偶にミツルのもとに訪ねてくるので、二人は頻繁に顔を合わせるようになっていたのだ。少なくとも、清水がユウカに敬語を使う程度には、二人の仲は良くなっていた。
夏休みに入ってからもユウカとの交際は続いた。中でも一番、記憶に残っているのはやっぱり八月の夏祭りだ。毎年、この時期になると、学校の近くの神社で祭りが開かれる。俺とユウカは、校門で待ち合わせをして、一緒に向かった。二人で境内に並ぶ出店を巡った。
「すごいお店の数だね」ユウカは云った。俺は頷き、「うん。何か欲しいものある?」「うーん。子供の頃はいろいろあったけど、今はなあ」「金魚すくいとかは?」「駄目。私、金魚にトラウマしかないの」「飼っていたけど、死んじゃったとか?」「うーん、あってはいるんだけどね。お酒に酔っぱらったお父さんが、夜帰ってきて、『みずー、みずー』って叫んで、玄関に飾ってあった金魚鉢の水を全部飲み干しちゃったんだ」「何それ。すごいね」「当然、金魚は全部死んじゃったの。十匹近くいたんだけど。それで、お父さんも次の日おなか壊して、会社休んじゃった」「あはは」「自業自得だけどさ。馬鹿だよねえ」「それで、金魚は嫌なんだ?」「まあね。あっ、待って。私、あれやりたい」
ユウカは射的屋の前で立ちどまった。「あれ欲しい」そう言って彼女が指したのは、的である牛乳パックに紐で巻き付けられた緑色の髪飾りだった。よく見ると四葉のクローバーをかたどったものだとわかる。所詮はお祭りの景品ということで安っぽく感じる。「あれのこと?」「うん。可愛くない? 私、こういうの好きなんだ」「よし、じゃあとってあげるよ」俺は腕まくりする。「弓道部の実力見せてあげる」
本当は弓矢とコルク銃じゃ全然違うけれど、彼女にいいところを見せたいという気持ちで、やる気は満々だった。
集中して、狙いをつけると、三発目で目当ての物はゲットできた。俺はユウカにそれを渡した。ユウカは俺の好きなあの笑顔を見せ、
「ありがとう」
と言った。俺はそれだけで満たされた気持ちになった。
「四葉のクローバーがどうして幸運の象徴なのか知ってる?」俺は照れ隠しのつもりでそう云った。「えっ。そう云えばどうしてだろう」「色々な説があるらしいけどね、俺が聞いたのは、それが十字架に似ているかららしいね」「ふーん。確かに似ているかも」ユウカはその髪飾りを指先でいじりながら呟き、「よく知っているね。私、ただ単純に珍しいからってだけの理由かと思ってたよ」「うん、まあ。そう云う説もあるんだけどね」「……なあんだ」
俺たちはそんな風に他愛もないことを話していた。
後ろで大きな音がした。。花火だ。しゃべるのも忘れて俺たちは七色の光に魅入った。夜空に咲く大輪は本当に綺麗で、それを目を輝かせて眺める彼女の横顔も光に照らされて、この上なく美しかった。
「すごいね」「うん、すごい」「本当にすごいや」「うん、本当に」
どっちも子供みたいな感想しか云わないものだから、おかしくなって二人でけらけらと笑った。
「ねえ」俺は花火に見とれるユウカに声をかけた。「学校の裏門、あそこの近くに、こことは別に恋愛祈願の神社があるんだ。知ってる?」「ううん、知らない。初めて聞いた。本当なのそれ?」「本当だよ。ちょっと場所がわかりにくいからあんまり知られてないんだ」「どこにあるの?」「裏門の近くのちょっと雑木林みたいになっているところの奥」「へえ、あそこって入れるんだ」「うん」俺はこの神社の存在をミツルに教えてもらった。陸上部で外周を走っていたときにさぼろうとして林に入ったら偶然見つけたらしい。「それでさ、今度いってみない?」ユウカはくすりと笑った。「ここも神社だよ」「うんそうなんだけど、さ」「何をお祈りするの?」「それはほら……」俺は言葉に詰まった。「二人の将来、とか?」ユウカが云った。俺は驚いて彼女を見つめた。彼女は照れ臭そうにしながら、「うん、いいよ。いこっか、今度。……それでさ、お祈りしようか。二人がいつまでも続きますようにって」
一際大きい花火が鳴った。
俺は本当に彼女といつまでも一緒にいれたらいい、と心から思った。
また花火。――お祈りなら今ここでしてもいいじゃないか。ここも神社だ。社殿にはちょっと距離があるけれど、境内ならばあまり問題ないだろう。――そうだ、せっかくなら花火に祈ろう。
俺は次に打ちあがる花火を待った。花火があがったら祈るつもりだった。どうか彼女との未来がいつまでも続きますように、と。
花火は今のが最後で、もうあがることはなかった。




