新谷滝、超おすすめ。
「おめでとうございますお嬢さん!」
ずぶ濡れになった私の前にいるのは、変質者だった。
長い髪、長いヒゲ、サングラスにボロボロのコート。街中だったら叫んだだろう。だけどここは山の中で、おまけに自殺の名所だから、私は叫んだりしない。
「この新谷滝に飛び込んで入水自殺を計ったのは、あなたが100人目でございます! いやあ、めでたい! この日が来るのを待ち望んで、ワタクシ100均でクラッカーなんか用意してたり。100人目だけに100均! どうですこのギャグセンス、ナウでヤングにバカ受けでしょう!?」
うるさい。
それが私の第一印象。
「何、なんかくれるの?」
「……最近の子、ドライですねぇ。セーラー服はこんなにずぶ濡れなのに、流行ってるんですか? そういうの」
変質者は、ためいきをつく。
うざい。
それが2番目に生まれた印象。
「まあ、いいでしょう。あげますよ欲しいもの。一個ぐらいなら」
「土地」
鼻で笑いながら、私は言う。
「あー、それはちょっと……」
「金」
「100円でいいです?」
「あなた、喧嘩売ってんの?」
「額は言ってませんから」
「じゃあ、100万」
「……いいんですね、本当にそれで」
「もしかしたら、ワタクシ億万長者かもしれませんよ? 十倍、いや百倍ぐらい払えるかもしれない。それでも、100万円。謙虚なんですねぇ、あなた」
「じゃあ、一億頂戴」
「ざんねーん! 今財布の中には五千円しかありませーん! はーいだーまさーれたー!」
「なんなの、おっさん。何が目的なの?」
変質者はヒゲを触りながら、少し考えてからこう答える。
「暇つぶしですよ、暇つぶし」
「ようするに私をからかって遊んでいるのね」
「ピンポーン! 正解でーす! いやあ、こう長生きしているとですね、とにかくやることって無いんですよ。死んじゃおうかな―死んじゃおうかな―とか考えて、でもなかなか死ねなくて」
「じゃあ、私の勝ちね。少なくとも、私は一回死のうとしたから」
「いいえ、負けですよ。死のうとしたの、一度や二度じゃ無いですから」
冷たい声で、おっさんが言う。
「最初はね、あなたと一緒の入水自殺。次に拳銃で頭を売って、毒も飲んで電車に降りて」
はあ、とおっさんがため息をつく。
「全部ダメ。もう全然駄目。死にたくても死ねない体、超不便」
ああ、それはちょっと可哀想かも。
「だから、ちょっと羨ましいですよ、あなたの事。いつだって死ねるくらいには自由なんですから」
「そうね、私としたことが早まったわ」
「何があったかは聞きません。正直自殺の動機で自分より面白い人間っていないですから」
「ごめんね、おじさん。あなた本当はとってもいい人なのね」
「暇つぶしですよ暇つぶし。人生とはそういうものです」
うんうんと首を振って、変質者あらためおじさんはそんな事を言う。
「まあ、これを持って行きなさい」
そう言うと、ポケットからくしゃくしゃの五千円札を取り出して私に手渡した。
「貰えないわ、助けてもらって」
「いいですけど……この時間もうバス無いですよ?」
「借りとくわ」
「ええ、今度死にたくなった時は、ポケットに1万円札ぐらいいれておいてください。ちぎって半分もらいますから」
スカートを絞り、私は立ち上がる。空は蒼く月は輝き、夜道は明るく照らされる。
「ねえ、おじさん。本当のこと聞いていい?」
「なんでしょう? 預金残高ですか?」
振り返らずに、私は聞く。
「本当のところ、私って何人目だったのかしら」
「さあ、もう歳だから、千から先は数えられなくなっちゃいまして」
朝、登校中の電車の中で、ネットでこんな書き込みを見つけた。
死にたい。
だから私は書き込んだ。
新谷滝、超おすすめ。