表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

新谷滝、超おすすめ。

「おめでとうございますお嬢さん!」


 ずぶ濡れになった私の前にいるのは、変質者だった。

 長い髪、長いヒゲ、サングラスにボロボロのコート。街中だったら叫んだだろう。だけどここは山の中で、おまけに自殺の名所だから、私は叫んだりしない。


「この新谷滝に飛び込んで入水自殺を計ったのは、あなたが100人目でございます! いやあ、めでたい! この日が来るのを待ち望んで、ワタクシ100均でクラッカーなんか用意してたり。100人目だけに100均! どうですこのギャグセンス、ナウでヤングにバカ受けでしょう!?」


 うるさい。

 それが私の第一印象。


「何、なんかくれるの?」

「……最近の子、ドライですねぇ。セーラー服はこんなにずぶ濡れなのに、流行ってるんですか? そういうの」


 変質者は、ためいきをつく。


 うざい。

 それが2番目に生まれた印象。


「まあ、いいでしょう。あげますよ欲しいもの。一個ぐらいなら」

「土地」

 鼻で笑いながら、私は言う。

「あー、それはちょっと……」

「金」

「100円でいいです?」

「あなた、喧嘩売ってんの?」

「額は言ってませんから」

「じゃあ、100万」

「……いいんですね、本当にそれで」


「もしかしたら、ワタクシ億万長者かもしれませんよ? 十倍、いや百倍ぐらい払えるかもしれない。それでも、100万円。謙虚なんですねぇ、あなた」


「じゃあ、一億頂戴」

「ざんねーん! 今財布の中には五千円しかありませーん! はーいだーまさーれたー!」


「なんなの、おっさん。何が目的なの?」

 変質者はヒゲを触りながら、少し考えてからこう答える。

「暇つぶしですよ、暇つぶし」

「ようするに私をからかって遊んでいるのね」

「ピンポーン! 正解でーす! いやあ、こう長生きしているとですね、とにかくやることって無いんですよ。死んじゃおうかな―死んじゃおうかな―とか考えて、でもなかなか死ねなくて」

「じゃあ、私の勝ちね。少なくとも、私は一回死のうとしたから」


「いいえ、負けですよ。死のうとしたの、一度や二度じゃ無いですから」


 冷たい声で、おっさんが言う。

「最初はね、あなたと一緒の入水自殺。次に拳銃で頭を売って、毒も飲んで電車に降りて」

 はあ、とおっさんがため息をつく。

「全部ダメ。もう全然駄目。死にたくても死ねない体、超不便」

 ああ、それはちょっと可哀想かも。


「だから、ちょっと羨ましいですよ、あなたの事。いつだって死ねるくらいには自由なんですから」

「そうね、私としたことが早まったわ」

「何があったかは聞きません。正直自殺の動機で自分より面白い人間っていないですから」

「ごめんね、おじさん。あなた本当はとってもいい人なのね」

「暇つぶしですよ暇つぶし。人生とはそういうものです」

 うんうんと首を振って、変質者あらためおじさんはそんな事を言う。


「まあ、これを持って行きなさい」

 そう言うと、ポケットからくしゃくしゃの五千円札を取り出して私に手渡した。


「貰えないわ、助けてもらって」

「いいですけど……この時間もうバス無いですよ?」

「借りとくわ」

「ええ、今度死にたくなった時は、ポケットに1万円札ぐらいいれておいてください。ちぎって半分もらいますから」


 スカートを絞り、私は立ち上がる。空は蒼く月は輝き、夜道は明るく照らされる。

「ねえ、おじさん。本当のこと聞いていい?」

「なんでしょう? 預金残高ですか?」

 振り返らずに、私は聞く。

「本当のところ、私って何人目だったのかしら」


「さあ、もう歳だから、千から先は数えられなくなっちゃいまして」


 朝、登校中の電車の中で、ネットでこんな書き込みを見つけた。

 死にたい。

 だから私は書き込んだ。


 新谷滝、超おすすめ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ