幸せ表裏一体
お題『しっぽが特徴的な虎の獣人が奴隷にする話』
「…丁重にお帰り願え」
「はっ、従順な奴隷だけを侍らしているくせに!!いくらかぎしっぽだからってなぁ!?お前みたいな雌、どの雄だって相手に……………っ、」
無礼なふられ求婚者が下僕に引きずられて行く途中の捨て台詞。すぅっと瞳孔を細めてその無防備な喉元に食らいついてやろうと口の中で牙を出す
だが私が椅子から立つまでもなく
数々の修羅場を潜り抜け、奴隷となっても生き残った下僕は客人の黄と黒の尻尾を強くにぎった
それは端から見ても、求婚者が冷や汗をかくさまからも、力強く握られているのがわかり思わず尾の付け根がぞくりとうずいた
てっとり早いからとは言え、それはやめて頂きたい。私の尾を強く握られたことを思い出してなんかむずむずする
「は、…はなっ、…」
「……客人、そんなにお嬢様の尻尾を好まれるのならあなたもかぎしっぽにして差し上げましょうか?なんなら私が、ここの骨を粉々に砕いてあげますよ?」
やめてくれ痛い
幸運を運ぶとは言えコンプレックスな私の先端が歪んだ尻尾を矯正しようとした思い出が次々に蘇る
そして失敗し、激痛だけを運んだ結果も思い出されうずく付け根を止めたいのでコンコンと椅子の横にあるテーブルを中指で軽く叩く
「目障りだ。さっさとお帰り願え」
「…………申し訳ありません、主」
従順な下僕はわざわざ不機嫌のためにパタパタと床を叩く私の歪んだ尾を見てから、傷だらけの無表情の目の奥に楽しげな光を乗せて客人の尻尾から手を離した
「金が無いせいで街娘に求婚とは貴族様も大変ですね。ですが私は本能に従って強い雄が好きです。ですから、貴方は無理です。さようなら」
そうして今度こそ、求婚者は下僕の手で追い出された
これで今日の客は終わった筈だ
がっちりと結っていた髪紐をほどくと楽になったからが耳がぴょこっと揺れた
そのまま椅子からソファに移り靴もぽいぽいっと捨ててからだらしなく寄りかかる
めんどくさい。金を持つことは大変めんどくさい
でも、戦士でいるとプライドを傷つけられるしどっちがましなんだろうか
だらけたままそんなことを考え、どっちも不満な結末だから黄と黒の長い尻尾は不機嫌にソファを叩いた
その尾の先。いびつなかぎしっぽ
猫の中では幸運を呼ぶと言うまじないが伝わっているが虎人でこんな尾を持つのは私以外見たことがない
だから、子供のころはいじめられた
嫌いだ。こんな醜い尾
けれど、この尾は気持ち悪いくらいの幸運を運ぶ
初めは、学校で友達とやったトランプだった
みんなでババ抜きをすれば、何故か配布が終わった時点で私のカードは全てペアで無くなる。ポーカーをすれば強役が初めから揃ってる。神経衰弱をすれば私のターンで全てが揃う
国を守る戦士になれば、見回りに行くと食中毒やらで瀕死になった他国の奇襲兵団に逢う。戦場に出れば敵方に落雷が起こったり、眠りを妨げられたと怒った竜が敵方を襲ったりエトセトラ
結局実践を体験せずにぐんぐん上がる階級に辟易し、家を買えば庭から金脈が見つかり
その土地を貴族様が奪うように叩き買いとれば金脈は採掘の準備をがっつり整えた途端尽きたそうで
私は家を売った金と戦士時代の退職金と庭から出た金を売ったかねで商売を始めたら、何故か何をやっても当たり
今では私の金や幸運狙いで色々な客が来るようになった
「主、淑女がそのような格好でいるのは褒められませんよ」
「褒められたいなどと思ってない。それにどうせ見られてもお前達だけなんだから、いいだろう」
私は、今は、伸びたいんだ
客人を追い出した筋肉隆盛のごつい…でも人間な…下僕の苦言を流して、ソファの上で手を上げて上から下までうーん、と伸びる
……下僕が、重くて邪魔くさいドレスの裾から出た私の素足を見てごくりと唾を飲み込んでいることにも気付かず。
「ん〜〜、はぁ。もう夕方か、事務所の方からは何か連絡はあったか?」
「定期報告を見た限り特に問題は無さそうです」
この下僕、元は人間の国の将軍であったくせに戦闘だけでなく事務処理までこなす有能な人間だ
………本来ならば、こんなところで執事や護衛の真似事をするような程度の低い雄ではない
彼は英雄だった。人間達の守護神と吟われるほど強く賢く、才気溢れ英雄だった……それこそ、子供の獣人な私が人間である彼に憧れるほどの英雄だった
けれど、狡猾な狼人と狐人たちに同時に攻められて人間の国は滅んだ。女と弱い男は奴隷に、強い男は処刑されたはずだが
彼は有名すぎた。有名すぎたがゆえ、逆に隸属させて貶める目的で奴隷として売り出された
私はそんな彼を買って手に入れたのだ
憧れた雄である彼を手に入れたのだ
………正しく幸運が働いたとしか思えない
「主、そろそろ食事になさいますか?」
「……少し寝る」
そう思うと、胸糞悪くて仕方がない。
私が幸運になるために、人間の国は滅びて彼は奴隷になったんじゃなかろうか
私が幸運になれば、その裏ではいつも誰かが不幸になる
目を閉じ、嫌な思考から逃げる彼女は知らない
人間は力が弱いが、賢くまた立ち直りやすい生き物だと言うことを。
彼は確かに不幸にも奴隷になった。けれど、幸せになるために優しくどうでも良い罪悪感に苛まれる彼女を手に入れようと
まるで獣のようにぎらついた愛欲をたぎらせた目で主人を見ている。
彼女は、まだ知らない
憧れてはいても、下僕をただの人間と侮っているから
人間とは言え優秀な雄が、牙を剥くまで……あと少しだと言うことを