桜の人②
それからすぐに、父の言葉の意味を知る事になった。
その日は朝から小雨が降っていて、さらさらと振りながらもどんよりとした雲がまだ止まない事を示していた。それを眺めていた母が、
「お父様は早くに戻るわね」
と言っていた。
雨が降ると、お城でも皆がまっすぐ屋敷に帰りたがるので父も誰かに捕まらずに帰って来るのだという。
そして、その通りに随分と早く父は戻った。
「そなたに殿から縁談を頂いたのだ」
出迎えに出た私に開口一番告げた。
母は最初から知っていたようで驚きもせず、とても喜んでいた。私は驚きのあまり目をまんまるに見開き固まってしまったが、そんな事など気にしていない様子で、
「お相手は津田様だぞ」
と、言う。
津田様?誰だろう。私が知っているような口振りだけれども、誰も浮かばない。
「そなたも先日会っておろう。あの方だ」
痺れを切らした父のその言葉に、あの桜の人が思い出された。 ハッとして、けれども疑問に思う。
「織田様ではないのですか?」
だって織田信勝様の嫡男なのでは?
それともどなたかの養子に入られたのだろうか?
「父・信勝様が謀反の罪で殺されているだろう?だから織田を名乗るのは偲びないと、分家筋にあたる津田姓を名乗っておいでだ。謀反とはいえ、信勝様は家臣に好かれたお方だった。だから津田様の行く末を案じ手を尽くしてお育てしたそうな。そしてそのうちのどなたかがこの父を後ろ盾にと殿に進言下ったらしいのだ」
とても嬉しそうだ。
私も嬉しかった。それは父が織田家の家臣の中でも重んじられている証であるし、そんなにも人から愛された人に嫁がせてくれるというのだから。
でも、不安だ。
私のような小娘があの方の妻になる。務まるのだろうか?愛されるのだろうか?
ご満悦の父と母が屋敷の奥に消えても、私は出迎えたまま少しの間動けなかった。
乳母と顔を合わせ、困ったように笑うと、乳母は私の手を握ってくれた。
私の両親は、このご時世には珍しく好き合って添い遂げているので、とても仲がよい。
でも、姉様は父の決めた縁談で嫁に行き、その後は詳しく知らない。幸せなのだろうか?顔も知らない相手に嫁ぐのはどんな心持ちなのだろう?近くにいたら、聞きたい事はたくさんあるのにーー。
それでもこの時、どこか喜んでいる自分がいた。とても複雑だった。