少女双葉
双葉とタクトは、ネーナに別れを告げて、再び、熱砂の大地を進んでいた。そんな中で、双葉は急に溜め息を吐いた。
「どうした?」
「Tバック履きたいなって思ってさ」
「なんだそれは?」
「あ、この世界には無いのか。実は、身体の線が浮き彫りになるの、嫌なんだよね」
「お前、やっぱ女だな」
タクトは顔を赤らめながら言った。この女は、自分を男だと主張するくせに、身体の線を気にするのか、などと当然の疑問を感じていた。
双葉の方は無意識に口走っていたことだが、その会話というよりも、一方的な愚痴は、どんどんあらぬ方向へと向かっていく。
「なんか、馬に乗せてもらうのは、嬉しいんだけど、あんまり運動しないと、余分な肉が付くんだよな。はあ、脂肪燃焼したい」
「俺さぁ、一応、顔は可愛いと思うんだけど、確かお前も好きだよな、俺の顔」
「身体も好きだぜ…」
言いながらタクトは、自分を殺したくなった。俺は何を言っているんだ。今日ほど思ったことはない
「お前、女だろ」
「ば、馬鹿。俺は男だ」
「男は身体の線を気にしない」
「するよ。男だったときに、毎日腹筋鍛えてたし、ダイエットもした」
あらぬ方向に進む会話を止める者はいない。二人を乗せた馬は、ゆっくりと駒を進めた。ふと、タクトが馬を止めた。
「双葉、何故お前は、あの時、加速を使えたんだ?」
「分からない。とにかく必死だった」
タクトは拳銃を取り出すと、それを双葉に渡した。
「なんだよ?」
「もう一度見せてくれよ」
タクトは、双葉から拳銃を取ると、目の前の木に向かって発砲した。すると、命中した部位から、突然緑の新鮮な草が生えた。加速のエネルギーによって、木の成長を速めたのである。
双葉はタクトから拳銃を再び受け取ると、同じように、木に向かって発砲した。
「おお…」
タクトの口から小さな声が漏れた。双葉の放った弾丸は、タクトのものとは裏腹に、木を根本から腐らせ、一瞬のうちに枯れ木にしてしまったのだ。
「ありゃ?」
「ほう、これがお前の力か、恐ろしい力だ。ジェイの時もそうだが、純粋に殺すという行為で、加速をここまで使いこなせるのはきっとお前だけだな」
二人はしばらく無言で進んでいると、今度は大きな湖と、レモンとライムの生えたヤシの木、そして綺麗な黄緑色の芝生の広がったオアシスが姿を見せた。
「おい、ウソだろ。砂漠でもないのにオアシスだ」
「行こう、果物に水もある。さあ早く」
「分かってるよ。今向かう」
タクトは馬に鞭打つと、そのままオアシスに直行した。
オアシスは、そこだけ別の空間のように涼しく、また久しく見かけなかった緑にあふれていた。二人はそこに腰を掛けると、双葉はヤシの木からレモンを引き千切り、タクトは水を両手で掬って飲んでいた。
「んん、良い気持ち・・・・。脱いじゃおっかな?」
双葉が制服のボタンに手を掛けた。タクトは無視して水を飲んでいたが、その眼は明らかに、双葉を追っていた。
「おい、男女。良いか、俺はお前に興味はない。そうやってからかって楽しむのは勝手だが、エリスにそっくりな姿で、卑猥な言葉を吐いたりするのは許さん」
「おい、怒るなよ」
走って逃げる双葉を、タクトが追い掛け回す。束の間の平和な光景だったが、そこに銀髪の、見た目30歳前後の男がオアシスに足を踏み込んだ。そして逃げる双葉の腕を掴んだ。
「あ、ちょ・・・・」
男に引っ張られて、転びそうになる双葉。タクトは男の前で立ち止まると、彼らしくなく怯えたような表情になった。
「あ、あなたは・・・・」
「久しぶりだな。タクト」
男はタクトを知っているようだ。ニコッと微笑みかけると、双葉の腰を掴んで抱え上げると、自分の髪の毛と同じ色をした、銀色の毛を持つ馬に乗せた。
「兄さん」
タクトは叫んだ。彼はタクトの実の兄だった。彼の兄妹は三人兄弟で、長兄が今の銀髪の男で、二男がタクト。そして三男がジェイだった。
「私はお前の兄ではない。バームと呼べ。父を裏切ったお前に兄などと呼ばれたくはない」
「そうかい」
タクトは胸ポケットから素早く銃を取り出すと、バームという銀髪の男に向けた。
「双葉を放せ。さもないと、あんたを殺さなきゃいけなくなる」
「良いぞタクト。それでこそ男だ。そして成長したな。だが、この娘は帰すわけには行かない。大事な人質なんだ。それにお前が父から盗んだ、禁断の果実と交換するんでな」
「禁断の果実?」
双葉は聞きなれない単語に、思わず首を傾げた。タクトは双葉の方をチラッと見ると、悔しげに唇を結んだ。そして説明した。
「加速は、ある能力の過程に過ぎない。そしてその能力を引き出すのが、バームの言う、禁断の果実なんだ。俺はそれを親父から奪った」
「そうだ、それを渡すのだ」
バームの言葉に、タクトは銃を降ろしたまま動かなくなった。そして双葉を見ると、小さく「ごめん」と言うと、銃を再びバームに向けた。
「ほう、お嬢さん。どうやらタクトは君よりも、果実の方が大切らしい。良かろう。女は人質として預かることにする。返して欲しくば、実家まで来い。お前の生まれ育った場所に」
バームは馬を走らせると、双葉を強引に後ろに乗せて走り去ってしまった。