金色の思い出
双葉はタクトの元に駆け寄った。既に心臓が止まっているはずの、彼の口が動いた。
「双葉、いるのか?」
双葉はタクトの弱々しい右手を、両手で握った。
「ここにいるよ」
「そうか、悪いな。もう目が見えねえ、だが、お前の声を聞くと不思議だ。怖いのに安心するんだ…」
「お願い死なないで」
双葉の両目からこぼれ落ちる涙が、タクトの頬を濡らす。
「泣くなよ。泣きたいのは俺の方だぜ。お前の泣き顔が見れないなんてついてないぜ」
タクトは眼を閉じたまま笑っていた。それは死人とは思えない安らかで、落ち着いていた。まるでなるべくして、そうなったかのように。
「最後にこれだけは言っておく。お前が何者だろうと、俺には関係ない。ただ、お前と出会えて良かった…」
タクトはそれきり動かなくなった。静かにじっと眠っているようだった。双葉は彼の手を組ませて、静かに地面の上に寝かせた。彼女の瞳は鋭く、ウルフが兄を殺害した時のように、急速に精神が成長した。
「見つけたぞ」
双葉の後頭部に冷たい金属が押し当てられた。振り返らずとも分かる。バームの声だった。
「何ですか?」
双葉は銃口を突き付けられているというのに、落ち着いていた。まるで別人のように、バームには感じられた。
「君を遠くから見ていた。アサムがあんなに怯えているなんて信じられない。君を殺さなければ、後の憂いとなる」
双葉は震えながら拳銃を握っているバームを憐れに思った。
「確かに、選択は正しいです。俺を殺すなら今しかない」
双葉は地平線を指した。
「もうじき、アサムを仕留めたコールヘブンが戻ってきます。既にあなたは攻撃対象となりかけている。ここで俺を殺しても、コールヘブンは消滅しません。多分あなたを殺すでしょう。そして俺が死んだこの場所を護り続ける。理屈は分かりませんが、きっと生命は永遠で、人が死んでも、生命のエネルギーは残るんでしょうね。だから俺が死んでも、コールヘブンは残る」
バームは銃を降ろした。その行動に双葉は首を傾げた。
「どうしました?」
「タクトのことを思い出したら、もう君を殺せなくなった」
「それなら、一緒に来てもらえますか?」
「え?」
双葉は静かに歩き始めると、くるっとバームの方を振り返った。そこだけ見ると、無垢な少女にしか見えない可愛らしい動作だった。
「アサムの死体を確認しないと。多分、かなり酷い状態になってるでしょうけど」
双葉とバームは、アサムのいる絶対安全シェルターにたどり着くと、そのまま中に入った。
「扉が破壊されているぞ。このシェルターは、外部から絶対に破壊できないはずだ」
「タクトのお兄さん。絶対なんて世の中にないです。唯一絶対なのは、コールヘブンは対象を必ず殺すということと、俺が宝くじに当たらないことぐらいです」
シェルターの中には、ピンク色の体に六本の足を持った生物、コールヘブンと、アサムの着ていた衣服が、彼の骨と一緒に散乱していた。
「シュタタタ」
コールヘブンは双葉を見つけると、彼女に飛びかかった。隣にいたバームはすぐさま銃を向けたが、それを双葉が止めた。
コールヘブンは、双葉の頬に自分の顔を押し付けると、上下に摺り寄せた。彼女の柔らかい頬の肉が、コールヘブンの動きに合わせて上下していた。まるで犬が飼い主の顔を舐めるのと同じ、いわゆる甘えているのであった。
「キュウウウウウ」
コールヘブンは喜んでいるのか、高い音を出しながら、双葉の周りをグルグルと回っている。
「これで終わりました。アサムは死んで、後はタクトの意思を継ぐだけだ」
「タクトの意思?」
「ユートピアを見ることです」
双葉が断言すると、突然シェルターの中に怪しげな空気が漂い始めた。何かがいる。そしてそれはすぐに明らかになった。青い光が空から降り注ぐと、黑いローブに鉄仮面を付けた、アサムと同じ姿をした者達が、双葉とバームを包囲するように、現れたのである。その人数、ざっと数えて20人ほどであった。




