コールヘブンの追撃
双葉はタクトの死と、禁断の果実の力によりPHIに目覚めた。その名もコールヘブンという。
コールヘブンは、双葉の分身である。双葉に対して、憎悪や敵意、殺意などを抱いた存在の前に自動的に表れて殺す。シンプルで、消滅させるということに対しては、この世で二つとない究極の能力だと言える。そしてコールヘブンの攻撃対象に一度でもなった場合は、世界中の何処に逃げても、決して逃れることはできない。さらにコールヘブンには滅びという概念が存在しない。だから攻撃することも不可能なのだ。唯一できることは。差し詰め逃げることだろう。
「何だあいつは・・・・」
アサムは馬に鞭を何発も入れるが、これ以上の速さは出ない。背後から迫る不気味な生命体は、ずっと一点を見たまま、こちらに向かって来る。
アサムには作戦があった。それはかつてアガメムノンが国の財のほとんどを擲って造らせたある建物に逃げ込むことである。その建物の名は、絶対安全シェルターという。この世界で最も頑丈な素材で作られた、キューブ上の黒い建物。例え、隕石が落下して、世界が壊滅状態になろうとも、星が爆発して、全てが塵になろうとも、絶対安全シェルターだけは無傷である。それは彼も知っていた。
「シェルターは一度入ったら二度とは出られない。しかし私のPHIを使ってこの世界から脱出すれば問題はない」
アサムは世界を構成する線を作りかえることで、次元の入り口を作り、異なる世界観、つまりパラレルワールドを行き来できる存在である。今までにいくつもの世界を渡り歩いてきた。だから今回も彼にとっては、ピンチでも何でもないのである。
「あったぞ・・・・」
アサムの表情がいくらか和らいだ。目の前には、だだっ広い荒野の真ん中にポツリと寂しく建造されている、黒いキューブ状の無機質な建物があった。
アサムは一足先に中に入ると、自動でシェルターの扉が開かれた。これでこの建物は世界で最も安全な結界となったのである。建物には天井の近くに窓が付いており、そこから空を見ることができる。もちろん、窓のガラスも、他の壁とほぼ同じ頑丈さを保っているので安全である。
建物の中にはネズミどころが、アリ一匹も入っては来れない。アガメムノンが何故こんな物を造ったのか、諸説はあるが、彼自身、自然を最も恐れていたからであろう。人間がどんなに賢かろうと、強かろうと、大自然の前では無力同然なのだ。そんな彼が自然に対抗できる唯一の手段として、作り上げたのがこのシェルターであった。
「さて、早くこんな世界から脱出しよう」
アサムはふと、窓の方から視線を感じて手を止めた。そして窓の方を見ると何もいない。しかし視線を感じる。
アサムの額から汗が滲み出てきた。これほどの緊張を味わったのは久しぶりだった。
ガサッと、窓の方から奇妙な音がした。再び窓を見ると、そこにはピンク色の六本の足が張り付いていた。そして金色に発光している眼でアサムの方をじっと見つめていると、小さな口から、黄色い液体を涎の様に垂らし始めた。
液体が窓に触れた瞬間、白い煙を出しながら、窓が溶け始めた。何かの消化液だろうか。急速な勢いで、絶対に破壊されないはずのシェルターの壁が溶けている。そして次の瞬間、バリンという何かが割れる音と共に、ピンク色の体を持った六本足の不気味な生き物、コールヘブンが天井からアサム目掛けて振って来た。
「ああああああ」
アサムは絶叫した。コールヘブンは地面に降り立つと、叫ぶ彼の口に二本の足を突っ込んだ。
「ぐむ・・・・・」
アサムの喉奥に足がどんどん入って行く。耐え切れなくなった彼は吐瀉物を床に撒き散らした。その拍子に、後ろに仰け反り、コールヘブンから離れた。
「うあ・・・・あ・・・・」
アサムはそのまま逃げようとするが、それよりも速くコールヘブンが、彼の前に立ちふさがった。そして六本の足で、彼の顔を何度も殴った。最後に止めの一発を彼の顔面に喰らわせた。
「げがああああああ」
アサムの体が宙を舞い、そのまま床の上に激突した。彼は仰向けのまま呻いていたが、コールヘブンが馬乗りになると、すぐに我に返った。
「ま、待て、やめろ・・・・、馬鹿なことは止めなさい」
アサムの顔が青く血の気が引いていた。コールヘブンは彼に馬乗りになった状態で、じっと双方の金色に光る眼で、静かに彼を見ていた。
「頼む、助けてくれ」
一瞬の静寂、コールヘブンは瞳を輝かせると、六本の足をグルグルと回転させながら、彼の顔を上から再び凄まじい速さで殴り始めた。それも一発やニ発ではない。眼にもとまらぬスピードで、何度も何度も、拳を振り上げるのである。
「じぐしょおおおおお」
断末魔の叫び、コールヘブンの百発目のパンチが決まった瞬間、アサムは動かなくなった。そしてコールヘブンは、彼の死を悟ると、小さな口から黄色い液体を彼の顔に垂らした。
アサムの体が煙を発生させながら溶けて、ついには服だけがそこに残ったのだった。




