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復讐の双葉

 タクトと双葉は、バームの起点により一命を取り留めた。そして傷もいくらか癒えて馬に乗り、ユートピアを目指していた。もうすぐそこまで来ている。後、1時間掛かるか、掛からないかで分かるのだ。本当にこの世の楽園は存在しているのか。それともただの人々が作り上げた幻想にすぎないのか、いずれにせよ、彼らの歩みは止まらない。

「双葉・・・・」

 タクトは乾いた声で何度呼んだか分からない名前を口ずさんだ。

「ああ?」

「この旅が終わっても、俺と一緒にいてくれないか?」

「はあ?」

 双葉はタクトの言葉に過去の自分の一端を思い出した。それはまだ双葉が、何処にでもいるただの少年だった頃の話である。少年は中性的な顔立ちで、よく少女と間違えられた。思春期を迎えてからは、そんなことはなくなったのだが、男らしからぬ白い肌と、大きな瞳、長い睫毛は、同じ男子からの嘲笑の的であった。彼は馬鹿にされたくなくて、ひたすらに喧嘩して黙らせてきた。それを思い出したのである。


「お前、俺を女扱いするな」

「別に俺は、お前とどうにかなりたいなんて思ってないよ。ただ、近くにいて欲しいだけだ。嫌か?」

「いるだけならな」

 双葉はそれっきり口をつぐんだ。二人の体を涼しげな風が通り抜ける。そして風の中から、一人の男が姿を現した。

「おい、冗談だろ」

 それはあまりに一瞬の出来事だった。タクトは咄嗟に双葉を上手から突き落とした。そしてそれが命取りとなった。彼の胸を黒い槍のようなものが貫いた。


 双葉は運良く、ほとんど無傷であったが、馬上から目の前に落ちてきたタクトの姿を見て、動かなくなった。あまりに呆気なく、それは一瞬だった。首筋に手をそっと当てると冷たい。心臓は動いていない。呼吸も脈も何もない。即死だった。

「タクト・・・・」

 双葉はようやくその名を呼ぶことができた。しかし彼はもう返事をしない。ウザったそうにもしないし、怒りも、笑いも、泣きもしない。地面の上に規則正しく横になっている彼の姿は、まるで人形のようで、始めからこうであったように感じられた。しかし彼は生きていた。つい数秒前まで一緒に会話していた。


 双葉はタクトの手が強く握られていることに気付き、無理矢理開かせてみた。死後硬直は既に始まっているが、割と簡単に手を開かせることができた。

「あ・・・・」

 手のひらには食べかけの赤い果実があった。それは禁断の果実の残りだった。才能を持った者が食べればPHIに目覚めるが、才能のない者は果実の毒によって命を落とすというものだ。

 双葉はそれが彼の遺産に見えた。そして無意識にそれを手掴みすると、口に運んで、芯ごと丸呑みにした。


「おやおや、はしたない」

 タクトを仕留めた男、アサムが双葉の前に立った。そして鉄仮面とローブを脱いだ。そして、肌を一枚剥いで、その中にある黄色い脂肪の塊のような肌をした、若い男の顔が現れた。

「あなたを呼び寄せたのは私ですよ」

 アサムはタクトの死体を前に蹲っている双葉の右肩に片足をを乗せた。

「許さない・・・・」

 双葉の体が小刻みに震えていた。

「そろそろ私も帰りますかね。「機関」の連中に嗅ぎつけられたみたいで、もうこの世界には長居できません」


 一人で喋るアサムの姿を見て、双葉の中の何かが弾けた。それは怒りを越えた殺意。多くの人間を幸せにする力など要らない。ただ、目の前の人間を不幸のどん底に堕とす力が欲しい。気付いた時、彼女の右側に何か、奇妙な生命体が出現していた。


 肉塊のような鮮やかなピンク色のボディー、蜘蛛のような六本の手足。二つの離れた黄色く発光する眼。小さい牙が収まりきらずに突き出ている小さな口。大きさは子供程度の謎の生物がそこに立っていた。

「何だこいつは・・・・」

 アサムはこの世界に来て初めて動揺した。これが双葉のPHIなのか。彼は考えたが、目の前にいるソレは明らかに生きている。そしてその生物は、双葉の加速エネルギーが強くなりすぎた結果、他の物体の媒介なしでも存在できる。いわば加速エネルギーのカタチとなったものであることを彼は知らなかった。しかし双葉だけはそれを本能で理解していた。


「シュタタタタ」

 生物は六本の手足を、まるで犬掻きの様に動かしながら、荒野の上を進んだ。そして真っ直ぐにアサムに向かって跳びかかったのだ。

「悪ふざけが過ぎますね」

 アサムは手から黒い線を出現させた。それは先程タクトを貫いた槍のような形をしたものだった。

「死になさい」

 黒い線が、生物目掛けて放たれた。そしてそれは生物の顔に命中し、そのまま生物を消滅させようとした。しかしここで奇妙な現象が起こる。消滅しているはずの生物がすぐにまた再生しているのだ。つまり消滅しながら再生しているので、いつまで経っても消えないのである。そして黒い槍を顔から引き抜いて、何処かに投げると、再びアサム目掛けて迫って来た。


「シュタタタタタタ」

 生物は大きく跳躍すると、前の二本の足を一つに合わせて、アサムに向かって手刀を浴びせた。

「うあ・・・・」

 アサムの右腕が吹き飛んだ。まるで作り物のように呆気なく、地面の上を転がった。同時にアサムが叫びをあげた。切断部からは止めどなく鮮血が流れている。一方、謎の生物は、地面に転がっているアサムの右腕を拾うと、その場でムシャムシャと食べ始めた。

「何だ貴様は・・・・」

 アサムは咄嗟に生物の脇を抜けると、双葉達の馬を奪って走った。すぐさま、生物がその後を追った。


 双葉はそのままタクトに寄り添っていた。

「今のが俺の力か、あいつに名前を付けないと。そうだコールヘブンにしよう」

 双葉は理解していた。コールヘブンの能力を、コールヘブンは相手を殺す、この世から消滅させることに対しては、正に無敵の能力である。双葉にとって脅威となる存在が現れた時、あるいは双葉に憎悪や殺意、敵意などを抱いた生物が迫ってきた時に、自動で現れ、彼女の安全のために、それらを滅ぼすのだ。さらに言えば、彼女が殺したいと相手のことを思うだけでも、その相手はコールヘブンの攻撃対象となってしまうのである。


 コールヘブンは、双葉が死んでも滅びることはない。少なくとも、彼女の外敵が全滅するまでは、出現し続けて、対象を殺し続けるのだろう。

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