目覚める双葉
双葉とタクトは、荒野の中心にある小さな寂れた町に到着した。馬を近くに繋いで、タクトは酒場の中に入ると、しばらくして、緑色の布に身を包んだ女性を連れてきた。
その女性は、見た目で判断するに、20歳前後で、大きな瞳に、透き通るような白い肌をしていた。頭にはクリーム色のバンダナを付け、どうやら酒場で働いているらしかった。
「紹介する。俺の姉、ネーナだ」
「あ、どうも」
双葉は遠慮がちに小さく頭を下げた。目の前の女性、ネーナは、いわゆるお姉さんらしい風貌で、包容力があるように見え、一人っ子の双葉には、理想の女性だった。
「あ、やっぱり男だな」
タクトは、鼻の下を伸ばしている双葉を見て、そう直感した。そして、昨夜に恋人と間違えて、押し倒したことに、深い罪悪感を覚えた。勿論、恋人に対してである。
「ちょっとタクト、あなた…」
ネーナは、双葉の姿を見て、信じられないとでも言いたげな顔で、タクトを見た。無理もない、双葉はブラを着けず、白のYシャツを羽織っている、いわゆる半裸の状態だったからだ。
「姉ちゃん、実は…」
言いかけたところで最早聞いていない。ネーナは双葉に近付くと、目に涙を浮かべながら、彼女の手を握った。
「ああ、何てこと。お嬢さん。うちの愚弟がとんだ粗相を。許してなんて言いません。女子の身体と心を傷付け、己が欲求を果たそうなど、鬼畜の所業…」
ネーナは言いながら、その場に崩れ落ちた。タクトと双葉は互いの顔を見合わせて、深い溜め息を吐き、これは面倒なことになったと、頭を抱えたのだった。
その後、ネーナの家に案内された二人は、小一時間かけて、彼女を説得した。最初は戸惑っていた彼女もようやく納得した。
「双葉ちゃん。ああ、双葉ちゃんって呼ぶわね。あなたの新しい服は私が用意するわ」
ネーナはタクトを外に締め出すと、双葉の方を見てニコッと微笑んだ。そして三面鏡の前に、双葉を座らせると、後ろからクシで、彼女の栗色のセミロングの髪を解かし始めた。
「双葉ちゃんって、タクトの元恋人にそっくりだわ」
「エリスさんですか?」
双葉が振り返って言うと、ネーナは驚いたのか、口に手を当てて小さく息を漏らした。
「あの、タクトが自分の話をするなんて、きっとあなたをエリスと重ね合わせているのね」
「そんなのって、迷惑ですよ」
双葉が不満そうに頬を膨らませた。
「あはは、ごめんなさいね。でも、本当に見た目はそっくりだわ」
ネーナは嬉しそうに、鼻歌を歌っていた。そんな様子を見て、双葉も思わず笑顔になった。
「さて、完成よ」
ネーナは双葉の頭にカチューシャを付けた。そして今度は、タンスから服を大量に持ってきて、双葉の体に合わせた。まるで着せ替え人形のように、様々な服を着せられ。最終的には元の制服が一番しっくりくることに気が付いた。
「やっぱり元の服が一番似合うわね。仕方ないか・・・・」
ネーナは言いながら、果物ナイフを取り出して、制服に近付けた。
「ちょっと、何してるんですか?」
双葉は思わずネーナの手を掴んだ。
「あら、タクトから聞いていないのかしら。今から服を治すのよ」
ネーナは右目を閉じてウインクすると、ナイフを強く握り直した。するとナイフの刃先が光り、痛んだ制服の上に降り注ぐと、制服がまるで新品のように、綺麗な状態で復元した。
「ええ、どうして・・・・」
「タクトは肝心なことについては説明しないのね。これは加速と言って、私とタクトの家系に伝わる、物体の性質を一定の方向に加速させる技術よ。今使ったのは、復元の加速。壊れた物を治すことができるのよ」
一方、タクトはネーナの家の前で、壁にもたれ掛かりながら、双葉とネーナを待っていた。すると正面から、赤い髪をした、舌と耳にリング状のピアスを付けた、タクト同じぐらいに見える男が現れた。
「よお、兄貴。向かえに来たぜ」
「おまえはジェイか。悪いが俺は捕まらないぜ」
タクトは銀色の拳銃をジェイに向けた。それを彼は笑って受ける。
「何がおかしいんだ。お前は手に何も持っていないようだが、それでは加速が使えないぜ」
加速とは、物体や自分以外の生物など、他のモノを媒介にして生じるエネルギーである。タクトは拳銃に加速のエネルギーを込めた弾丸を撃って攻撃しているのだ。それに対してジェイは何も持っていない。それがタクトには気掛かりだったのだ。
「悪いな兄貴、俺は親父にあんたを連れ帰るように言われているが、それは必ずしも生きていなくても良いらしい。あんたの持っているアレを返してくれればな」
「返さねーよバーカ」
タクトはそのまま引き金を引こうと手を掛けた。しかしそれよりも早く、ジェイの手から何かが飛び出し、タクトの喉元に突き刺さった。
「ごふ・・・・」
タクトは拳銃を落として、後ろに倒れた。そして刺された部分を手で押さえた。何とそこには、人間の人差し指があった。抜いてみると、それは肌色の正しく成人男性の指であったが、冷たく、血の通っていないようであった。
「それは、俺の義手さ。一年前に怪我で右手を失くしちまってな。義手は親父に作ってもらったんだ。加速エネルギーを良く通す優れ物だぜ」
「あがああ」
タクトが口を開くと、まるでバケツを零したように水が、喉奥から溢れてくる。そしてどうしようもなく、それを地面に吐いた。さらに両目がふやけて、涙が止めどなく溢れてきた。
「お前の体内の水分の消費量を加速させた。もうすぐ脱水症状か、ミイラになるぜ」
タクトは照りつける太陽に身を焦がしながら、仰向けに倒れた。そしてほぼ同じタイミングで、双葉がネーナと共に、家から出てきた。
「タクト」
双葉は倒れているタクトに駆け寄ろうとするが、その瞬間、双葉の足元に何かが飛んできた。
「あっ」
思わず立ち止まる双葉、地面には義手の親指が刺さっていた。
「おい、お嬢ちゃん。動くなよ。死ぬぜ」
ジェイはタクトに近付くと、彼の横腹を足で蹴った。
「ぐう・・・・」
タクトが力無く呻くと、そのままゴロリと転がった。それを見てジェイは笑っていた。双葉はその隙に、さっきタクトが手放した拳銃を拾って、それをジェイに向けた。
「タクトを放せ。撃つぞ」
少女のあまりに頼りない声に、ジェイは吹き出しそうになった。
「撃てよガキ・・・・」
「タクト・・・・」
双葉は歯を食いしばり、眼を瞑った。無意識に彼女の手が拳銃の引き金を引き、中から金色の弾丸が、放たれた。そしてそれはジェイの右肩を掠った。
「な・・・・これは、馬鹿な。銃弾は劣化の加速で防げるはず」
ジェイの顔が血の気を失った。そしてその不健康なほどに白い顔で、双葉をじっと見つめた。
「今のは加速だ・・・・」
ジェイは、双葉の恐ろしい力の片鱗を見たのだ。