スネークバージVSニトロゲン
乾いた大地の上を、馬にも乗らず、ウルフはフラフラ歩いていた。暑さにやられたのではない。今、彼は実に気分が良かった。生まれてからここまで晴れ晴れとした気分を味わったことはなかった。もう、足元を見ながら歩くことはない。兄の態度に怯える必要だってない。
「よお、ウルフじゃねえか・・・・」
ウルフの前に、金髪の短く刈り込んだ髪をした男が現れた。耳と舌、そして鼻にピアスをした。奇妙な男だった。彼はウルフを知っているらしく、ケラケラ笑いながら、ウルフの肩を軽く叩いた。それを見て、ウルフの顔が少し不愉快そうに歪んだ。
「おい、手退けろよ」
「おっと、悪い」
男は手を素早く引くと、すれ違い様にボソッと呟いた。
「兄の腰巾着が良い気になってんじゃねえぞ」
瞬間、金髪の男の腕が後ろ手に締め上げられた。そしてウルフは懐からナイフを取り出すと、男の首にそっと冷たい金属の刃を押し当てた。
「て、てめぇ・・・・」
男は驚いていた。いつの間にしたのか、それ以上にウルフにこんな大胆な真似ができるわけがない。しかしウルフはあくまで冷静だった。彼は男の耳元で、小声で喋り始めた。
「なあ、ブローザの旦那よお。俺は今、すこぶる機嫌が良い。ヤクをキメてる時みたいにすっきり爽やかな気分なんだ。まあ、俺はヤクなんてやったことないけどよ。それより、例の二人なら、俺が既にボコしておいたぜ。まあ殺してはないが、殺りたいなら譲るぜ」
「あ、ああ、サンキューな」
ナメられないように精一杯声を張ったつもりだが、出てきた声は乾いていて、とても弱々しかった。ブローザという男は、ウルフのことを良く知っているつもりだったが、まるで別人のような、彼の変貌ぶりに、もう彼と争いたいとは思わなかった。
「じゃな、ブローザの旦那」
ウルフはそのまま、口笛を吹きながら何処へと行ってしまった。ブローザはその後ろ姿を呆然と見つめていた。
荒野に一陣の風が吹き荒れた。タクトは地面を這いずりながら、何とか双葉の元に到達すると、震える手で彼女の小さな右手を握った。それが精一杯だった。彼女の手は温かい。まだ生きている。それだけで彼はホッと胸を撫で降ろした。
「タクト」
頭の上から聞き慣れた声が、タクトの名を呼んだ。この声の主を彼は知っている。先に聞き慣れたと言ったが、それは間違いだった。寧ろ、聞き飽きたに近い程に知っている声色だった。
「バーム・・・・」
かつての兄の名前を何とか、喉の奥から振り絞ることができた。馬上から見上げるバームの顔は、日光の影響で、眩しくて顔が見えなかった。
「タクトよ。俺はお前を始末しに来たんだ」
バームは静かに馬を降りた。そして倒れているタクトの顔を見た。傷だらけで、とても始末などできない。気付いた時、彼はタクトと双葉を馬に乗せて、治療することを考えるようになった。彼はあくまでも人間であり、良心を捨て切ることはできなかった。しかしそれこそが真に正しい生き方だった。
「待てよ・・・・」
バームの背後にブローザが姿を現した。金髪の前髪を弄りながら、彼の元に近付いて来た。
「誰だ貴様は・・・・」
「俺かい。俺の名はブローザってんだ。あるお方に頼まれて、そこでへばってる二人を始末しに来た」
「そうか、わざわざご苦労だが、ここは私に任せてもらおう」
「おいおい、そうは行かないぜ。あんたは確か、クレスタ城のバームさんだよな。依頼主から聞いてるぜ。生真面目なだけの無能だってな」
ブローザの挑発にバームは笑った。こんな低レベルの言葉に惑うほど、自分はシンプルな人間ではない。バームは心の中で、自分に言い聞かせると、タクトと双葉を自分の馬に乗せて、さらに馬の尻を鞭で打った。
馬は大きく鳴くと、そのまま二人を乗せて走り出した。
「おい、逃がしてどうすんだよ・・・・」
「貴様の態度が気に食わないのでね。ここで屍を晒してもらいたい」
「へえ・・・・」
ブローザとバームが対峙した。
「スネークバージ」
バームの腕が蛇に変わった。彼はそのまま大きく踏み込むと、ブローザに飛びかかった。
「ニトロゲン」
ブローザの瞳から青白い光線が放たれて、バームの蛇の腕を焼いた。
「ちっ・・・・」
バームは蛇を元の腕に戻した。そして火傷した手首を押さえ、ブローザを睨み付けた。同じようにブローザも、バームのことを鋭い目で見つめている。




