スクリーチとティラノドレイクその3
ウルフは双葉を抱き起すと、彼女の顔をじっと見つめた。痛みに耐える苦悶の表情、少し力を入れたら、そのまま壊れてしまいそうな華奢な体と、柔らかな肉感。彼は彼女の頭を手で支え、眼に絡みついた髪の毛を、そっと払った。そして彼女の小さく結ばれた唇に、自らの唇を押し当てようと、顔を近付けた。
「おい、ウルフ何してんだ。早く始末しろ」
ジャッカルの怒鳴り声にウルフは顔を上げた。そして諭すように言った。
「兄貴、姫が目覚めるには王子のキスが必要なんだ」
ウルフは呆然としているジャッカルとタクトを無視して、再び双葉の顔を見た。
「フーフー」
ウルフは唇を尖らせて顔に大量の汗を掻いている。その汗の雫が双葉の頬に一滴落ちた。彼女の眉がヒクヒクと動き、やがて静かに眼を開けた。
目の前に映し出されたのは小太りの醜男だった。双葉はほとんど無意識に、拳を握りしめると、本当に悪気なく反射的に、ウルフの顔面を殴り倒した。
「うげえええ」
ウルフは不意打ちということもあって、思い切り地面に、頭から倒れた。
「おえええ、キモ、何だよこいつ」
双葉は口を抑えて吐き気を我慢しているようなポーズをした。男の顔面が目の前にあるだけでも不愉快だというのに、それがかなり不気味な形をしていたものだから、双葉の反応はごくごく自然に思える。
「双葉、無事か?」
タクトが双葉に駆け寄った。彼女には、少し足に擦り傷があるだけで、特に目立った外傷は見られなかった。どうやらダメージを受けたのは馬の方らしい。地面の上で舌を突き出したまま、横向きに倒れてる。
「ウルフの野郎、間抜けめ。せっかくのチャンスが・・・・」
ジャッカルの嘆きとは裏腹に、ウルフは地面の上で大の字になり倒れていた。
「双葉、俺から離れるな。何だかおかしいぞ」
いつの間に付いたのか、地面の上には大きな足跡がいくつも残っていた。何か大きな生物の、それも足の形から察するに、指が五本付いているので、人間に近い存在かも知れない。そして一度に残っている足跡が、丁度二つであることから、それが二足歩行であると見当がつく。
「何がいるってんだよ」
「驚いているようだな。タクトとやら。お前らに教えてやるよ。俺のPHI、ティラノドレイクは透明な恐竜を使役する能力だということを、そしてそいつは匂いと音を頼りに攻撃するということをな」
「自分の能力の説明とは流暢だな」
「必ず勝てるからさ。この恐竜は信用できたもんじゃないが。俺にだけ見えるし、少なくとも俺には攻撃してこない。それだけは判別ができるらしい。そしてお前らの近くには、今、その恐竜がいる」
タクトは双葉の手を握ると、耳を澄ませた。何かいる。音は小さいが鼻息のようなものが周辺に響いている。突然、倒れていたウルフが立ち上がった。
「痛いぜくそが、俺の顔をよくも殴りやがったな」
ウルフがフラフラと双葉の元に近付いた。
「おい、ウルフ止めろ。動くな・・・・」
ジャッカルの額に汗が滲んだ。するとウルフの体が突然、宙に浮いた。いや、何か持ち上げられていると言うべきか、彼の体はまるで、犬の骨のように横向きになっていた。恐竜がウルフの体を咥えているのだ。
「あぐうう、兄貴、頼む・・・・助け・・・・」
「う、うるさいぞウルフよ。お前が悪いんだろうが。俺の能力を知っていながら、不用意に動くからそうなるんだぜ」
ウルフの胴体が今にも千切れ飛びそうに、ダラダラと血を垂らしながら、力なく垂れ下がっていた。
「いだ、死んじまうよ・・・・」
「間抜けなお前が悪いんだ。よりによって、ティラノドレイクの攻撃圏内に現れやがって。こうなりゃ、お前を利用させてもらうぜ」
恐竜はウルフを咥えたまま、顔をブンブンと振り回した。そしてそのままウルフの体を、タクトと双葉の元に飛ばした。
「危ない・・・・」
タクトは咄嗟に双葉を突き飛ばすと、ウルフの体に激突し、彼の肘がタクトの脇腹に深々と突き刺さった。
「がは・・・・」
タクトはそのままバランスを崩して、ウルフと一緒に地面の上に倒れた。




