ブラックスター
タクトの馬の足元に黒いタールのようなものがこびり付いていた。
「タクト危ない」
先に気が付いたのは双葉だった。死んだ男から出てきた黒いタール上のソレは、タクトの馬の足を上っていた。それだけではない。足が溶けているのである。その光景はまるで食物が井の中で消化されるように見えた。
「何だ・・・・」
タクトがバランスを崩して落馬した。直前に馬の足を銃弾で撃った。
「馬の脚力を加速で強化だ」
タクトを乗せた馬が全速力で走り始めた。
「このまま、黑い泥みたいなもんを落とすぞ」
タクトの作戦は実にシンプルなものだった。馬の速さに、黑いタールが付いて行けずに離れるのを狙っているのだ。
「このPHIに名前を付けるぜ。名付けてブラックスターだ」
タクトの名付けたブラックスターは、馬の速度に振り落とされるどころか、逆にその状態で馬の足を溶かし始めた。
「すまない」
タクトは馬を見ながら言うと、ブラックスターが鞍にまで到達するよりも早く、馬から飛び降りた。そして地面に着地すると、そのまま銃を構えた。
ブラックスターは馬を取り込むと、その分、面積が広くなった。つまり大きくなったのである。
「この生き物なのかよく分からん何かは、喰った分だけ大きくなるのか」
ブラックスターはドロドロと移動を始めると、タクトの方ではなく、近くの岩に取り付いた。そしてそのまま、今度は岩を溶かし始めたのだった。
「くそ、何だよこいつは」
タクトはブラックスター目掛けて拳銃を撃った。火薬の炸裂音と共に、弾丸がブラックスターに取り込まれた。
ブラックスターは、液状の黒い体をブルブルと揺らすだけで、岩をひたすら溶かすことに夢中になっている。そして弾丸は全く効果がないらしい。液体では、どこが弱点なのかも分からない。結局、好きにさせるしかなかった。
しばらく呆然と、ブラックスターの様子を見ていると、双葉が走って、タクトの元に来た。
「はあ、疲れたぜ。タクト大丈夫?」
「ああ、俺は無傷だが、馬を喰われちまった。少しだけ分かったんだが、あのヘドロ野郎は、喰って消化した分だけ、大きくなるみたいだ。おまけに液体だからな、破壊もできない。その上、あいつを操っていたはずの男も死んじまった。これじゃあ能力を止める方法がない」
ブラックスターは岩を取り込み終えると、さらに巨大化した。最早、ただの黒いタールではなかった。スライムのような、不定の生物と化していたのだ。そしてその怪物は、突然、タクトの隣にいる双葉に飛びかかって行った。
「うわ・・・・」
双葉はブラックスターに呑みこまれて地面に倒れた。そしてそのまま彼女を取り込もうと、服を溶かし始めたのだ。彼女の体から白い湯気のような立った。それは溶かしている合図である。
「くそ、放せよ・・・・」
双葉は必死にもがくが、固体でないため、タクトの言う通り、破壊など不可能だった。
ふと、双葉はタクトの方に視線を向けた。何故か必死になってもおかしくないはずのタクトが、双葉の様子をじっと見たまま、固まっているのだ。
「何、ぼけっとしてんだ。助けて・・・・」
「ああ、今やるぜ」
タクトは双葉に駆け寄った。そして心の中にある邪な気持ちを取り覗こうとした。
(ああ、あの化け物、双葉の服だけ溶かしてくれないかな。ダメだ、そんなことを考えている場合じゃねえ)
タクトは拳銃を構えると、双葉の手足に絡みついているブラックスターの一部を撃ち落とした。完全な破壊は難しくても、一部を切り取るぐらいはできる。
「双葉、無事か?」
「ああ、何とか・・・・」
双葉を救出したタクトは、彼女をお嬢様抱っこの状態で抱えながら、ブラックスターから距離をとった。
「なあ、双葉。あいつの性質が分かったぜ」
「え?」
「何で、俺より先に双葉を攻撃したのか。その理由がな」
タクトは双葉を降ろすと、遠くにある土に銃弾を放った。するとブラックスターが銃弾の方に吸い寄せられるように、その大きな液状の体を動かした。
「何で・・・・?」
「あいつはな、温度の高い奴を優先的に取り込んでいるんだ。いや寧ろ、あいつには視覚や聴覚、そして臭覚がないんだ。唯一、温度を察知することだけはできるらしい。だからさっき走って、温度の上がっていたお前を襲ったんだ。そしてさっきの岩は直射日光を浴びて、温度が高かった。これが理由さ」
タクトは双葉の馬に乗ると、双葉を抱え、後ろに座らせた。彼女の華奢な肉体がフワリと浮いた。
「さあ、行くぞ」
タクトは手綱を引いて馬を走らせた。




