双葉は泣かない
タクトと双葉に襲い掛かる刺客達は、休みなく次々と攻撃を仕掛けてくる。二人に安息の日は訪れるのだろうか。今日もユートピアを目指して二人は駒を進める。
「なあ、何処にあるんだよユートピアは」
「場所は分かるが、寄り道が多くて、全然進めていないな。そうだ、お前も馬に乗ってみるか」
タクトは何かを閃いたのか、急に顔を上げた。双葉はそれを見て不思議そうに首を傾げた。
「何が?」
「この近くに、馬を保有している知り合いがいる。俺の親父が相当目を掛けた奴だからな。そいつに頼めば、きっと馬の一頭ぐらい譲ってくれるだろう」
タクトは、善は急げとばかりに馬を走らせ、今まで北に向かっていたのを、急に方向を変え、東に向かい始めた。そしてしばらくすると、タクトの言葉通り、馬小屋らしき建物が現れた。それも広大な大地の上に、ポツリと存在しており、近くに他の建物や、町らしきものは見受けられない。本当に簡素な馬小屋が一軒建っていた。
タクトは馬を繋ぐと、乱暴に小屋の扉を手で叩いた。
「いるか親父、俺だタクトだ」
「はい、今開けますよ」
小屋の奥から力のない男の声が聞こえてきた。かなり疲れているのだろう。弱々しく掠れていた。
「おお、タクト坊ちゃんじゃありませんか。随分と成長されて」
「ああ、だけど今は、再開を喜んでいる暇はないんだ。この娘に馬を一頭分けて欲しい。長旅なんだ頼む・・・」
老人は双葉の顔をじっと見た。そして今度はタクトの顔をまじまじと見つめると、急に泣き始めた。
「おい、何で泣くんだ?」
「いえ、ついに坊ちゃんもそういうお歳になったのだと思うと、私は嬉しくて・・・・」
「勘違いするなよ。こいつとはそういう仲じゃない。それに男なんだよこいつは・・・・」
「は?」
老人は双葉の顔をじっと観察した。栗毛色の柔らかな髪は男のそれではない。それに瞳は少女らしい憂いを帯びているし、何より、そこまで大きくはないが、決して男にはない、小振りながらも、存在を主張する胸があった。
「嘘でしょう」
老人の焦る姿を見て、双葉が補足する。
「俺は、この世界の人間じゃないんだ。信じてもらえないと思うけど、ある日、荒野のど真ん中に倒れていて、体が女になっていた。でもそれは体だけで心は男だから。未だに小学校の頃の女教師には憧れてるし、エロ本があったら多分読んでると思う」
「は、はあ・・・・」
老人は双葉の話を1ミリも理解できていないだろう。とにかく馬を貸さなければならないことだけは理解できた。
「馬ならあそこにありますが、好きなのをどうぞ」
タクトと双葉はさっそく馬小屋を見せてもらうことにした。
「好きなのをどうぞ」
老人は言いながら小屋に戻って行った。双葉は一頭ずつ丹念に見て回った。ほとんどが栗毛であったが、一匹だけ、他の馬とは色の違う奇妙な体色の個体があった。灰色というよりも、鼠色と言う方が相応しいような色合いをしていた。
「これ、良いかも」
「嘘だろ。こいつは何か不気味だぜ。親父を呼んでくる」
タクトは馬番の老人を呼んだ。老人は顎に手を当て、難しい表情で、その奇妙な体色の馬を見ていた。
「この馬は、実は曰く付きでして、これに乗馬した人間は必ず不吉な最期を迎えると言われています。事実、前にこの馬を所有していた男は、この馬に乗った息子を、落馬事故で亡くしていますし、その前の所有者の母親は、馬を手に入れてから、一か月に謎の病で病死しています」
「だとさ・・・・」
タクトは双葉の方を振り向いた。しかし彼女はその馬に惹かれているらしく、馬の方も既に双葉に懐いていた。
「俺はこの子が良い」
「そうか、じゃあこれで・・・・」
タクトが老人から馬をもらおうとしたその時だった。背後で黄色い声が聞こえてくる。
「ちょっと待ったああ」
タクトの背後には、身長130センチほどの、頭に大きな白のベレー帽を被った金髪の少女が、ヤギに乗って、トコトコと馬小屋に近付いていた。
「何だ、この娘は?」
「ああ、彼女はメリー様です。うちのお得意様でして・・・・」
メリーは薄いピンクのパラソルを差している。日焼けをしたくないのだろうか、その顔は不機嫌そうに見える。そして服もパラソルと合わせたのか、薄いピンク色のドレスで、ヒラヒラのスカートが涼しげだ。
彼女は青い瞳を双葉に向けた。彼女に強い対抗心を抱いているのだろう。まるで自分の馬だから離れろとでも言っているように見える。
「その馬は私のよ」
「ちょっと待って、今もらったんだよ。ね、ねえおっさん?」
双葉は老人の顔を見るが、彼はそっぽを向いて無責任に言った。
「あ、後はお二人に任せます」
メリーはヤギから降りると、双葉を押しのけて、その鼠色の馬に駆け寄って行った。




