ブロークンハートその3
タクトの耳からウネウネと白いミミズのような物が見えていた。見た目で判断するに、回虫などの寄生虫の類に見えるが、真意は分からない。
「これは・・・・」
双葉が銃を構える前に、白い物体はタクトの耳の中に戻ってしまった。同時に倒れていたタクトが起き上がる。
「あれは何なんだ」
双葉はマックスに銃口を向けた。
「それに答える必要はないが。教えてやるよ。そいつは俺のPHI、名付けてブロークンハートさ。先日、鉄仮面の男にもらった力だ」
言いながらマックスは先日の出来事を思い出していた。
マックスは誰からも好かれている人気者だった。この荒れ果てた大地で、彼の人懐っこい性格と笑顔は、多くの人の希望となっていた。一人でいる人間を見れば、率先して励まし、困っている人がいれば、自分の利益も投げ捨てて助ける。とにかく彼は善人のレッテルを張られていた。しかしその腹の底までを知る人間はいない。
ある日、いつものように道を歩いてたマックスの前に、黑いローブを着た鉄仮面の、奇妙な格好をした男が、荒野の上で倒れているのを発見した。行き倒れなど珍しくはない。彼は男を家まで運び、看病してやった。しばらくして男は目覚めた。
「ありがとう。助かりましたよ」
「当然のことをしただけさ」
マックスはいつも通りの屈託のない笑顔を見せた。
「しかし本当に良かった。他の人間が目撃していて。君が私を助ける姿を」
「どういう意味だい?」
「簡単さ、私を助けて、町の中での君の評価がまた上がる。素晴らしいことです。それを狙っていたのでしょう。もしこれが、人通りの少ない荒野の果てであったのなら、あなたは私を助けなかった。名声が手に入りませんからね」
男の言葉はマックスの胸を刺した。初めてだった。自分の腹の内を人に読まれたのは。彼が人を助ける、親切にする理由はただ一つ。男の言う通り、名声が欲しかっただけなのだ。もし仮に、まっくすがこの町で強盗を働いても、姿を見られない限り、誰も彼を疑ったりしないだろう。彼はそれを狙っていた。町の人間の信頼を集め、自分を町の英雄にすることこそ、彼の人に親切にする理由だった。
「動揺していますよ」
男は倒れそうになるマックスを支えた。これではどちらが病人なのか分かったものではない。それからマックスは男と仲良くなった。彼ならば綺麗ごと抜きに本音を話せる。結局、町の人気者は、本当の友人を持っていなかったのだ。
その後、男から受け取った赤い禁断の果実を食べたマックスは、彼のために忠誠を誓い闘うことを決めた。彼の人生がようやく始まったのである。
話は双葉とマックスの闘いに戻る。
「今、お前が見た白い紐のような物は、俺のPHI、ブロークンハートの本体だ。小さくて弱そうに見えるだろうが、こいつの本質は人を殺めることじゃない。こいつは人の耳から脳に入り、ちょいと細工をするんだ。人の脳はデリケートでね、少し弄るだけで、簡単に人格が変わっちまうのさ。それだけ人格というのは危ういのさ」
「何が言いたい」
「つまりだ、ブロークンハートが脳に入ることで、そいつは人格を凶暴なものに書き換えられてしまう。良くあるだろう。事故などで脳にダメージを受けた奴が、依然と全く異なる正確になることが。大人しい奴が凶暴になったり、凶暴な奴が泣き虫になったり。人格なんてその程度のものよ」
タクトは立ち上がると双葉を羽交い絞めにした。そして彼女の耳に噛みついた。
「だめ、タクト。んん・・・・」
双葉の体がビクッと跳ねた。
「ああ、力が抜けちまう・・・・、だけど手はある」
双葉は思い切り頭を後ろに振った。タクトの額と彼女の後頭部がぶつかり、彼は少しよろけた。
「終わりだマックス」
双葉は銃をマックスに向けて発射した。
「ぐはああ」
マックスは銃弾を右肩に受けて、そのまま背後に倒れた。彼は一つの失敗に気が付いた。それは双葉がてっきり銃を使えないと勘違いしていたことだ。彼女は既にいくつかの闘いを乗り越えて成長していた。銃を発砲することに抵抗感などなかったのだ。
双葉は銃口を、倒れているマックスの腹にグイグイと押し付けた。そしてドスの効いた声で言った。
「タクトの虫を解除しろ。じゃないと私も本気で行く」
「わ、分かったよ解除するよ」
マックスが言った矢先だった。タクトは後ろから双葉を再び羽交い絞めにすると、彼女の耳元で小声で呟いた。
「おい、どこが一番感じるんだ?」
「早く能力を解除しろ」
双葉の言葉にマックスは震えているだけだった。そうしているうちにタクトが、後ろから双葉の唇に手で触れた。
「ほら、早く言えよ」
「ん、やめろ・・・・」
マックスは怯えながら、立ち上がると困惑していた。
「お、おかしいぞ。俺はとっくにブロークンハートを引込めているんだ」
「何?」
双葉はタクトの顔をチラッと見た。彼の顔がニヤリと笑っている。その上、少し鼻の下を伸ばしている。
「野郎・・・・」
双葉はタクトの胸倉を掴むとそのまま背負い投げをした。
「お前、この状況を利用して何してんだ」
「ち、違うんだ。本当に操られていた気がして。何だよ解けてたのかよ」
かなり無理な言い訳に、流石の双葉も哀れに思った。もう怒るエネルギーもない。怒られるうちが華とはよく言ったものだ。




