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ドールズの恐怖

「ああ。ヤバイ」

 草木も生えぬ荒野のど真ん中で、少女の叫びが響き渡る。耳元で叫ばれたタクトは思わず、落馬しそうになったが、必死にそれを堪えた。

「おい、いきなり叫ぶなよ」

「だ、だってトイレ行きたいんだもん」

 双葉の顔が今にも泣きだしそうにクシャクシャになっている。

「分かったから、適当な場所でして来いよ」

 タクトは双葉を上手から降ろすと、枯草の密集している場所を指して行かせた。


 双葉は枯草の上に立つと、突然、顔を真っ青にした。

「危な、男の時の癖で、立ったままする所だったぜ。座るんだよな」

 双葉はその場でしゃがみ込むと、パンツを降ろして、用を足し始めた。

「ああ、スッキリする」

 別に外ですることに抵抗はないが、トイレの仕方についてはまだ慣れなかった。

「ああ」

 背後から野太い男の声が聞こえてきた、双葉は思わず、首だけを後ろに向けて男を見た。

「へ?」

 何と、用を足している自分のすぐ後ろに、男が立っていたのだ。それも顔中、ニキビの膿んだ後ばかりで、鼻は拉げているし、服は布きれを羽織ったままのような、袖の千切れた簡素な物で、頭をぼりぼりと掻くと、白いふけが周りに飛び散るするほどに不潔だった。


 男は双葉を見てニヤニヤしている。全くとんでもないマニアがいたものだと、双葉は思った。自分だったら女性の排泄姿を見て、ニヤニヤしたりはしない。その上、一度始めたらきちんとできるまで止められない。そのため、双葉は気味の悪い謎の男と顔を合わせながら、それが止まるのを待つしかなかった。

「見せもんじゃないぞ」

「ああ、ごめんなさい」

 男は双葉の言葉に激しく動揺すると、眼に涙を浮かべていた。

「お、おいどうして泣くんだよ」

「だ、だって、おで、女の人とまともに話すなんて、母親以外初めてで。嬉しくてよお・・・・」

「そんなに泣くほどかよ」


 元男の双葉から見て、その姿は非常に哀れに見えた。

 双葉は用を足し終えると、枯草で大事な部分を拭いて、パンツを履いた。そしてジロジロと視線を向けてくる男を、訝しい目で見ていた。

「な、何ですか?」

「お前さあ、何でそんなに照れてんだよ」

「だってよお、すっげえ可愛いんだもん。きっとあんたはおでとは違って、モテるんだろうなあ。あんたみてえな綺麗な人と、おでは喋っちゃいけない気がするんだ」

「おっほん。ところでさあ、お前は俺のどこが綺麗だと思っているんだ?」

 双葉自身も褒められて嫌な気はしなかった。その表情からは「褒めたりないぞ、もっと褒めろ」とでも言いたげな電波を放っているように見えた。男もそれを察したのか、急に饒舌になった。


「まずはその声だ。とっても透き通っていて、声が既に美人だ。そして白い肌も良い。さらに髪の毛はサラサラで気持ち良さそうだ。そんでもって、瞳は大きくて二重、睫毛も長い。鼻筋が通っていて、小振りな鼻が可愛い。唇も小さくて、顎もシュッとしててお上品だぞ。きっとお人形さんって褒め言葉は、あんたにしか使っちゃいけないんだ」

 男は鼻息を荒くしながら必死に解説した。荒野のど真ん中でするには、あまりに悠長な会話であるが、双葉は満足そうに頷いていた。

「うん、うん、もし俺が面接官だったら、お前は絶対合格にしてるよ」

 双葉の例えに、男はしっくりと来ていないようである。眼を丸くして、口をあんぐりと開け放っている。

「まあ、良いや。俺行くから」


 用無しと、さっさと帰ろうとする双葉の前に男が立ちはだかった。

「何だよ?」

「待ってくれ。せっかく会えたんだ。親愛の印に受け取ってくれ」

 男は藁人形を取り出すと、双葉の手に握らせた。

「お前さあ。女の子に藁人形はないだろう」

 呆れる双葉に男はほくそ笑んだ。

「これで良いんだよ」

 瞬間、双葉の体が青い煙に包まれた。

「何だ・・・・?」


 男はさっきまでの様子とは違い、瞳を妖しげに光らせていた。そして同時に双葉の体が、どんどん縮んで行く。数秒経つと、彼女は藁人形と同じ大きさの人形サイズにまで小さくなっていた。そして本物の人形と同じように、瞳を開けたまま、じっと一点を見つめている。言葉を発することもできなくなっていた。

「くっくっく、あの鉄仮面の男の言葉は本当だった。おでの念の籠った人形に触れた奴は、おでの人形になってしまうんだな。おでのドールズは最強なんだな」

 男は下品に口元を歪めると、地面に転がっている双葉を右手で掴んで頬擦りした。

「さて、義理は果たさなきゃな。もう一人の男の方を始末したら、へへへ、この人形と遊ぶんだな」

 男は不敵に笑うと、そのままタクトの待っている方向へ歩き始めた。

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