スティグマとクイックリロード
タクトの銃弾が、アクセルの額を砕いた。彼は反動で後ろにひっくり返ると、苦しげに呻き声をあげながら、床に手を付いた。そして額を手で押さえ、口元を歪めて笑った。
「な、お前は馬鹿か?」
こいつは異常だ。撃たれて笑っている。タクトは思った。どうしてだか由は分からないが、アクセルの顔に恐怖とか怒り、焦りといった感情は見られない。寧ろ、喜んでいるようにも見える。それが逆に優位に立っているはずのタクトの心を追い詰めた。
「俺が何故、額を割られて笑っていると思う?」
「知るか・・・・」
「だろうな。うへへ。俺の能力は名付けてスティグマと言う。体に受けたダメージの分だけパワーアップするのだ。今のダメージは、中々だったぞ」
アクセルが拳を握りしめると、バチバチと拳の先が赤く光り始めた。彼はそれをタクトに向けると、床を蹴って、殴りかかってきた。
「死ねい」
「やっぱり馬鹿だな、銃相手に素手で来るなんて」
タクトはアクセルの額目掛けて拳銃を撃った。金色の銃弾が、アクセルの額に真っ直ぐと飛んで行った。本来、人間の視覚で銃弾の動きを読むことは不可能だ。しかしアクセルは、まるでそれが見えているかのように避けると、タクトの背後に回り込んで、彼の背中に強烈なストレートを放った。
「がは・・・・」
タクトは吹き飛ぶと、そのまま壁に背中を強く打ちつけた。
「がははは、馬鹿か、単に力が上がるだけじゃない。スピードもバイタリティーも全部パワーアップしてんだよ。俺のスティグマに勝つなんて、とっくに不可能だぜ」
「へへ、そうかい。だったら俺も本気出すぜ」
タクトは壁に手を突いて立ち上がると、膝を床に付けて、膝立ちの姿勢になった。
(やべ、背中の骨が折れてやがる。これじゃあ立てないぜ)
足腰立たないとは正にこういうことを言うのだと、タクトは思った。そして痛みで標準をブレさせながらも、必死にアクセルを狙う。
「おいおい、死ぬ寸前かよ」
「お前は、ダメージを受けた分だけ強くなるんだってな。つまりさっきよりも、強い攻撃を当てれば良いわけだ」
「ああ?」
タクトは銃弾を握りしめ、何かを込めると、それを拳銃にセットした。
「加速エネルギーの恐ろしさを見せてやる」
銃弾はまるで瞬間移動でもしたかのように消えた、あまりの速さにアクセルはそれを確認することすら敵わなかったのだ。そして銃弾は彼の胸に命中すると、そのまま仰け反って、すぐ後ろの窓を突き破り、背中から、宿の外に落ちて行った。
「マジで、やばいぜ。もしこの攻撃まで耐えられちまったら。今のは俺の本気だ。このダメージ分、奴が強くなったらどうなるんだ」
タクトは寝室の戸を叩くと、双葉を起こした。そして彼女に肩を借りながら、階段を降って宿の外に出た。
「はあ・・・・はあ・・・・」
「タクト平気?」
「何とかな・・・・」
タクトと双葉は外に繋いである馬の元へ何とか着くと、それに乗ろうとした。しかしその時だった。血で染まった真っ赤な腕が、タクトの足を掴む。
「お前・・・・」
足を掴んでいたのはアクセルだった。彼は血塗れだったが、まだ辛うじて生きていたのだ。そしてタクトと双葉を道連れにするべく、最後の力を振り絞っていた。
「うへへ、耐えたぞ。このダメージは過去最大だ。俺のスティグマがどれほど強くなったか。試してやるぜ」
「くそ、万事休すか」
タクトは双葉を突き飛ばすと、倒れた彼女の上になって、まるで亀の甲羅のように彼女を護ろうとした。そして銃口をアクセルに向けると、眼を閉じたまま、半ば自棄になってそれを撃った。
「やったぞおお」
アクセルは勝利を確信した。飛んできた弾丸は、先程よりも遅く、あのダメージを耐えきったアクセルには、あまりに粗末な攻撃に見えた。
「へへ、素手で掴んでみるか」
アクセルは、彼の眼からは異様に遅く見える弾丸を、拳でギュッと掴んだ。それこそが彼の命運を決定づけた。弾丸が触れた瞬間、彼の体から力が抜けた。そしてフラフラと、後ろに下がると、そのまま直立不動のまま動かなくなっていた。
日頃から疑問に思っていたことがある。それは加速のエネルギーが限界点を超えたらどうなるのか。それはタクトにとって、幼い頃からずっと探求し続けていた謎だった。飽和状態になるのか、それとも無限に加速を続けるのか。その答えが、彼に発現した新たなる能力。PHIによって明らかになった。
「ぐああああ」
アクセルは声にならない叫びをあげた。タクトの得意とする加速は、生物の成長を速める、成長の加速である。それ以外にも生物や物を朽ちさせる劣化の加速などがあるものの、タクトは成長の加速を得意としていた。加速によって限界まで成長させられた結果、果たして人はどうなるのか。答えは明白だった。成長を続けた結果、肉体はそのままに意識だけが鋭敏になり、まるで映画を夢中で見ているような感覚を覚える。つまり、自分が世界から断絶されるような感覚と共に、自分が自分で無くなって行くという錯覚すら覚えるのである。
「何だ・・・・?」
アクセルは恐怖した。気が付くと、自分は荒野の上に立っているのだ。少し先にはタクトと双葉の姿が、そしてその先には直立不動のアクセルの姿が見えた。
「何故、俺がもう一人いるんだ?」
アクセルの肉体の中の意識が飛び出し、自分の体を見ているという奇妙な感覚。それは死んだ人間が、自分が死んでいることに気が付かないことがあるように、夢中になりすぎて前後の見境が無くなるかのように、自分の意識だけが、別の世界に飛んで行ってしまったかのように思えて、身の毛もよだつ恐怖を彼は感じた。
「双葉・・・・」
タクトは双葉の方を振り返った。そしてニコッと笑った。
「これが俺の能力、PHIと言うらしい。加速を極めた結果、身についた能力だ。早速名前を付けるぜ。あいつのスティグマのようにな。良し、名前はクイックリロードだ」
タクトは既に死んでいるアクセルの死体には見向きもせずに、双葉と共に地平線の彼方に消えて行った。




