双葉とタクト
タクトは双葉と近くの宿に泊まっていた。そしてベッドで彼女の看護をしていた。
「あ・・・・」
双葉は眼を開けると、起き上がろうとした。タクトは彼女を肩を優しく掴んで、再び、ベッドに戻した。
「寝てろよ。俺のことは良いから」
「だけど、痛てて・・・・」
双葉は下腹部を手で押さえて、苦しそうに小さく唸った。この光景、タクトにとってはエリスを看護していた頃を思い出すもので、辛いような、嬉しいような複雑な気分だった。
「痛いのなら、消毒しないとな」
タクトは消毒液を脱脂綿に浸すと、それで双葉の毛布に手を入れようとした。
「馬鹿、良いよ。自分でするから。ハズいだろ」
「ああ、悪い」
タクトは近くの椅子に座った。そして窓の景色をぼーっと見ていた。
「野郎、強引に突っ込みやがって、痛たた」
「血とか出てないか?」
「ああ、血は出てない。すごく痛いけど・・・・」
「俺、外見てくる。追手が来てないか不安だしな」
タクトは部屋の戸を開けた。
「ね、ねえタクト?」
「ああ?」
「何か、お前さ、優しくない?」
「俺は誰にだって優しい男さ」
タクトはそのまま廊下に出た。そして階段を降って、太陽の照りつける不毛な大地を見て、思わず溜め息を吐いた。
「誰でもは嘘だな。もう失わないぜ、俺は・・・・」
とある町、町と言っても、そこはただの吹き溜まりである。荒野は方向感覚が分からず、危険であるので、ユートピアを目指す旅人や、商人でもない限り、敢えて外に出ようなんて物好きはいない。事実、この町には多くの人間が集まり、賭博や喧嘩、強盗など、つまらない諍いを起こしては、それだけを生きがいとする連中で溢れていた。
その中で、やけに大規模な喧嘩をしている男がいた。金髪の髪を雑に刈り上げ、上半身裸の屈強な男。筋肉は腕と脚、そして腹筋が割れている程度で、無駄に盛り上がっていない。寧ろ、必要な部分にだけ筋肉を付けている、極めて機能的な肉体をしていた。その彼の周りには、死体の山が転がっていた。
死体にはハエがたかり、この暑さなので、すぐに腐敗して、独特の悪臭を周囲に放っていた。彼は拳だけで、人を殴り殺していたのだ。彼の元に鉄仮面を被った。貧相な体の男が近づいく。
「もし、そこの・・・・」
「ああ?」
金髪の男はまるで野獣のように、八重歯を出しながら、その血走った眼を鉄仮面に向けた。しかし彼は全く怖気づく様子はなく、淡々と喋り始めた。
「あなたは、素晴らしい才能をお持ちだ」
「ああ、当たり前だろ。俺は最強さ」
「だが、惜しいなそれは喧嘩だけだ。あなたは確実に喧嘩ではエキスパートだと言うのに」
「何が言いたい?」
二人の会話を周囲のやじ馬達は、耳を傍たてて聞いていた。下手をすれば殺される。周りの人間達の眼が恐怖で強張った。
「この実を食べるだけで、あなたはこの世のどんな生物にも負けない、最強の人間となれる」
男の目の前に、赤い色の果実が出された。男はそれを乱暴に掴むと、一口齧った。
「悪いが、金は払わないぜ。これ喰って良いんだろ?」
「ええ、勿論」
鉄仮面はニコッと微笑んだが、口元しか見えないため、かえって不気味に見えた。
(禁断の果実は、極めた人間が食べることで、PHIを発現させる。それが加速である必要などない。喧嘩、勉学、料理、乗馬、運動、何であれ、ある特定の分野を極めた人間は、PHIに目覚めるきっかけを得るのだ)
その日以降、金髪の男は喧嘩をやめた。怪しげな鉄仮面共に、町を出て荒野の先に消えたのだ。彼の名はアクセルという、有名な喧嘩屋であったが、彼の目的は変わった。それは手に入れた素晴らしい力を使って、タクトと双葉という、二人の人間を殺すことだ。




