大事な存在
タクトは激怒した。もう何もかもが終わったって構わない。ただ目の前の男を、自分と双葉を侮辱するこの男を取り除こうとしていた。
「やめろタクト、この方はアサム様と言って、財政破綻にしかけていた我々を、救って下さった方だ」
「黙れ、バーム。兄貴面してんじゃないぜ。俺は選ばれた者なんだろう。見せてやるぜ。その力を」
拳銃から金色の弾丸が放たれた。アサムは不敵にホホホッと笑うと、それを避けようとせず、寧ろ額を弾丸に向けて突き出した。
「お前、死ぬ気か?」
アサムの額に突如黒い線が一本出現した。そして弾丸がその線に触れた瞬間。粉々に砕け散った。
「ほほう、あなたの力はその程度ですか」
アサムは踵を返すと、そのままクレスタ城に入ろうとした。
「待てよ。今のはなんだよ?」
「加速を超えた力です。この世界はあらゆる線がいくつも繋がって構成されています。私はその線を自在に生み出すことができる。世界の線は無から有を造り、有を無に変えてしまう。そして加速を超えた力のことを、我々はPHIと呼んでいる」
アサムは口元を僅かに歪めると、タクトと気を失っている双葉を交互に見比べた。
「あなた方二人は果たして、PHIを身に付けられますかな。加速は言うなれば、人間の努力によって生み出された、技術の頂点、そしてPHIは努力だけではどうにもならない才能の頂点です」
アサムの姿が城の中に消えて行った。その後をすぐ、バームが続いた。残されたタクトは双葉を抱えて、荒野に戻って行った。
クレスタ城、アサムは黒いローブを身に纏い、顔は眼と口だけが露出している、怪しげな鉄仮面を被っている。先程は日光の反射と影で、顔が良く見えなかったが、その魔術師のような、道化師のような不気味な出で立ちは、多くの人間を恐怖させるには十分すぎる程の威力があった。
「お久しぶりです。アガメムノン様」
アサムはフードも取らずに、王室に来ると、周りの兵士も無視して、アガメムノンの元に歩いて行った。本来ならば、無礼な態度であるが、彼を責める者や、笑う者などいない。
「おお、アサム殿」
アガメムノンは滅多に人前で立ち上がったりしないが、アサムに対しては別人のように媚びるのであった。そして召使に紅茶や菓子を用意させると、玉座まで譲ってしまうのではないかと、周りが不安に思うほど、彼を丁重に扱っていた。
「禁断の果実を奪われてしまいましたね」
アサムは紅茶を啜りながら、アガメムノンを横目で見た。
「申し訳ありません」
「いえ、構いませんよ。おかげで彼の才能が開花しましたからね「
「彼とはタクトですか?」
「ええ、当然ですよ。彼らの件はこの際、私に任せて下さい」
アサムはそれだけ言うと、王室から姿を消した。突然現れたかと思えば、まるで煙のように消える男だと、アガメムノンは思った。




