少女に転生
その少年は美しかった。歳は17で青春真っ盛りの彼は、学校ではその女顔で有名だった。しかしその性格は粗暴で、どちらかと言えば不良だった。それはコンプレックスである女顔を、何とか誤魔化すために彼なりに考えた演技であったが、多くの生徒は彼を恐れた。だからいつの間にか彼は孤立していた。
その日も、いつも通りに学校へ向かっていた彼を一台のトラックが刎ねた。当然即死である。彼の死体は原形を留めないほどに、醜く変形していた。身元も探すのも一苦労であったが、ようやく見つけても、彼の死を悲しむ人間はいなかった。
それから、どのぐらい経っただろうか。死亡したと思われた少年は荒野の真ん中で倒れていた。
「うん・・・・」
少年は体をゆっくりと起こすと、眼を見開いた。そこには無限に続くかのような荒野が広がっていたのだ。そして熱砂を含む風が吹き荒れる。彼は思わず顔を手で隠した。そして自分の手を見て、さらに驚いた。
「あれ・・・・?」
彼の手は、白く細く、少し力を加えれば折れてしまいそうなほどに華奢だった。
少年は女顔ではあったが、体格は他の男子と同じように、ある程度はガッチリとしていたし、運動部ではなかったが、毎日の筋トレは欠かさなかった。だがその腕は少女のように弱々しく見える。少年の身に起きた変化はそれだけではない。もう一つは声色である。変声期を迎えた彼の声は、もっと低かったはずだが、口から発せられたのは、少女らしいソプラノボイスだった。百歩譲っても、変声期前の男の子というのが限界で、それでさえ無理があった。
「何がどうなって・・・・」
ふと、髪に触れると、肩まで伸びていてサラサラと柔らかかった。それを手で弄び見ると、薄い栗色で、色自体は今までと同じであったが、短く切り揃えていたそれとは異なり、セミロングとも呼べる髪型をしていた。あの固いストレートな髪質は何処に行ったのか不安になった。
少年は立ち上がると、背後を振り向いた。そこには西部劇によく出てくるような町が広がっていて、幅の広い荒野の道を挟んで、木や藁で造られた建物が並んでいた。
少年は無意識に町の中に入ると、町の中で一番大きな建物に入った。
そこは酒場だった。茶色の木のテーブルがいくつも並んでおり、奥にはカウンターがあった。座っているのはいずれも口髭を蓄えた男達で、誰もが陰気そうな顔で、ジョッキに注がれた酒を飲み交わしていた。
少年は小さな体で、周りの男達を見ながら、カウンターの隣に設置してあった鏡を見た。そこで彼は、思わず息を呑んだ。鏡の前には見知らぬ少女が立っていたのである。それも、彼の通っていた高校の女性用の紺のブレザーを身に纏い、栗色の髪の毛が肩まで伸びて、毛先が可愛らしくクルリと丸まっている。肌は白くて、瞳が大きく、睫毛も長い。小振りな鼻に、赤い果実のような唇、美少女と言う言葉が、ここまで似合う人間を見たのは生まれて初めてだった。しかしその顔は不安げに瞳を潤ませている。
「ああ・・・・」
少年は自分の顔にそっと触れてみた。鏡の前の少女も全く同じ動きをする。そして彼は気付いた。自分が少女になっていることに、そして声にならない叫びをあげなら、鏡に両手を突いて項垂れた。
「これは、何かの陰謀だ」
少女となった元少年は、ブレザーの下から手を入れて、胸元に触れた。そこには付け方すら分からないような下着が付いており、さらに手を入れると、男には絶対に存在しない柔らかなふくらみがあった。
「うああ・・・・」
思わず床に尻もちを突いて、今度はスカートの中に手を入れてみると、そこには有るべき物が無くなっていた。それは男の大事なシンボルである。
「おい、そこのお嬢ちゃん」
落胆する少女の肩を、筋肉質の屈強な男が掴んだ。そして無理矢理に彼女を立たせると、小さく讃嘆の声を上げた。
「おお、皆見ろよ」
男は少女をテーブル席の男達に振り向かせると、全員が全員とも、嫌らしい目つきで少女を、足元から頭の先まで、マジマジと観察していた。その様子に少女の顔が歪む。
(こいつら・・・・、嫌らしい眼で見てやがる)
少女はさっきまで落ち込んでいたのも何処へやら、下唇を前歯で強く噛むと、筋肉質の男の脛を、右足で思い切り蹴った。
「痛・・・・」
男の体が大きく仰け反った。
「この変態野郎。男の体見てニヤつくんじゃねえ」
少女は黄色い声とは裏腹に、ドスを効かせて言うと、そのまま酒場から出ようとした。しかしそれを別の男に阻止される。
「君、ちょっと生意気だなあ。おい皆、こんなところに女とは珍しい。ちょっと遊ぼうぜ」
男達の下卑た笑いが酒場中に響き渡る。男達は少女の手足に巻き付くように、彼女を雁字搦めにして、テーブルの上に仰向けに倒した。
「あぐ・・・・」
少女は背中を強く打ちつけると、苦しそうに呻いた。男達は少女に襲い掛かると、まず彼女のブレザーに手をかけて脱がした。そして次に、下に着ていた白のYシャツに手をかけて、引き千切ろうとした。
「バカ、やめろよ」
少女は手足をバタつかせて抵抗したが、男の、しかもこんなに大勢を相手にするのは不可能だった。だから簡単に力で押さえつけられてしまう。
「へへへ、さっきまでの強気はどうしたんだ。ええ、この・・・・」
男の一人が、少女のYシャツをボタンごと無理矢理引っぺがした。そして彼女の薄い緑色のブラジャーが露わになった。男達はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。少女の顔が悔しさと恥ずかしさで紅潮した。
「へへ、次はこれを取りましょうかね」
男の一人がブラに手をかけて、無理矢理に引き千切った。少女の小ぶりな胸がブルンと揺れた。
「あ・・・・」
少女は手足を押さえつけられた状態で天井を見て涙を流した。屈辱だった。今まで、剣かで負けたことはなかった自分が、こうもあっさりと辱めを受けたと思うと、悔しくて死にたくなる。だが男達はそれだけで満足してくれるほどのお人好しではない。
「さあてね、ここをこうしたら泣いちゃうかな?」
赤ん坊をあやす様に男が言うと、彼女の右胸を手で思い切り握り、そのまま激しく揉んだ。
「痛、痛えよ。やめろよ・・・・」
少女は涙をポロポロと流しながら、歯を食いしばり耐えていた。だが涙は止めどなく頬を濡らし、男達を増長させていく。そのうち別の男が、今度は唇から下をペロッと出して、少女の胸に、舌の先を近付けた。彼女の薄いピンク色の乳首が、恐怖でピクンと揺れた。
「へへ、泣け、泣き顔見せろ~」
「うう、嫌ぁ・・・・」
少女は顔を散々泣き腫らしていた。そして男の舌が彼女の乳首に触れようとしたその時、酒場の壁が大きな音共に破壊された。
「な、何だ?」
驚いた男の顔を、破壊した壁の中から出てきた若い男が、思い切り殴り付けた。
「ぐあああ」
大柄の男は、自分の半分ほどの体型しかない若い男に吹っ飛ばされて、泡を吹き、気絶した。
「ほら、行くぞ」
若い男は透き通るような声で、少女の耳元で囁くと、彼女の腕を引いて、壊した壁から酒場の外に出た。そして追手の男達から逃れると、そのまま馬に飛び乗り、少女の手を引き、自分の背中に掴まらせると、そのまま一気に馬を走らせ、陰気な町を出た。
「ここまで来れば良いか」
男は荒野の真ん中で馬を止めると、少女の方を振り返った。
「ありがと・・・・」
少女は戸惑いながらも頭を下げた。その若い男は、短い黒髪をしており、風に揺られて、靡く前髪が綺麗だった。容姿も良く、眼は切れ長で刃のような鋭さがあった。そして鼻筋は通っていて高く、何となく知性と言うものを感じさせる、爽やかな印象を受ける青年だった。見た目で判断するなら、少女よりも少し年上に見える。
「俺はタクトだ。お前は?」
「お、俺は・・・・」
少女が言いかけたところでタクトは笑った。
「何だよお前、女のくせに、俺とか言うのか・・・・?」
「な、女じゃないぞ俺は。れっきとした男だ」
少女は心外とでも言いたげな表情でタクトを睨み付けた。
「ごろつきに襲われて泣いてたくせに」
「泣いてねえ」
少女は噛みつくように言った。するとタクトは少女の潤んだ目元に、そっと人差し指で触れた。手が僅かに湿った。
「やっぱ泣いてるじゃん」
タクトは少女を降ろすと、そのまま馬を走らせて何処かに行こうとした。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
少女は焦って、馬に跨るタクトの足を掴んだ。彼は不愉快そうに少女を睨み付けた。その迫力に、少女も少したじろいでしまうが、すぐに彼女らしい、強気な表情に戻った。
「俺を、こんなところに置いてく気か?」
「ああ、お前の家はここらじゃないのかよ。そもそも俺がお前を助けたのは気まぐれだぞ。なんでお前の面倒まで見なきゃならないんだよ」
「それは・・・・」
「それにさあ、お前、胸隠せよ。本当に男みたいだな」
タクトの言葉に、少女はガバッとYシャツを手繰り寄せて胸元を隠した。いわゆる半裸の状態である。
「俺は本当に男だよ。ちなみにここはどこなんだ。まさかアフリカか?」
少女の言葉にタクトは首を傾げた。アフリカと言う言葉に聞き覚えがないのか、小声でアフリカと呟いていた。
「お前の言っている意味は分からんが。ここは無限に続く荒野さ。名前なんて知らん。別に来たければ、来れば良いが、治安の良さそうな場所が見つかったらそこで降ろすからな」
「ああ、分かったよ」
少女は馬に乗ると、タクトの背中に手を回して、ギュッと強く寄せた。振り落とされるのが怖かったのだ。
「おい、遠慮ないなお前。というか胸押し付けんなよ。照れるだろ」
「ああ、悪りぃ」
「しかも、お前危機感無さすぎ。男と二人で旅なんて怖くないのかよ?」
「怖くないよ。俺男だし・・・・」
少女はあっけらかんとした表情でそう言うと、自分の服の上から胸にそっと触れてみた。
やはりそこには女にしか見られないふくらみがある。本当に女になってしまったのだろうか。彼女の不安と疑問は晴れない。そしてしばらく無言でいると、タクトがボソッと独り言のように呟いた。
「言っておくが、俺はお前に何かするかも知れないぜ。逃げるなら今だぜ」
「どういう意味だ?」
「お前は勝手に信頼してくれているが、俺だって男だからな。何をするか分からん。せいぜい自分の身は自分で守れ」
「なんだ、おっぱいが見たいのか?」
少女のぶっきらぼうな発言に、タクトは吹き出した。そして唾をのどに詰まらせたのか、苦しそうに咳き込んでいた。
「馬鹿か、俺は別にそんな・・・・」
タクトは耳まで真っ赤にして、必死に弁解するが、それが寧ろ自分を追い詰めていることに気が付いていない。
「まあ、同じ男だから分かるよ。俺ので良いなら、別に見せてやるけど。その代わりに置いてかないでくれよ」
「ふざけんな。誰がお前の貧乳なんか見るか」
「え、そうかな~」
少女は自分の胸を見た。貧乳と呼ぶほど小さくはない。大きさ的には小振りで、確かに片手で掴めてしまうが、特にふくらみがないというわけではない。
「でも、どうして俺は女になっちまったんだろう?」
少女は、記憶が正しければ、県内の高校に通う普通の男子学生だったはずだ。それがある日、見知らぬ荒野で、日本かどうかも怪しいこの場所で、性別まで変わり、今は知らない男と同じ馬に乗っている。不思議で、また恐ろしかった。この地平線の彼方にまで続いている、無限の荒野を見ていると、酷く心がざわついたのだった。