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『松下一樹(事件)』 5

おはようございます mrtkです。

 本日は遅番なので、出勤前に更新します。

 松下家を襲った『神隠し』の結果は?

 刑事が腕時計を確認すると、5時12分だった。次に起こるであろう現象まであと2分ほどになっていた。彼は現場全体に聞えるように大きな声で知らせた。


「堺警察署の稲本です。皆さん、あと1分から3分位で帰還現象が発生すると思われます。各機関は最終準備をお願いします」


 現場に居る全員の緊張感が高まった。

 職業上、指揮系統にこだわる彼にとっては残念な事に、未だに国はこの現象の管轄部署をまとめ切れていなかった。結局、今回も現場に到着した機関で対処するしかなかった。

 その中での最大勢力は、ある意味当然だが警察だった。動員力も抜きん出ているし、帰還現象発生までの短い時間で現場確定はもちろん、現場保存と予備調査を行える能力を持つ機関は他には無かった。

 とはいえ、犯罪に特化した鑑識能力しか持たない警察署の鑑識課では科学的なデータ収集を行なう事は難しかった。フィルムカメラでの撮影と、気圧計を組み込んだ腕時計を持っていた鑑識員による計測位だった。仕方なく稲本警部補は大学時代の友人に連絡して、ハイビジョンハイスピードカメラを含む複数のテレビカメラを持ち込む事を条件にNHKを現場に入れていた。


 みんなが見詰める中、予兆が始まった。

 最初の現象は一本の細い発光現象だった。同時に風が渦巻きだした。発光現象が円柱状に拡大する。周囲に歪が発生しているのか、『シリンダー』周りの向こう側の塀がぼんやりとしていた。

 テレビで見た通りに数秒後、いきなり『シリンダー』が消失した。

 そして、今回の『神隠し』の結果が視界に入って来た。


 そこには、折り重なるように倒れている3人の少女が居た。一人だけ消失時の服装(当然だがぶかぶかだった)を身に付けていたが、他の二人は何も身に付けていなかった。


 一樹は予想を超えた結果に反応が出来なかった。

 彼だけでは無かった。父親の浩史さえも言葉が無かった。唯一反応したのは、優衣だけだった。


 責任を感じていた彼女は失神した。


「この度は誠に申し訳有りません。娘を助ける為に、奥様が巻き込まれてしまって・・」

「いえ、そんなに何回も謝らなくてもいいですよ。こればっかりは運が悪かったとしか言いようが有りませんし。むしろ優衣さんのショックが大きい事が心配です」

「本当に申し訳有りませんでした」


 榛菜帰還から30分が経過していた。現場から車で5分の距離に在る大きな病院の小会議室に、点滴を受けている優衣を除く二つの家族は待機していた。会議室にテレビは有ったが、わざと電源は入れていなかった。臨時報道番組を流しているだろうとは思うが、むしろ被害家族にとっては有害と見ていた。記者には警察から有る程度のリークは有るだろう。

 だが、マスコミに本当の情報を流せないだろうし、万が一、今の彼らが聞かされていない情報をテレビから知っても確認のしようが無い。無意味に動揺するよりは見ない方が良いと浩史が判断していた。 それに知らせるべき事が有れば、院長や顔見知りの医師が浩史には教えてくれるはずだ。

 早川家の父親は接待ゴルフに出掛けていたので、到着までにはあと少し必要だった。その為に翔太と母親の典子が何度も謝っていた。浩史が優衣の側に行くように言っていたが、彼女は断っていた。


「奥さん、座りましょう。検査結果が出るまでは私達には何も出来ません。ここで奥さんまで倒れてしまったら、優衣さんが余計に心配します。それに」


 一旦、間を空けた浩史はじっと典子の目を見詰めた。どれだけの意志をかき集めたのだろう、その目は笑みを浮かべていた。


「実はさっきから、息子が座りたそうな顔をしています。最近の若い者は辛抱が足りませんねぇ」

「そうだよ、おばさん。座ってくれなかったら僕も座れないから、早く座って、座って」


 一樹は典子の肩に両手を掛けて、優しく椅子に誘導した。典子は座る前にもう一度小さな声で「ごめんなさい」と言った。

 一樹は翔太を誘って、少し離れた所に座った。父親の目配せを受けた陽菜が典子の横に座り、優しく声を掛けていた。


「すまん。何か親子で迷惑を掛けてる」

「いや、別に構わないよ。おかしな話だが、何故か自分の母親が巻き込まれた実感が湧かないんだ。自分の目で見たのになぁ」


 彼は用意されていた紙コップに手を伸ばした。中に入っていたのはお茶だった。


「コーヒーが飲みたいな。一緒に下の売店まで付き合ってくれないか?」

「構へんけど・・・。いや、俺が買って来るで」

「ちょっとここの空気を変えたいんだ。それに様子を知りたいし」


 そう言って、一樹は典子の横に座って紙コップを持ち上げたばかりの陽菜に声を掛けた。


「陽菜、珍しくお兄様がジュースをおごってやる。何がいい?」

「そうね、おば様は何が飲みたいですか?」


 だが、答を聞く前に陽菜は一樹に言った。


「『午後の紅茶』のレモンティーと、私は『壮健美茶』」


 典子が驚いた顔をして陽菜を見た。陽菜は笑顔を見せながら説明した。


「ゆいちゃんから聞いてますよ。家ではそればっかり飲んでるって」

「それじゃ、ちょっと行って来るわ」

「おい、俺を忘れてないか?」

「発泡酒は諦めたほうがいいよ、父さん」

「じゃ、その下の雑酒で」

「ああ、分かったよ。ウーロン茶だね」

「けち」


 やっと、部屋の空気が和んだ。

 エレベーターに乗り込んだ後で、翔太が一樹に声を掛けた。


「おまえんちって、凄いな」

「ん、何が?」

「みんな、パニックにもならんと他人を心配する余裕がある。普通はパニックになるか、俺たちに文句を言うはずや」

「そうだな、多分優衣ちゃんの事が影響しているんだろう。誰か一人が泣いたり、落ち込んだりした時に残りの人間が反動でしっかりする事ってあるだろう? それと一緒だよ」

「そんなもんかな?」

「それともう一点あるな」


 一樹は母親の顔を思い出しながら言った。その顔は父親の事を言う時の顔だった。


「親父だ。今日はいやって言うほど思い知らされた。あれは火事場になるほど冷静になるタイプだ。俺では太刀打ちできないオカンをメロメロにさせるだけは有るな。ただのオタク中年じゃ無かった。おかげで陽菜まで落ち着きを取り戻したもんな」

「お前も同類やで」

「俺が?」

「電話をもらった時から思ってたけど、お前も同じタイプの人間や」

「俺が同じタイプ? 信じたくないな」

「なんでや?」

「俺はオタクじゃない」


 翔太は事件発生から初めて笑った。


「そういう事にしといたろ」

如何でしたでしょうか?

 地味な作品ですみません・・・(^^;)

 

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