『松下一樹(事件)』 3
こんばんは mrtkです。
本編第3弾です(^^)
近所の派出所の警官は通報から3分程で到着した。その後には、続々と応援のパトカーが到着して、周辺を厳重に封鎖する作業を始めた。
多数のサイレンが鳴り響いては消えた為に、事件か事故が発生したと気付いた住民が集まりだしていた。静かな住宅街は喧騒に包まれた。各パトカーの上で回る多数の赤いパトランプが異様な雰囲気を作り出していた。
そして松下家と早川家はその中に居た。
一樹は背広姿の刑事に出来事を発生順に説明していた。一樹にとっては、最初に到着した警官から始まって三度目の事情聴取だった。父親の助言が無ければ怒鳴りたくなってもおかしくは無かった。
『いいか、一樹。同じ事を何度も確認されても怒るなよ。何度も記憶を辿らせる事で思い出せる事も有るから、わざと訊いて来るかもしれんからな』
それだけを言って、浩史は現場に通された優衣の母親を娘の所に案内する為に離れて行った。普段、家に居る時はドキュメンタリー番組とオタク趣味なビデオを見る事を楽しみにしているような父親だったが、その背中は別人のようだった。
母親が言っていた事もまんざら嘘では無さそうだった。
「それで、巻き込まれた時間は何時ですか?」
「ちょっと待って下さい」
一樹は発生した時間を確定出来る方法を思い付いた。携帯電話の発信履歴から逆算すれば確実な時間が分かるはずだ。翔太に電話をしたのが4時29分。巻き込まれてから1分位しか掛かってないはずだから4時28分。腕時計との誤差を確認すると2分進んでいた。
「4時26分前後です」
彼の答を待っていた刑事は興味を引かれた様だった。
「えらく冷静だね。いや、嫌味では無いよ。単純にこの状況に取り乱さない事に驚いているだけだから」
一樹はそう言われて初めて自分が意外と冷静な事に気付いた。少し考えてから答えた。
「多分、戻って来る事が分かっているからでしょう。今までもそうですから」
「確かに還って来るけど、問題が有る事も知っているよね?」
「ええ、性格が変わるとかですね? それでも還って来ないよりましです」
「そう考えてくれると助かるよ。それでは確認に戻るが、巻き込まれた時の『シリンダー』がどうなっていたのかを教えて欲しい」
刑事の事情聴取が終わった頃には、榛菜帰還の受入れ準備が終わりつつあった。
現場は青っぽい光に包まれていた。上空の報道ヘリからの空撮を阻止する為に青いビニールシートで急造テントが建てられたからだった。
道路には、巻き込まれた地点を中心とした直径3メートルの円が描かれている。その一部は塀で切れていた。その円の外側で5台のカメラが帰還予想地点を囲むように睨んでいた。更にNHKの腕章をした集団が変わったカメラと周辺機器を設置していた。この現象の解明の為に、徹底的にデータを取ろうとしていた。
少し外れた所で二人の救急隊員がストレッチャーと共に待機していた。彼らはしきりに腕時計を気にしていた。
『まさか塀の中に還って来る事は無いだろうな?』
初めて一樹の心中に不安が湧いた。彼の視線に気付いた刑事が教えてくれた。
「大丈夫だ。まず50センチ以内に還って来るよ。念の為に広めに描いている。特に今回は君のおかげでかなり正確に発生地点を特定出来た。心配は要らないさ」
「そうですか、安心しました」
「さて、あと5分位で帰還現象が発生するはずだ。家族の心情は理解するが、申し訳ないけどあちらの待機場所に移動して欲しい」
そこには松下家と早川家が固まっていた。椅子も用意されていたが、座っている者は一人もいなかった。自責の念に駆られている優衣を皆で慰めている様だった。一樹も慰める事にした。刑事にうなずいて、歩き出した。その後姿を見ながら刑事は首を振った。
『あまり変化せずに戻って来て欲しいもんだな』
人智を超えた現象だけに、むなしい願いと分かっていながらも祈らずにいられなかった。
この被害者家族には何の罪も無い。ただ単に『神隠し』に遭っただけだった。
如何でしたでしょうか?
ひたすら地味な話で申し訳ありません m(_ _)m