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『松下榛菜(帰還)』

榛菜さん、久々の登場です。

 平成22年5月3日 月曜日 08時12分。


 再び『神隠し』が発生する朝にしては、松下家は穏やかな朝を過ごしていた。

 一名を除き、家族全員が目覚めと同時に気持ちを切り替える事に成功していた。この一年間はその為の準備期間だったと言っても良かった。

 ただ一人、陽菜は違う事で悶々としていた。彼女にはどうしても知りたい事が出来たからだった。彼女は昨夜もらった残り2冊を一気に読んでしまった。一冊は陽菜が好きなアニメを題材としたパロディ本だった。最後の一冊はどこに出しても恥ずかしい同人誌だった。出来はアニメの原作を描いた作者本人以上に上手かった。陽菜は葉菜が一人になる瞬間を狙って、小声で訊いた。


「葉菜ちゃん、昨日もらった本だけど・・・ もしかして、全部自作?」

「うん、そうやで。陽菜ネェの為に半年前から描き始めたんや。他の2冊は無理やけど、絵本はきっと売れるで。売上は結婚資金にしてや」


 昨日と違って、葉菜はすらすらとしゃべった。


「改めてありがとう。葉菜ちゃんはやっぱり優しいな」

「ん? 何こそこそ話してる?」


 ミネラルウォーターを飲もうとして通りかかった一樹が二人に声を掛けた。


「別に。それよりもう朝ご飯だよ。早くテーブルに着いて」


 陽菜が取ってつけたような明るい声で言って、一樹を追い払った。

 もう一度葉菜にお礼を言って、テーブルにおかずの皿を運んだ。


 08時29分。みんなで朝食を食べて、みんなでコーヒーを飲んで、みんなで『前田のクラッカー』を食べながらテレビを見て、みんなで下らない冗談を言って、笑って、そして番組をザッピングする。いつもの休日の朝だった。


 11時27分。午後の予定が有る為に昼食を早目に家族揃って食べる。笑い声も上がって、 楽しい時間を過ごす。


 11時55分。浩史、一樹、陽菜が昼食の片付け開始。

 同時刻。葉瑠菜三人が本日二度目の歯磨き。


 12時09分。葉瑠菜三人が風呂場に向かう。


 12時58分。葉瑠菜三人が風呂から上がる。着替えはこの日の為に用意した新品。


 13時09分。陽菜が葉瑠菜三人の髪の毛をブラッシング。


 13時57分。家族全員の身支度完了。


 14時15分。周辺の混雑により予定より遅れて、警察の車両が到着。


 14時32分。病院到着。直ぐに葉瑠菜三人の予備検診開始。


 15時27分。予備検診完了。サイズが大きなガウンに着替え。


 15時32分。待機室に移動。家族間で最後の会話。


 16時00分。『神隠しの揺り返し』現象観測の為に用意された特設会場に移動。


 16時26分。『神隠しの揺り返し』消滅現象発生。観測結果は想定範囲内。


 17時14分。『神隠しの揺り返し』帰還現象発生。想定外の結果に特設会場沈黙。



 直径3メートルの円が描かれた中央に倒れていたのは、見たところ20代半ばの女性だった。彼女には頭髪が無かった。彼女の横には主をなくしたガウンが1着だけ落ちていた。彼女は待機していた看護士によってストレッチャーに載せられている途中で意識を取り戻した。

 彼女は不思議そうな顔で周りを見て、看護士に向かって言葉を発した。


「あれ? ここは何処? あなたは誰? 確か家の近くの道路で優衣ちゃんを助けようとして・・・」

  



「松下さん、お知らせとお願いがあります」


 待機室で結果を知らずにいた松下家だったが、いかにもという役人が入室して来て浩史に声を掛けた。彼は厚生労働省社会・援護局保護課内に設置された『特異点被害者特別保護室』室長だった。


「奥様は帰還されましたが、想定外の結果になりました。奥様は葉菜さんと瑠菜さんの2着分のガウンだけを着ていました。そのせいか、外見上からは若返って見えます。奥様の記憶は『神隠し』の時点まで有るようですが、やはりこの二年間は記憶に残っておりません。奥様に説明して頂けますか? 我々の説明を疑い始めています。我々は家族の方から直接説明される方が納得しやすいと判断しました」

「そうですね。確かに妻も納得しやすいでしょうね」


 浩史の返事は当事者と思えないほど冷静だった。室長はその態度とその声に内心驚いた。そう言えば、子供たちも冷静だった。この家族を担当している部下の報告書に書かれていた『家族は協力的だが、何かを隠している可能性』という一文の通りだった。


「念の為に先に言っておきますが、私達が冷静なのはこの状況が今回で二度目だからですよ。あなたが今考えたように私達だけが知っている秘密なんてありませんよ」


 役人はポーカーフェースを崩して、びっくりしたような顔をしていた。


「もちろん、心を読んだ訳じゃありませんよ。こういう状況に場慣れしているせいで、普通の方の反応を理解しやすいし、多少先読み出来るだけです」


 厚労省の役人は納得した。確かにこの家族が一番異様な状況に巻き込まれて来た。挙句にこの人物は犯罪の巻き添えで銃撃まで受けている。並みの神経では耐えられない状況に慣れているのだろう。


「分かりました。奥様に説明する為にも冷静な方が良いですからね」

「さあ、行きましょうか。妻がそろそろ家族を呼べと言い出すはずです。中学一年生の時と同じようにね」


 松下榛菜は病室内のビニールで区切られた一角に隔離されていた。

 多分、無菌室というやつだろう。キャップとマスクをしている医師や看護士もビニール室に入る前に入念に手を洗っていたし、夫の入院に何度も付き添った彼女は白衣も普通と違う事に気付いていた。

 隔離される前の説明では、『神隠し』の影響を考えて隔離すると言っていたが、納得できるものではなかった。確かに『神隠し』に遭ったのは事実だろう。

 だが、それが何故隔離される理由になるのか分からなかった。髪の毛が無くなっている事と合わせれば、致命的な放射線を浴びた可能性が高い。

 今の所、身体の変調は自覚できなかったが、榛菜の知識では嘔吐や吐血が始まっていてもおかしくは無かった。

 それにもう一つ、自分の精神状態に関して気になる事があった。何かがおかしいと考えざるを得なかった。現状に関する解答を探る為に彼女の頭脳はフル回転していた。

 やっと、夫と子供たちが病室に入って来た時にまた異変に気付いた。


「お父さん、老けた? 白髪が増えてるよ。それに一樹も陽菜も大人びているなぁ」


 そう言いながら、榛菜は心の中に懐かしさと喜びが広がるのを感じた。ちょっと老けた浩史が笑いながら答えた。単純な笑い方ではなかった。


「色々とね、有ったんだよ」

「そう。ところで、優衣ちゃんは大丈夫だった? それと、いきなり病院に居るし、隔離されるし、髪の毛が無くなっているし、みんなと逆になんか身体が若返っている気がするし、これはどういう事?」


 榛菜はとりあえず気になっていた事を訊いてみた。家族の様子から危険は無さそうと判断したので落ち着いて来た。やはり自分の家族に会えるとホッとする。


「優衣ちゃんは無事だよ。お母さんは『神隠し』に遭ったんだ。あれから2年経っている。話したら一晩掛かっても終わらない位に色んな事が有った。そうそう、また傷跡が増えたよ。今度は銃で撃たれた。しかも2発もだ。もう大丈夫だけどね。すぐに話して上げたいけど、今は治療を受けておくれ。この病院はその為に準備をしてくれている」

「ごめんね。また危険な目に遭わせたみたい。後で傷口を見せてね。でもその前に隔離される理由だけでも教えて」

「予防接種でできた免疫が無くなっている。君が考えているはずの放射能障害じゃないよ。それとお腹の中の腸内細菌も全滅しているはずだ。しばらくはあまり美味しくない無菌食だけになるよ。早く良くなって『前田のクラッカー』を家で食べよう。大丈夫、二度目だから直ぐに良くなる。安心してくれ」


 榛菜は浩史の説明を聞いて安心した。そして、同時にもう一つの問題も解決した。


「分かったわ。『ヒロさん』がそう言うなら信じる」


 榛菜の言葉を聞いた浩史は声を出さずに笑った。そして笑いを含んだ声で言った。


「おかえり、はるな」



 やっぱり、『ヒロさん』は直ぐに分かってくれた。榛菜達は心の底から安心した。



如何でしたでしょうか?

 残すは、本編1話、エピローグ1話の2回です。

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