『松下瑠菜(最後のパーティー)』
瑠菜さんが主役です。
『神隠しの揺り返し』が起こる前日に行なわれた、葉瑠菜三人を交えた最後のパーティーは大盛況だった。
参加者はいつものメンバーに、お世話になった近所の人達、新旧担任の水野・左島両教師、病院の医師代表者達、そして参加可能だった『一味』の子供達の親だった。
それでも、三十人を越える大人数になった為に、かなり広い松下家の庭いっぱいにテーブル(足りない分は町内会から借りた)が広げられていた。本当ならば、葉瑠菜三人に関係した人々や公的機関(警察・堺市役所・堺市教育委員会・いくつかの中央省庁等、関連した機関は多岐に亘っていた)の全代表者も招待したかったが、松下家には収まりそうにないので実際は呼んでいなかった。
葉菜、瑠菜、菜々の三人はあちらこちらにできた人の輪を回りながら、ホスト役としてにこやかに挨拶をしていた。その姿は明日には居なくなるとは思えなかった。
「佐々木さん、鈴木さん、吉田さん、大川さん、色々とご迷惑をお掛けしました」
瑠菜が丁寧な口調で、四人で固まっていた町内関係の集団に声を掛けた。
町内会会長の吉田が戸惑った顔をしながら返事をした。
「いや、いいんだよ。うちの犬が吠えた事が原因の一つだからね」
「瑠菜ちゃん、謝らなくてもいいよ。あの後で謝りに来てくれただけでも嬉しかったのに、わざわざ店のポスターのモデル役をしてくれたおかげで、遠くからもお客様も来てくれるようになったしな」
「そうそう。うちもおかげで大口の注文が入るようになったし」
吉田の後に続けて、近くでコンビニを開いている佐々木と、雑貨店を営んでいる鈴木も瑠菜に言った。去年の5月に騒ぎになった時に殺到したマスコミの車両で商売に影響が出た両店の為に、葉瑠菜三人は自らポスターを作っていた。発案とイラストは葉菜が、キャッチコピーは菜々、パソコンでフォーマット作りと写真挿入は瑠菜と、三人がそれぞれ楽しみながら作ったポスターは好評だった。
意外と楽しかったので、季節ごとに作ったポスターは初号を合わせて、5種類になっていた。
葉瑠菜ウォッチャーのブロガー達が店頭に貼り出された初号ポスターを発見し、ほぼ同時に一斉にブログに載せると、一目見ようと大変な数の人間が店にやって来た。初号は松下家にあるプリンターで印刷した為にA4サイズだったが、印刷業者で刷った季節版はA2サイズと更に目立つようになっていた。その他にも、ちょくちょくと気に入った商品の説明POPを作った事も有り、両店は知る人ぞ知る店になっていた。しかも、運が良ければ本人たちに会えるかもしれない期待感も来客数向上に一役買っていた。
「そう言ってくれると助かります。後で、最後のポスターのデータをお渡ししますね。まだまだ、用意した料理は有りますので、どんどん召し上がって下さいね」
そう言うと、瑠菜は『葉瑠菜とその一味』の親がそれぞれ名刺を交換しているグループに向かった。
その後ろ姿を見ながら、四人は思わず溜息をついていた。
一番大きな溜息はこの地域の商工会会長をしている大川だった。実は葉瑠菜による経済効果はこの辺りの商店にも及んでいた。三人が専用のポスターを作ってくれる店は佐々木と鈴木の店だけだったが、例の葉瑠菜ウォッチャー必見のホームページでけやき通りの紹介がされていた為に、この近辺一体が全国的に有名になっていた。
更に去年の冬から近辺の店共通のポスターを作ってくれた事と、本人たちが店の人間と一緒に写った写真を店内に掲げる販促策を了承してくれたおかげも有って、各店は潤って来ていた。もちろん迷惑な違法駐車やマナーの悪い観光客も増加したが、それを上回る経済効果は有った。
「なんと言っていいんだろう。こうして最後の最後まで気に掛けてくれるなんて、女神のようなんだが」
「本当に神様はひど過ぎる。あんないい子たちを消し去るなんて」
四人の溜息は更に深くなった。
四人が溜息を付いている頃、瑠菜は『一味』の親達の輪で挨拶を交わしていた。
勿論、親全員とはこの2年間で顔見知りになっていたが、こういったパーティーで顔を合わせるとまた違った印象があった。
ただ、全員に共通していたのは感情を隠し切れない表情をしている点だった。
「瑠菜さん、本当にありがとうね。あなた達のおかげで、啓子も見違えるようになったわ」
「本当だよ。今ではあの初めて反抗された日が嘘のようだ」
「いえいえ、啓子さんはいい子でしたよ。ちょっと悪趣味な遊びに没頭していただけで」
「あー、瑠菜、あんたがきついのは治らんな」
慌てて啓子が口を挟んだ。瑠菜の脳裏を今迄の思い出が駆け巡ったが、最後くらいはまともな会話をする為に無難な言葉を選んだ。
「でも、成長したのは本人の努力です。私達はきっかけにしか過ぎません。これからもっと成長しますよ。見守ってあげて下さい」
彼女はそう言うと、次の輪に向かった。あまり一箇所に居ると感情の綻びが広がりそうだったからだ。
向かった先では一樹と恋人の小平美咲が早川翔太をからかっていた。陽菜も一緒になって彼氏(仮はとれたようだった)の翔太をからかい出した。瑠菜は美咲にキッチンまで追加の料理を取りに行く手伝いを頼んだ。彼女はキッチンで美咲に薄い紙袋を手渡した。
「何、これ?」
「サンプルCDですよ。ロクちゃんの新曲がやっと出来上がったんです。美咲さんにプレゼントしたくて送ってもらいました。中には直筆のメッセージが入っているはずですよ」
「え、本当? 本当にもらってもええの? うわ、めちゃくちゃ嬉しい!」
「本当は駄目なんですけどね。だからこっそりとしか渡せなくてすみません。間違って外に漏れたらロクちゃんに迷惑が掛かりますから。カズニィにも内緒にして下さいね」
「うん、する、する。本当にありがとう」
美咲はそう言うと瑠菜を抱締めて、ほっぺにキスをした。瑠菜にしては珍しく、予想していなかったリアクションに一瞬出遅れたが、瑠菜もお返しをした。
そして、その恰好のままで美咲がささやいた。
「瑠菜ちゃん、うちは泣くのは嫌いや。今日は笑顔だけを見せる気で来たんや。涙は絶対に見せへん。だから悪いけど、ちょっとの間だけ、このまま、こうしておいてくれるか」
美咲は3分間瑠菜を抱締めた後、笑顔で身体を離した。彼女の頬に『涙の跡』は有ったが『涙』は無かった。
「ありがとうやで。このCDは一生の宝物にするわ」
美咲はプレゼントを大事そうに抱えながら、手荷物を置いているリビングに向かった。
その後ろ姿を見送りながら瑠菜はロクちゃんに感謝を捧げた。陽菜の分も含めて2枚も融通してもらったお礼は昨日の夕方に届いた後にしてあるが、もう一回メールしておこう。
この素敵な出来事を詩の形にしておきたくなっていた。
題名は『彼女の涙の跡』にしよう。きっとロクちゃんがいい曲にしてくれる。
瑠菜は初めの頃はこの時代が嫌いだった。
この時代は余りにもひどかった。この家に来てから、前の時代ではろくに読んだ事が無かった新聞をひたすら読んだ。そこに書かれている記事はこの時代を嫌いになるには十分な内容だった。
松田さんに教えてもらって、インターネットというモノを調べ始めた時も嫌になった。もとの時代より発展しているのに、人間の質が落ちているとしか思えなかった。
こんな時代に生きていけるのかが不安になるには十分なひどさだった。
しかも、いやでも気付いてしまう他人の視線や、菜々が教えてくれる自分達を狙う人々の存在が不安というより恐怖そのものだった。
家の中も庭にも嫌な機械が隠されていた。この時代そのものが、自分達を排除しようとしているとしか考えられなかった。
初めてこの家に来た時にも違和感を覚えた。おばあちゃんの家なのに建て替えられていたからだ。だが入院中にも色々とお世話になっていたここの家族は優しかった。
あの人が言ってくれた通りだった。
『慣れない事も多いから大変だろうが、家族に何でも言って欲しい。その為にこの家に来てもらったみたいなもんだ』
その言葉に嘘は無かった。家族全員で三人が知らないといけない事を教えてくれた。持つべき物も全て揃えてくれた。
今ではこの家族の一員になれた事がどれほど恵まれた事だったのかが分かる。カズニィや陽菜ネェは優しく、本当の兄弟以上によくしてくれた。
そして、あの人は特別な存在だった。『榛菜さん』の記憶が戻って来る前から瑠菜は彼に親近感を覚えていた。
いや、初めて会った時から気に入ったと言って良かった。それは正月に彼から病室で言われる前から、瑠菜が考えていた通りに結婚後の『榛菜さん』の意識が影響している証拠だろう。
だが、それでも構わなかった。あの人の傍に居られるなら悪魔に魂を売っても後悔をしないだろう。現実には神様や悪魔に出会えない事が本当に残念だった。
たった2年。まだまだ一緒に居たかった。
それに、出会った人達もいい人が多かった。もっと出会いたかった。
今では瑠菜はこの時代が好きになっていた。
瑠菜は爪が手の平に食い込むほど両手を握り締めた。
『榛菜さん』が放火で両親を亡くした時から、悲しい事やショックを受ける度にしていた癖だった。結婚後はあの人が事件や事故に巻き込まれる度にしていた。手の平の痛みが心の痛みを和らげてくれる気がするから始めた癖だったが、『瑠菜』になってからは、あの時以来2回目だった。
彼女は自分の精神力を振り絞って、笑顔を浮かべるとパーティー会場に向かった。
明日の神隠しがどの様な結果になるかは分からないが、多分、今のままでは居られないという予感がしていた。貴重な時間をこれ以上無駄にする事は出来なかった。
「お疲れさま。料理もいい感じで全て無くなったな」
パーティー会場の片付けをしていた浩史が、残っていた最後の食器を抱えてキッチンに入って来た。もう、家には家族しか居なかった。
「良かった」
瑠菜はそう言うのが精一杯だった。横目で見ると、浩史は食器洗い機を操作していた。
気が付くとその背中に瑠菜は抱き付いていた。頭を浩史の背中に押し付けながら、搾り出すような声で呟いた。
「ちょっとの間だけ」
瑠菜にとっての『ちょっとの間』は10分に及んだ・・・・・・・・
如何でしたでしょうか?
残りは、エピローグを含め、4回で終わります。




