第四章 『松下菜々(最後の授業)』
さて、第4章は消滅目前の葉瑠奈たち3人が主人公です。
同級生とは比較にならないほどの悲劇的な運命を目前に控えた彼女達はどのような行動を取るのでしょうか?
それでは、葉瑠菜達の選択をお読み下さいませ(^^)/
「おはよう」
「う、うん。おはよう」
廊下で菜々に挨拶された女子のクラスメートの返事は一拍遅れて帰って来た。
菜々は心の中を表情に出さずに、笑みを浮かべながらその隣に居た女の子に向けて挨拶をした。
「おはよう、ノンちゃん。リボン、可愛いで」
「あ、ありがとう。菜々ちゃんも元気そうやな」
「ああ、元気やで。土曜日は早う帰れるからな、嬉しくて仕方ないで」
「おっす」
背中から盛田雄一の声が聞こえた。
「おっす」
振り向きながら応えた菜々の返事は、自分で意図した以上に嬉しそうな響きが混じってしまった。
雄一の横に井植拓海の姿があった。
「拓海、今日も寝癖がひどいな。たまにはきちっとブラシをしいや」
「そう言うなよ。これでもジェルを使ってんやで」
「いっその事、丸坊主にしたらどうや? 似合うで」
「雄、菜々が俺をまたいじめんねん。何か言ってやってくれ」
「あー、それは無理や。俺も菜々にはいじめられてるからな。菜々の前では、蛇ににらまれたカエルと一緒や。いや、違うな。もっと悪いわ。俺らは卵や。手も足も出えへん。どうやっても逃げられんわ。いじめられっ子同士、仲良く一緒に喰われようや」
「うちは蛇か?」
他の女子としゃべっていた瑠菜と葉菜が三人に追い付いた。葉菜が無表情に三人に言った。
「そんな甘ない。蛇と言うより恐竜や。はよ逃げんと殻まで喰われるで」
「葉菜、ひどいで。こんな可愛い恐竜がどこにおるねん?」
「葉菜、恐竜に悪いわよ。恐竜は菜々と違って、殻まで喰わないわ」
珍しい事に瑠菜が止めを刺した。
「あんたら、集団で可愛い小鹿を追い詰める狼やで。バンビ菜々のつぶらな目に涙が出そうや。先生に言いつけたるねん」
「バンビって柄か? 豹柄の方が似合うで」
『葉瑠菜とその一味』はいつものように笑いながら、教室に入って行った。
菜々は自分の思考と感情のバランスがやや崩れている事に気付いていた。
やはり、今日は冷静のようでも完全に感情を制御する事は無理だろうと結論付けた。事前にこの状態を想定しておいて良かった。彼女を含めた三人にとって、どうしてもやっておかなければいけない仕事が残っている。菜々は感情を落ち着ける為に、雄一たちに気付かれないように息を吸い込んだ。効果は微々たるものだった。
教室の中は異様な空気だった。今日は特別だった。
葉瑠菜三人の最後の登校日だった。
「菜々、記念写真に写ってやってくれんか?」
一限目の授業が終わった後で、隣のクラスの田所清志が10人ほどのクラスメートを連れてやって来た。
「お、すごいな、清志。女の子の方が多いで。もてもてや」
「い、いや。そんな事無いで」
「はは、そんなに照れんでもええ。今日のうちは優しいで。バンビやという事を証明せなあかんからな。とりあえず、一人一枚やったらええで」
葉瑠菜が一緒に写ってくれるという噂は瞬く間に学校中を駆け巡った。
葉瑠菜三人は登校してしばらくしてから、能力が無くなったとカムフラージュする為に、いつでも自然に写れるようにしようとした。
だが無理なようだった。
だから、自然に写る事をあきらめてしまった為に、一味以外のクラスメートと一緒の写真は数えるほどだった。
葉瑠菜三人は希望者に大盤振る舞いをした。その日の休憩時間は希望者全員との記念写真に写りまくった。清志はその光景を教室の隅に置いた椅子の上から撮影していた。
順番待ちの列が廊下まで延びていた。とんでもなく混雑している教室で、葉瑠菜三人が求めに応じてポーズを決めている光景は熱気に満ちている。
教師も今日だけは無理に止めなかった。左島先生が教育的観点から止めるべきではないと根回ししたからだった。
世界中の学校で、この経験が出来るのはこの中学校の生徒だけだ。この経験を基にしたHRをするべきといった彼の主張は受け入れられていた。
そして、この光景は二度と撮れない。主役が居なくなるからだ。
彼は十数枚分の容量を残して、メモリーが一杯になるまで撮影した。
授業が終わり、HRの時間の最後に菜々が手を上げた時、担任の水野幸代は複雑な表情になった。嫌な予感がしていたからだった。
彼女は今の子供たちが扱いにくい事を思い知らされていた。一時は教師を辞めようと思ったほどだった。
だが全てを吹っ切って今も教壇に立っていた。葉瑠菜三人の仕業だった。彼女達が幸代に教師を続けるように仕向けたおかげだった。
編入してから初めての夏休みに彼女達はいきなり自宅に遊びに来て、別れる前の夫を徹底的に追い詰めた。それは中学生とは思えないほどの迫力と話術だった。夫を追い詰めるだけ追い詰めた後で、彼女達はいきなり夫を優しく諭した。彼は離婚と親権の放棄を認めた。慰謝料も彼女達の要求をあっさりと認めた。その上で彼女達はでしゃばった真似をしたと謝った後で、幸代に教師を続けて欲しいと言い出した。思わず幸代が泣き出したほど真剣な申し出だった。
泣きながら続けると言った時から、幸代は人生で一番充実した時間を過ごしていた。
出産休暇に入る前にクラスがしてくれた激励会は忘れられない思い出だった。結婚式でも泣かなかったのに初めて嬉し泣きをした。実家の両親が子供の面倒を見てくれたので、育児休暇を5ヶ月で切り上げて復帰した時も元のクラスがわざわざお祝いをしてくれた。
葉瑠菜三人が級友たちに良い意味での影響を与えて来た事も知っていた。校長から新三年生の担任になるように指名された時は驚いたが、一つだけ条件を出して引き受けた。進級時のクラス編成会議で、葉瑠菜三人を自分のクラスに編入する見返りに学年のほとんどの問題児を編入したがそれでも良かった。学級編成の歪さを菜々に見破られたが、彼女は笑いながら『先生の為やからな』と言って、クラスの正常化に力を発揮してくれた。
それも今日で終わりだった。
そして、二度とこんな生徒は現れない事と、生徒と同じように教師の自分も彼女たちに影響されている事も分かっていた。
自分が泣き出してしまうのではないか、という予感が彼女の表情を複雑にしていた。
勿論、菜々はそんな先生の心情を知っていた。『葉瑠菜の触覚と盾』たる菜々にとっては明白な事だった。彼女は先生に少し同情したが、これだけはやっておかなくていけなかった。
「先生、みんなに挨拶したいけど、ええですか?」
「ええ、いいですよ。前に出て挨拶する?」
「そうですね。ほな、葉菜、瑠菜、前に行こ」
教室に張り詰めた空気が漂った。葉菜がトップバッターとして挨拶した。
「みんな、おおきに。楽しかったで」
彼女はいつものように言葉が少なかった。だが、それが却って級友達の涙を誘っていた。
次は瑠菜が挨拶した。
「今日でお別れですが、私も皆さんのおかげで楽しい時間を過ごす事が出来ました。ありがとうございました。皆さんは健康に注意して、勉強に、遊びに頑張って下さい。でも恋愛も大事ですよ。相手のいい点だけでなく、悪い点も受け入れる事ができる恋人が皆さんにできますように。ちなみに啓子は性格が少々きついですけどいい子です。私がお薦めしますので、彼女を好きで幸せにする自信のある男子はどんどんアタックして下さい。水野先生もお体に気を付けて頑張って下さいね」
瑠菜にしては砕けた柔らかい挨拶だった。表情も穏やかだった。
トリの菜々は教室を見渡した。
予想通り、雄一を除いてクラスの全員が大なり小なり泣いていた。雄一が泣くまいとして、自分を見詰めている。
『さすが雄クン。頑張るなあ』
思わず菜々は微笑んだ。ついでにウィンクをした。雄一が驚いた顔をした。
菜々は3日前に三人で打ち合わせをした挨拶の仕上げを始めた。
「葉菜も瑠菜も言うたけど、うちも楽しかったで。みんなのおかげや。ほんまおおきに。瑠菜が啓子の事を言ったから、うちも真似して雄クンと綾ちゃんをよろしくって言うとくわ。二人ともええ子やで」
菜々は一旦言葉を切って、二人に投げキッスをした。クラス中が二人を見た。雄一も綾乃も顔を赤らめていた。
「あー、訂正や。二人ともええ子で可愛い子やわ。そのまま真っ直ぐに成長して、ええ男とええ女になってや」
菜々はそう言って、今度はクラスの全員の一人一人に一言ずつメッセージを言い出した。全員に言い終わるまで5分ほど掛かった。最後に幸代に向かって言った。
「水野先生、二年間お世話になりました。おかげで充実した学校生活でした。左島先生と結婚しても仲良くして下さいね」
学校の誰も知らないと思っていた秘密を、いきなり菜々に暴露された幸代は動転のあまり、指を口の前に当てて、「しー」と言ってしまった。
にやっと笑った菜々は大きな声でクラスメートに言った。
「みんな、水野先生と左島先生に祝福の拍手を!」
教室に拍手の嵐が渦巻いた。幸代は観念して右手を軽く上げた。拍手に指笛が加わった。葉瑠菜三人だった。この瞬間の為に3日前からこっそり練習していたのだ。拍手が下火になった所で、菜々がもう一度話し出した。
「先生、左島先生と仲良くしてや。うちんとこの家族はかなり特殊やけど、それでも仲良し夫婦やった。だから浩史さんに夫婦の長持ちの秘訣を訊いたら、相手を裏切らず、ええ所だけを見るように心掛けて、『ごめん』と『ありがとう』をたくさん言うとええらしいで。まあ、二人なら大丈夫と思うけどな」
菜々は幸代にVサインを送った。幸代もうっかりとVサインを返してしまった。
またクラスが湧いた。
「ま、そんな訳でみんなも頑張ってや。ただ、先にお願いしとかなあかん事が有るねん。もしゴールデンウィークが終わって、ひょこって登校して来ても石を投げんといてや。そん時は優しくしてや、頼むで」
返事は今まで一番大きな拍手だった。葉瑠菜三人はみんなに手を上げて応えた。
三人は最後の挨拶を計算しつくしていた。中学三年生という精神的・肉体的な変動期を迎えて、不安定なクラスメートに余計な負担を残したくなかったからだ。
自分達が居なくなっても、心のどこかにこの最後のHRが残る。拍手に包まれたこの時間がきっとみんなの心の負担を減らしてくれるはずだった。その為に水野先生の結婚話を暴露して、みんなが拍手をするように誘導したのだ。一度拍手してしまえば、最後の言葉でみんなが拍手するように誘導する事は簡単だった。
葉瑠菜三人が主演の学園生活はこうして終了した・・・・・・・
如何でしたでしょうか?
なんて子たちなんでしょうか?
自分達の運命を受け入れた後で、残される級友達の事を考えるなんて(><)
mrtkには無理ッス(^^;)
明日は、『松下瑠菜(最後のパーティー)』です。




