『松下浩史(夫婦)』 9
さあて、浩史さんが主役の章の最終話です。
どの様な結末になるのでしょうか?
一樹も陽菜も、父親の浩史に傷跡が多い理由と、健康に注意していた理由を理解した。
妻を生かし続けた勲章と、妻を生かし続ける為には死ねないのだ。夫婦揃って、並みの人生では無かった。
「最初の出発点こそ大変だったけど、かなりいい家族になったと思うよ。一樹も陽菜もいい子に育ってくれたからな」
「そうやな。5ヶ月後には、みんなに『榛菜さん』を返して上げれるで。もうちょっとの辛抱や」
菜々が話を締めくくった。彼女が葉瑠菜三人の中で一番冷静だった。
浩史が何かを考えながら、瑠菜に質問した。
「前にも訊いたが、君たちには自分の役割について今も思い当たる事や記憶は無いのかい? 君たちには何らかの役割が有るはずだ。君たちは『神隠し』の被害者の中では一番特殊だし、最後の被害者だ。しかも記憶が戻って来ている。最初の被害者は『神隠し』中の記憶が有った。だから君たちにもそれに関連した何らかの記憶が戻っておかしくない」
瑠菜は元の自分に戻ったのか、口調が丁寧になっていた。
「それは分かりません。戻った記憶も全部榛菜さんのものですし」
「この前、元に戻った人らもそれまでと一緒やったんやろ? 多分うちらも結局は皆と一緒で、元に戻るだけとちゃうやろか」
「その可能性も有る。だが、どう考えても一連の『神隠し』は人為的過ぎる。人為的という事は5W1Hが有るはずだ。『誰が』『何時』『どこで』『どのようにして』『何のために』『何を』の事だが、『誰が』『何のために』が分からない。『誰が』は、国家機関、犯罪組織、宇宙人、神、創造主、その他の可能性も考えてはみたが、人類以外としか言えない。そして『何のために』が最大の謎だ。特に君たちだけが何故こうも他と違うのか? 僕が君たちを見ていて最近行き着いた言葉は『接点』という単語だ」
「接点?」
菜々が小さな声で呟いた。
「そう、接点だ。最初の頃はリトマス紙かと考えた。人類の中に差し込まれた実験試料、という意味でね。だが今では人類との接触を図る為の素材の方がしっくりしてきた。『神隠し』自体も君たちを送り出す為の実験としての意味と、3年間という時間を掛けて、人類に自分達の登場を予感させる為という気もしている。それに君たちは実験結果を見るだけにしては手が込み過ぎている」
「そうやろか?」
「そうだよ。最初は妻の生存日数を3で割った数字と君達の記憶の平均日数が合致した為に、単純に分裂したと考えた。その割には違いが大きいから、何者かの意図が働いていると考え直したので直ぐにリトマス紙の考えに変わった。その際に三人に分けた理由として、実験の設定の多様性を確保する為だろうと。そう考えれば性格をいじったり、記憶の差を付けた理由も納得がいく。そして、その当時は三人に分けた方法にクローンを考えていた。だが、もっと簡単で確実な方法を見落としていた」
浩史は一旦言葉を切った。浩史の視線を見て、瑠菜が何も言わずにコップを差し出した。浩史は小さく「ありがとう」と言ってコップを受け取ると、ほんの少しだけの水を口に含んだ。腹部の傷に障るために本来はそれさえも禁止されていたが、今の彼は医師の指示を破りまくっていた。
「生体コピーだ。これまでにも若返った被害者が居たが、ほくろや怪我の跡が残っていたから本人をそのまま若くしただけのはずだ。君たちに関してはまず妻を若返らせて、それから加工した後でコピーしたと思う。加工の際に不必要か有害と思われる要素を消し過ぎて、食中毒を起こしたりもしたがね。今となっては誰とは分からないが、帰還現象の時に服を着ていた一人が妻本人という可能性は高い。もちろん妻が今も保管されている可能性も有る。なんにしろ、『神隠し』の首謀者は三人の身体に合わせて、妻の精神を三つの時代に分けて君たちに与えた。子供の頃のやんちゃな菜々。僕と付き合っていた頃の葉菜。結婚した後の瑠菜。ある意味、人間の精神というものを知り尽くしていると思うよ。しかもテクノロジーは人類より圧倒的に進んでいる。なんせ、脳に直接記憶と精神を上書き出来るんだからね。そのわりに、未だに『神隠し』以外のアクションが無い理由は君たちを元に戻した後で何らかのアクションを起こす気じゃないかと思っている。もしかしたら三人はそのままで、妻を戻して来るかもしれんがね。ま、これは希望的観測だ。実際のところは分からない。だから楽観的に考えるべきじゃないだろう」
麻酔が切れてきたのか、浩史は顔をしかめた。心配してナースコールを押そうとした瑠菜を左手で制して、浩史は話の続きを始めた。
「その後の行動は、多分侵略的な目的ではないだろう。その気になれば、こんなまどろっこしい事をしなくて人類なんて敵じゃないからな。これも希望的観測って奴だがね。『接点』を思い付いた理由の一つに君たちの能力が有る。他の被害者と違って、明らかに保護を最優先した仕様を与えられている。もしかしたら三人の内の一人が『神隠し』を起こした張本人ではないかと思うくらい目立つ方法でだ。だが、それも害を受けるような任務を与えられているとしたら納得できる。理解できない『物』への人類の対処を見たかったのかもしれん。実際に人類側のリアクションが有ったしな」
浩史がまたしても顔をしかめた。見かねて瑠菜が言った。
「無理するから。重傷なのよ。警察が来るまで時間が無いわ。先生を呼びます」
「そうだな、呼んでもらおうか。だが、これだけは言っておきたい。君たちは僕や子供達の大切な家族だ。何が有っても君たちを守ってあげたい。ただし、人類に害を加えると言う場合は真っ先に家族を対象にしてくれ。これまでの君たちを見ていると、そんな事は無いと思うが」
「最初に会った時に浩史さんを信用して良かったと今更ながら思うで。今の話を聞いたら、あの時に信用せえへんかった場合はえらい目に遭いそうやったな。リトマス紙でも、接点でも、浩史さんや家族に害を与える事は避けるわ。まあ、うちらも本当の事が分かってないから、どうなるかは分からんけどな。いきなり地球を破壊するほどの爆発を起こすかもしれんしな」
「人類はあまり『いい子』じゃないけど、動物や植物まで道連れにするのは良心がとがめるな。だが、そうなっても君たちを恨まないだろう。恨むには君たちを知り過ぎた」
もしかしたら人類の運命を決めるかもしれない会話が終わった。
瑠菜のナースコールで呼ばれた医師二人と看護士が慌しく病室に入って来た。
ナースセンターで、今か今かと待機していた麻酔科の医師は浩史を好ましい人物と思っていた。物分かりも良く、三人の少女達が病院に協力的なのも彼の説得のおかげだった。協力的な事に関係が有るのか、昔から在籍している医師の間では彼はかなりな有名人だった。
院長から聞いたが、若い頃は犯罪や事故に巻き込まれて重傷を負って何度も何度も入院したらしい。どうりで骨折治癒痕や、刺傷や裂傷の跡が身体のあちこちに残っていた。
しかも例え相手が刃物を持っていようと、犯人を逃がさなかったらしい。この患者と仲の良い内科部長は笑いながら、警察が『犯人ホイホイ』とあだ名を付けていたとも言っていた。
だが、今朝一番に依頼された事は無茶そのものだった。よく我慢できたと半ば感心しながら、彼は表情を消しながら用意していた麻酔を投薬した。
浩史はこの会話をクリアな意識でする為に、医師に無理を言って麻酔を打ってもらっていなかった。葉瑠菜三人を人類の味方に縛り付ける為には、痛みに耐えながらでもこのタイミングで勝負に出るしかなかった。妻の記憶がかなり戻っている事は、昨夜意識を失う前に彼女たちの誰かが叫んでいた言葉から明白だった。
実際は予想以上に戻っていたから、この会話の効果はより大きいだろう。葉瑠菜三人と榛菜の意識が近い時に切り出した事で、彼女達の軸足は人類側に振れるはずだった。その事が『神隠しの揺り返し』後にきっと影響する。
松下浩史が自らに課した、人類の為に行なう最大で最後の仕事は終わった。痛みのあまりに少々支離滅裂な説明になったのは自覚していたが、それでも浩史は満足していた。
後は自分の好きにさせてもらう。愛すべき葉瑠菜三人の為にあらゆる努力をする気だった。
そして、物語は最終章突入します。
第4章は短いので、すぐに終わります。
当初の予定通り、50話で終了しそうです。




