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『松下浩史(夫婦)』 7

玄関に車が突っ込んで来て、銃撃を受けるような正月を過ごしたくない今日この頃です(^^)

 松下家の5人は神隠しの夜と同じように稲本警部が手配した車で自宅まで送ってもらった。周囲はあの時と同じように封鎖されていた。

 破壊された門の外では機動隊員2名が立哨している。5人に向けて敬礼する機動隊員に「ご苦労様です」と挨拶しながら玄関に向かった。

 現場検証時に置かれていた標識が全て片付けられていた。その代わりに大量の水が撒かれたせいで水溜りが出来ていた。


 玄関の前では松田夫妻が待っていた。陽菜が思わず美紀にしがみついた。


「なんで、私達だけこんな目に遭うの? おかしいよ」


 美紀に出来る事は抱締める事だけだった。


「陽菜、とりあえず中に入ろう。松田さん、済みません。留守番して頂いた上に、玄関まで洗い流して頂いて」


 玄関のドアを開けながら松田が答えた。彼の声は沈んでいた。


「いや。それよりも課長がタフで良かった」


 美紀が飲み物の用意をしてくれていた。無言で飲み干した後で、一樹がもう一度お礼を言った。


「松田さん、美紀さん、本当にありがとうございました。電話で言った通り、父さんは全治二ヶ月みたいです。もし良ければ会社にその様に報告しておいて下さい。なんせ病室では携帯が使えないですから」

「一応、さっき連絡を受けた時に部長には僕から電話しておいた。ご家族によろしく言っておいてくれと頼まれている」

「ご迷惑をお掛けします。ま、悪運が強いのか分からないですが、あと少し逸れていたら手の施しようが無かったそうです。本人は意識も記憶もしっかりしていましたよ。『拳銃で撃たれたのは初めてだが、出来れば二度と御免だ。君たちに殴られた時くらい痛かった』と言っていましたからね」

「君たちって?」

「葉菜、瑠菜、菜々の三人です。そろそろ教えてくれるよな?」


 それまで一言も言葉を発していなかった三人がやっと口を開いた。シンクロした口調は瑠菜に近かった。ただし感情がこもっていない為に、まるで他人のように感じた。


「榛菜さんが新入社員として入社してしばらくしてからの事です。榛菜さんの髪の毛にごみが付いていたので、取って上げようとした浩史さんを振り向きざまに殴った事が有るんです。その頃の榛菜さんは神経過敏になっていて攻撃的だったから」


 その場に居た者はじっと三人を見詰めていた。


「私達はこの一ヶ月間で榛菜さんの記憶が少しずつ戻って来ています。でも全部ではなくて、何かの拍子に少しだけ記憶が戻っている状態です。そして事件によって、榛菜さんを苦しめた出来事と浩史さんに対する記憶の一番濃い部分を思い出しました」


 陽菜が何かに気付いた顔をした後で三人に聞いた。


「あの時、約束って言っていたけど、父さんと母さんがした約束? あの時は気付かなかったけど、母さんに命令されている感じだったよ」

「ええ、あの時は榛菜さんの意識に近かったと思います。二人が何故結婚したか、知っていますか?」


 全員が首を振った。相変わらず無表情な三人は淡々と続けた。


「榛菜さんは高校三年生の時に最後の肉親のおばあさんを犯罪で亡くしました。毎週通っていた短歌教室が先生の都合で休講になってしまったので早く帰って来たら、空き巣と出くわした為に刺殺されました。第一発見者は榛菜さんです。今、こうして話している間もあの時の記憶が甦って来ています。ごめんなさい、これ以上はさすがに無理」


 唐突に三人は途中で話を止めた。


「すまん。俺が無神経だったかもしれん」

「いえ、カズニィが悪い訳では無いですよ。思ったより今回の事は私達に影響が大きかったみたいです。事前に浩史さんが教えてくれていたのに」

「今夜はもう休んだ方がいい。一樹と陽菜ちゃんもな」


 松田が優しい口調で口を挟んだ。


「今夜はここに泊まらせてもらうよ。自分達の寝袋は持って来ている」

「あ、来客用の布団出しますよ」


 陽菜が慌てて言った。彼女は早くも立ち直りかけていた。この一年半の経験が彼女を強くしていた。

 

 翌朝、みんなが病室に入るとベッドの上半分を少し起こした状態で、浩史はつまらなさそうな顔でテレビを見ていた。


「すまんな、松田主任。またお世話になった」

「いいですよ、課長。入社前からずっとお世話になっていますから恩返しです」

「ありがとう。しばらく出社できんので忙しいと思うが、よろしく頼む」

「ええ、覚悟していますよ」

「父さん、元気そうだね。と言うより暇そうだね」

「ああ。正月番組がこんなにつまらないとは知らなかった。いつもDVDを見ていたからな。家からテレビとDVDレコーダーと借りているソフトを持って来て欲しいくらいだ」

「また無理を言う。再生専用のDVDを買って来るから、それで我慢してもらうしかないよ。でも、痛く無いの?」

「今は麻酔が効いているだけさ。朝、起きた時は死にそうなぐらい痛かったぞ。一樹、お前は撃たれるようなヘマはするなよ。経験者からの忠告だ」

「気を付けるよ。もっとも、常識的に考えてそんな目に遭うのは一家に一人くらいだから、父さんで終わりだろうけどね」


 その間に浩史のベッドの横に座った葉瑠菜三人はじっと浩史を見詰めていた。


「心配を掛けたね。君達のおかげで生き延びる事が出来たよ」


 瑠菜が手を伸ばして、無精ひげが生えている浩史のあごを撫でた。


「ご免なさい。本当の事を言うと、浩史さんが撃たれた2発目は防げたの。いつもなら1発目で動けたと思うけど、その前の事故の音で反応が遅れたの。でも、約束を守ってくれてありがとう。カズニィと陽菜ネェの為にも良かったわ」

「危なかったけどね。ところで、10時から警察の事情聴取が有るんだ。それまでに一樹と陽菜にも話しておきたい事が有る」

「課長、席を外しましょうか?」

「いや、ちょっと恥ずかしいが、君達も聞いておいた方がいい」


 全員が椅子に座った事を確認してから、浩史は話し出した。


「葉瑠菜達の記憶が戻って来ている。今後、彼女達に影響が出て来るはずだ」

「ええ、昨日の夜に途中まで聞きました。おばあ様が亡くなられる所まででしたが」

「浩史さん、榛菜さんを苦しめた出来事は全て思い出しました。浩史さんの事も」

「そうか・・・・ つらかっただろ?」

「ええ。でも、もう大丈夫。なんとか乗り越えました。そして、榛菜さんが何故、浩史さんだけを信じて来たかも分かりました」


 一樹が口を挟んだ。


「父さんだけを信じてって? 俺や陽菜は?」


 浩史は一樹と陽菜を順番に見た。その目には申し訳なさそうな色が有った。


「母さんは今のお前と同じ歳におばあさんと親友二人を殺されている。おばあさんは空き巣と鉢合わせした為に殺された。母さんが学校から帰って来た時に見た光景は、全身血だらけでリビングに横たわったおばあさんだった。しかも悪い事は重なった。その半年後に暴走したトラックに親友二人が目の前で巻き込まれて亡くなった」


 いきなり葉菜が話し出した。


「生活の為に就職を決めた『榛菜』の採用決定を祝う為に、親友が気を利かせてくれてん。難波で久し振りに遊んだ帰りやった。中環の信号が青に変わって、三人が一緒に歩き出した時に微かに嫌な音が聞こえたんや。みゆきが『榛菜』って呼び掛けたのと同時やった。立ち止まったのは『榛菜』だけやった。『榛菜』は目の前を通り過ぎる大きな黒い影とエンジン音、聞いた事の無いような衝突音で身動きが取れなくなってた。みゆきと芳江は悲鳴を上げる事無く、吹き飛ばされてん。今でも忘れられん、二人が一緒くたに折り重なって倒れている光景は」


 葉菜がこれだけの言葉を話したのは初めてだった。そして浩史は気付いた。個人的に付き合いだした頃の榛菜の口調と言葉使いだった。

 その頃の榛菜は大阪弁だった。自分を変える為なのか分からないが、彼女は結婚してからは標準語を使うようになっていた。それに自分の事を『榛菜』と呼ぶ癖はあの時代しかなかった。

 自分自身が嫌で自暴自棄になって周囲と摩擦を起こしていた頃の榛菜は、自分の名を他人のような、そして吐き捨てるような発音で呼んでいた。他の女性が自分自身を可愛いと思って名前で呼ぶのとは正反対だっただけに、浩史には理由が分かるまで不思議だった。

 だが、初めて二人の親友の死について語った夜に理由を理解した。

 親友の最後の言葉。それが自分の名前だった事は彼女の心に深い傷を残した。



如何でしたでしょうか?

 うん、相変わらず、地味~に進行中です(^^)

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