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『松下浩史(夫婦)』 6

銃撃を受けた浩史さんはどうなるんでしょうか?

 

 浩史は目の前に若い女性らしき影が立っている事に気付いた。周囲はぼやけているが、夜の公園のようだった。彼の記憶がよみがえって来た。それに合わせて女性の影が若い頃の榛菜に固まっていった。


『ああ、これはあの時の記憶か・・・』


 自分の前に立っている榛菜が下を向きながら絞り出すように何かを言った。声は聞こえなかった。だが、浩史はその言葉を知っているので訊いた。


「その人達は君を嫌いだったのかい?」


 榛菜は弱々しく首を振って、また何かを話した。その言葉も知っているので、浩史は再度訊いた。


「他人の人生を不幸と決め付ける権利が君に有るのかい?」


 榛菜が更に首を振った。浩史は記憶の通りに優しく話しかけた。


「君の大事な人達の思い出は笑顔の方が多くなかったかい?」


 榛菜が初めてうなずいた。浩史は自分の人生で一番のお気に入りとなったセリフを、あの時と同じ気持ちを込めて言った。


「僕の人生が短くなっても構わない。僕の寿命がどれ程残っているかは分からないけど、君の傍に居られるなら、それを受け入れるよ」


 顔を上げる榛菜。彼女の目を見ながら、浩史は思った。


『やっぱり。今ならあの時よりはっきり分かるようになっているな』


 彼女の目には救いを求める光が有った。いや、初めて会った時から見かけていたが、正体が分からなかっただけだ。


「ああ、十分に価値が有ると思う。まぁ、せめて子供の顔くらいは見たいけどね」


 あの時は『喜び』と『否定』しか分からなかったが、今の彼には彼女の瞳に『疑問』『恐怖』『悲しみ』『悔恨』など他の光も見えた。


 そして、急速に広がる『希望』と『拒否』も今なら分かる。


「だから結婚して欲しい」


 彼女の瞳は『希望』と『拒否』に染まった。壮絶なせめぎあいが続いた後で、最後は『希望』がかろうじて勝利を収めた。

 彼女がすがるように言った言葉が彼の胸を満たした。


 浩史は葉瑠菜三人が神隠しに遭った時に担ぎこまれた病院に搬送された。弾丸は二発とも貫通していたが、腹部に受けたダメージはかなりなレベルだった。そして出血が危険なレベルに達していた。

 救急車は直ぐに来たが、車二台が玄関を塞いでいた為に搬出に手間取ったせいだった。結局、発砲直後から殺到した機動隊員が車の上をリレー形式で搬出した。

 途中で危うい場面もあったが、病院側の処置が迅速だった事と幸いにも弾丸は重要な臓器と致命的な動脈を傷つけていなかった為に辛うじて浩史は死なずに済んだ。


 事件から5時間が過ぎていた。麻酔が効いていて意識が無い状態だが、容態は安定しつつあった。酸素マスクが酸素を送り込んでいる音と心電計の電子音が病室の音の全てだった。

 病室には、葉瑠菜にとっては顔なじみになった院長先生と看護士二人、そして警察の現場検証を済ませた松下家の5人が居た。全員が酸素マスクをした浩史を見守っていた。


 いきなり浩史が呟やいた言葉がみんなの耳に届く。


「僕の人生が短くなっても構わない」


 病室に居た8人の内、葉瑠菜を除いた5人はいきなりの言葉に戸惑った。いやにリアルな言葉だった。よりによって、生死が関係する言葉をこの状況で言う患者は少なかった。

 そして、半時間後に浩史の意識が戻った。まだ霞みのかかった浩史の視界に、葉瑠菜三人が目に涙をためて覗いている姿が入った。点滴の針が刺さっている左手に柔らかくて暖かい感触が有った。三人が浩史の手を握り締めていた。

 浩史を診察した院長が家族に告げた。


「お父さんは相変わらず生命力がすごい。もう大丈夫です。ですが、患者の負担になるので長い時間は話せませんよ」


 珍しく言葉が出てこない三人に浩史が声を掛けた。その声はしわがれていたが、辛うじて三人の耳に届いた。さっきまで繰り返し見ていた昔の記憶がその言葉を言わせた。

「プロポーズを受けてくれてありがとう。おかげでいい人生を歩んでいる」

「ヒロさん、約束を守ってくれてありがとう」

「僕は約束を守る方みたいだからね」

 


 浩史と同じ病院で治療を受けた後、大阪警察病院に向かう護送車の中で中沢昭博は深い恐怖の中に居た。

 玄関を開けた中年男性に向けて発砲したところまでは割りと冷静だった記憶が有る。最初に家人を射殺すれば、残った家族は抵抗しないという計算をしていた。

 だが、その後は悪夢の様な記憶しか無かった。人間の形をした異形のモノが二体も向かって来た時は生涯最大の恐怖を味わった。奴らは姿こそ少女だったが、腹を空かせた猛獣並みの威圧感が有った。

 いや、そんな生易しいものでは無かった。もっと根源的な人類のDNAに刻み込まれた恐怖心を直撃する何かが有った。

 あっという間に自由を奪われた後は、ひたすら奴らから逃れたいと思った。

 とにかく奴らのそばから離れたかったので、機動隊員の姿が見えた時は安心のあまりに意識を失ってしまったほどだった。

 病院で意識が戻った時には思わず奴らが近くに居ないかを確認したが、居ない事を知った時の安堵感は、全身から送られて来る激痛を弱めたくらいだった。


 だが、彼は一生治らない心の傷を受けていた。

 2年後、彼は自分だけの世界に逃避した。

 きっかけは刑務所内でわずかな時間だけ視聴が許されていたテレビに映った、あの少女達の一人を見た事だった。



 凄まじいフラッシュを浴びながら、彼女は無数のマイクが置かれた壇上で挨拶をしていた。

如何でしたでしょうか?

 昭博さん、可哀想に(^^;)

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