『松下浩史(夫婦)』 4
こっそりと更新します。
念の為に先に書いておきますが、2話連続でバイオレンスシーンが入ります。
万が一、過度に流血シーンが苦手な方が居られましたら、ご注意下さいまし m(_ _)m
翌日の正月二日目は朝早くから、北へ歩いて10分ほどの方違神社(松下家は結構お世話になっていた。改築の時もお世話になっていたし、子供達のお宮参りや七五三もこの神社だった)に家族全員で初詣をした。
その後、各自はそれぞれのスケジュールを過ごした。
一樹と陽菜はダブルデートで難波まで出て行ったし、浩史は正月用に借りて来ていたDVDをリビングで見ていた。彼はシリーズ物や映画を合わせて7枚も借りていた。
葉瑠菜三人はもらった年賀状全てに返事を書く為に忙しかった。去年は返事を出さなかったが、今年は最後の年という事で大盤振る舞いをする事にしていたからだ。去年の実績から予想していたのは250枚ほどだったので、用意していた年賀状では足りない分を挨拶がてら佐々木さんのコンビニに買いに行ったり、ダイニングのテーブル全面を使って一枚一枚手書きでメッセージを入れたりして、あっという間に夕方になってしまった。
浩史はシリーズ物を見終わったので、三人に言ってみた。
「忙しそうだから、代わりに買い物に行って来るよ。今日からだったよな、食品スーパーの初売り? 何を買って来たらいい?」
「そうやな、うちらも気分転換に一休みするわ。一緒に行けへん?」
「いいよ。前はよく荷物持ちをしていたしね」
「一応初売り特売のチラシはチェックしていたけど、多分売り切れになっているでしょうね。カズニィと陽菜ネェは鍋がいいと言っていたから、材料は残っているのを見ながら決めましょう。それに今日は浩史さんがお金を出してくれるから、いつもより豪勢に買えるし」
「そうだね。たまにはパーと豪勢にいこうか」
結局、その夜の鍋はすき焼きだった。浩史が奮発して買った100g1000円を超える国産黒毛和牛2kgは全部食べ尽くされた。アメリカやオーストラリア産の牛肉も十分に美味しいが、値段を知っているせいか浩史には今日の牛肉はいつもより柔らかくて、和牛特有の甘い風味が堪らなく美味しく感じた。
中沢昭博はエンジンを停めた車の助手席で腕時計を確認した。車内に差し込む街灯の光に照らされた時間は8時12分だった。31秒、32秒、33秒、34秒・・・・ 時間が過ぎるのが遅い。
昭博より10歳は年上の、運転席に座っている平原幸男と名乗る男(昭博同様に偽名を名乗っているだろう)はバックミラーを頻繁に見ている。彼と昭博は同じプロ野球チームの野球帽を被っていた。
食品スーパーの横に設置された小さな駐車場に停まっている、ごく普通の軽自動車に注意を向ける人は居なかった。今の彼らには好都合な事に、通行人自体もほとんど居ない。事前の計画通りだった。
昔、昭博がこの近辺に住んでいた時は、正月のこんな時間にこの道を歩く住人は居なかった。
だが、今もその通りかどうか分からなかったので心配していたが、どうやら昔のままだったようだ。
じりじりとした時間が過ぎて、昭博の腕時計が8時15分になった。昭博は足元のボストンバッグから拳銃を取り出すと、左手でスライドを引いた。部屋で聞いた時よりも大きな冷たい金属音が車内に響いた。この拳銃も車も幸男が用意したものだった。
昭博は運転席の幸男を見た。幸男は一つ頷いて、サングラスとマスクをする。これで人相はかなり隠れる。そして一言注意した。
「安全装置を掛けたか?」
言われたとおりに拳銃のハンマーをハーフ・コックの位置に慎重に動かす。問題無さそうだったので、昭博は野球帽を脱いでバイク用のフルフェイスヘルメットを被った。二人の準備は完了した。車外に足を下した瞬間に新たな犯罪に手を染める事になるが、ここまで来たら成功する事を信じて計画を進めるだけだった。
一分後には昭博は食品スーパー2階に作られた事務所のドアの横に居た。6年前までバイトをしていたので懐かしいと言えば懐かしいが、こんな事になるとはその時は夢にも思わなかった。
彼は大学を卒業後、一度は就職したが一年で辞めてフリーターになった。
だが、パチンコで作った借金を返す為に借りた裏金融の借金は信じられない速度で膨らんだ。気が付けば、裏の仕事サイトを眺めていた。
そして平原幸男と名乗る男と仕事をする事になったのが、ほんの2日前の大晦日だった。二人は今日までに2件の仕事をしていた。2件とも成功はしたが、コンビニ強盗ではやはり金額が少ない。更に大きな金額が狙えるスーパーを狙う事になったが、大きなスーパーは警備員も警備システムも充実しているので、昭博の提案でこの食品スーパーを狙う事にした。特に初売りの日は店内に現金が多い割に気が緩んでいる点が狙い目だった。
昭博は階段の下を確認した。幸男が乗った軽自動車は階段の下に移動している。自分の動悸と激しい息遣いがドアの中に聞こえてしまわないかと不安になってきた。中からは初売りが終わって安心したのか、スタッフの賑やかな話し声が聞こえていた。知っている場所にこうして潜んでいる事が未だに信じられない気分だった。
女性の声がドアに近付いて来た。昭博が働いていた時にお世話になった中年の女性だった。確か子供が小学生で、一人で養っていると言っていた。名前は『阿部さん』だったと思う。顔を完全に隠す為に、念の為にヘルメットを被っておいて正解だった。
ドアのすぐ内側で立ち止まって会話をしているのか、内容まで聞こえて来た。昭博の動悸が益々激しくなった。
「安部さん、正月早々悪かったね。義彦君によろしくな」
「店長もチーフも早く帰って、家族サービスして下さいよ」
「はは、残念ながらこれから銀行入金の準備さ」
「可哀想に。それじゃ、お先です。お疲れ様でした」
ロックを解除する金属音がしてドアが開いた。『阿部さん』の体がドアから出る前に昭博は彼女を押し込みながら、無言で一緒に事務所の通路に入った。麻袋を抱えながら店長室に入ろうとしている、昭博の知らない男性店員二人が驚いている顔を見た瞬間に『阿部さん』が悲鳴を上げた。知っている人間の悲鳴を聞いた事で動転した昭博は『まずい。店長室に入られたらまずい』と頭の中が真っ白になってしまった。気が付くと右手が上がっていた。あくまでも威嚇のために持って来ていた拳銃の引き金が引かれた。
本来ならこのような突発的な発砲を起こさない為に安全装置を確認したはずだが、素人故の取扱いの不注意と安物の中古品故の動作不良が事態を悲劇へと進ませた。
まず、この拳銃は同種の拳銃と違って素人が装填して持ち運びをする事を考えていなかったので暴発が多発していた。素人が手を出すべき拳銃ではなかった(他の拳銃も手を出した瞬間に犯罪だが)。
更に人から人に渡っている間に手入れもされなかった為に、ハーフ・コックから再装填状態に簡単になってしまう癖が付いていた。先程『阿部さん』と接触した際に、再装填するには十分な衝撃が与えられていた。
拳銃は自分に与えられた機能通りに体内の初弾を乾いた爆発音と共に吐き出した。一秒間に420mも飛ぶ口径7.62ミリ弾は5mの距離では3ミリの鉄板を貫く。店長の左上腕部に当たった弾丸はあっさりと腕を貫き、左胸から体内に侵入した。肋骨に当たって少しだけ変形した弾丸は、与えられた運動エネルギーと回転エネルギーで店長の体内組織を破壊しながら右胸から抜けた。即死だった。直接の死因は心臓に加えられたダメージだった。
半ば自暴自棄になりながら、昭博は店長の血を浴びて呆然としているもう一人の店員に向けて発砲したが外れた。実は店長に命中したのは偶然だった。射線から5度もずれるほどガタが来ている拳銃ではむしろ狙うほど当たらない。昭博は舌打ちしながら腰が抜けた店員に近付いて、現金が入った麻袋二つを左手で掴んで出口に向かった。
店長を射殺した犯人が戻って来た事で『阿部さん』が再び悲鳴を上げたが、昭博は無視した。無視する事が彼に残された最後の良心だったのかも知れなかった。
軽自動車に無言で乗り込んで、ヘルメットから野球帽に被り直した昭博を幸男は睨んだが、後の祭りだった。後は計画通りに逃走するしかなかった。急発進した彼は突き当たりを左に曲がった時に、前方の十字路の先に停まっている予定外の車を発見した。
「なんで、パトカーが居るんだ?」
「知るか! 右に曲がれ」
「くそ、サツの動きが早過ぎる」
二人は恐慌状態になりながら逃走経路を変更した。
実際にはその停車中のパトカーは葉瑠菜三人が住んでいる住宅地が重点警戒地域に指定されている為にたまたま立ち寄っていて、発砲音らしき音が聞こえたので停車しただけだった。その証拠にパトランプは回っていなかったし、停車方向も後ろ向きだったが、今の二人にはその事に気付くほどの余裕は無かった。猛スピードで北方向へ走りながら、二人は叫んでいた。
「このまま先の突き当りを左に曲がれば、けやき通りに出れる。信号が青の事を祈ろう」
「お前が発砲しなきゃ、余裕で」
幸男の言葉は右側から差し込んだヘッドライトの光と直後の衝突音で途絶えた。
平原幸男と名乗っていた木村俊彦は二度と続きを言えなくなってしまった。昭博も衝撃で意識を一瞬失った。だが、運転席がつぶれることで衝突の衝撃を吸収したのか、助手席は変形するだけで済んでいた。意識をはっきりさせる為に首を振りながら、昭博は開きにくくなったドアを開けて外に出た。
冷えた外気にガソリンの匂いがかすかに混じっていた。車は民家の門にはまり込んでいた。運転席に赤い4WD車が食い込んでいる。昭博達の車に突っ込んだ4WD車の運転席と助手席のエアバッグがしぼみつつあった。右足が思い通りに動かなかった。右手も動かすと上腕部に鈍い痛みが走る。
だが、拳銃を落とすほど握力は落ちてはいなかった。左手で現金が入った麻袋を一つだけ座席の下から取り上げた。細かく割れた大量のガラスの破片がパラパラと麻袋から落ちる。門は完全に塞がれていた。この家に押し入って人質を取った後で、警察と逃走の交渉をするしか手は無さそうだった。
追い詰められた事で彼は覚悟を決めた。
昭博は拳銃が装填されている事を確認して、玄関に向かった。
如何でしたでしょうか?
いきなり登場した人物が引き起こす事態とは?




