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『松下浩史(夫婦)』 3

こっそりと更新します

 その夜、みんなが自室に戻った後で浩史は葉瑠菜三人の部屋を訪れた。彼女達は自分達宛の年賀状を整理していた。昼前に家族全員で簡単に目を通していたが、三人合わせれば軽く三百枚を越えていた。

 当然ながら住所は公開していなかったが、ネットの世界ではプライバシーなどお構い無しで松下家の住所は出回っている。クラスメートからの年賀状も混じっているし、郵便局も郵便番号と住所や名前が一致すれば配達するしかないので止めようも無かった。


「それで、だれが一番人気だったんだい?」

「当然、うちやで。ホームページでも一番人気やしなぁ」

「菜々は客寄せパンダだからね」

「いや、それは違うで。今世間が求めてんのは美とお笑いの融合や。このまま最後まで独走するで、見ときや」

「でも、男の子は葉菜の方が多いよね、葉菜?」


 瑠菜が菜々の気にしている事をあっさりと言ってしまった。葉菜は無言でうなずいた。


「そうなんや、うちのファンはなんでか知らんけど女の子が多いんや。男の子のファンも夫婦漫才コンビを組みたいとか訳分からん事書いてるし。どこで間違えたんやろか?」

「まあ、どっちにしろ真面目に年賀状を送って来るファンが居るなんて、それはそれでいい事なのかもしれないな。警察から教えてもらった情報では、今年も危険物が混じっていなかったしな。善良なファンが多くて良かった」


 念の為に松下家宛の封筒や宅配便は警察が全て調べていた。専属の係官が爆発物検査用のレントゲンで中身のチェックをしていた。


「それで、浩史さん、用は何?」

「ああ、気になる事があってね。ズバリ訊くけど、記憶はどこまで戻ってる?」


 三人は一斉に浩史を見詰めた。浩史は彼女達の久し振りのシンクロに懐かしさを覚えながら言葉を継いだ。


「もしかしたら、記憶というほど確かなものでは無いかもしれない。無意識のうちに現れるものかもしれない。だが、気付いてはいるんだろう?」


 答えたのは瑠菜だった。


「ええ、記憶が急に戻ったりする事はこれまでに数十回は有りました。でも、何かの拍子に少しだけ戻る事が多くて、所々の記憶が戻っている感じですね。一番長い記憶は葉菜のおせち料理絡みですね」

「ふむ、そうだろうね。少なくとも全部は戻っていないと思っていた。行動の変化が少な過ぎるからな」

「多分、一割も戻ってないんとちゃうんかな? 例えば陽菜ネェを陽菜って呼びそうになった時に、小さい頃の陽菜ネェが泣きながらしがみ付いてきた記憶が湧いて来たりする感じなんや」

「なるほどね。昨日言っていたCDの歌詞を全部読んだが、特に不審なところは無かったし、言動も僕が気付くような不自然な点は無かった。という事は夏以前には記憶が戻るような事が無かったはずだ。実は一ヶ月前からもしかしたらと思っていた。家族を見る目に変化が出て来たからね。それに妻の事を『榛菜母さん』と呼ばずに『榛菜さん』と呼び出したのもその頃だ。違うかい?」

「ええ。その通りです」


 浩史は自分の予想が当たった事に何の感慨も湧かなかった。


「記憶が戻る回数は増加している?」

「いいえ。私達が取っているデータでは不規則ですね」

「記憶の時期の規則性は?」

「それも無いですね。でも一番新しい記憶はカズニィが中学校に入学した頃です」

「記録を見せてくれる?」


 瑠菜はパソコンのファイルを開いて浩史に見せてくれた。

 時系列と関連項目別及び戻った状況などで分類された記憶は確かに穴だらけで、浩史が簡単に目を通した感じでは一割どころかその半分もなかった。


「確かに規則性は無さそうだ。ま、記憶なんて匂いや昔の音楽を聞いた時に急に思い出す事も多いからね。これを見た限り、感覚に刺激されて記憶が表面に現れたパターンが多そうだな」

「そうやねん。今日もおせちを食べてる最中に、ふと昔の会話を思い出したんや。危うく変な事を言いそうになったわ」

「多分、おせちの味がきっかけになったんだろう。それにその時の会話がたまたま似ていた場合は記憶が戻りやすいのかもな」


 浩史は一旦言葉を切った


「まあ、元々、妻の脳と身体を使っているから不思議は無いな。むしろ、他の被害者の記憶が戻らない方が不思議だな。気付いていないかもしれないけど、三人の仕種が妻に益々似てきているよ」

「うーん、そうかな?」

「もしかして、浩史さんにつらい思いをさせていますか?」


 浩史の気持ちを傷付けていたのかと心配して、瑠菜が真剣な顔で聞いた。


「それは大丈夫だよ。意外と楽しめているからね。変な言い方だが、若い頃の妻を見る経験なんてそうそう無いからね。それに子供の頃の写真はほとんど残っていないんだ。なんせ火事で写真が燃えた上に、中学以降の写真も自分で燃やしたんだ。だから、君達が写真に写らないのはその影響が有るのかなと思った位さ」

「勿体無いで。せっかくきれいに生まれたんやから、どんどん写ったら良かったのにな」

「菜々、そう言ってやるな。妻は結構つらい人生を歩んだんだ。実はここに来た理由は記憶が戻ってきているなら先に教えておきたい事が有るからなんだ」


 三人は座り直して正座になった。浩史にとってはまた妻の仕種を見た思いだった。榛菜は真剣な話をする時には必ず正座に座り直していた。本人も気付いていなかったと思うが、その仕種を見て浩史は妻が話す内容がどの程度の問題かを予測していた。


「おばあさんが亡くなった事は以前に話したよね?」


 三人はうなずいた。


「妻の榛菜は僕と結婚するまでに5人の大事な人を亡くした。両親を放火で亡くした事は君らにもつらい記憶だったはずだ。ああ、隠さなくてもいい。君らが記憶の共有が出来る事は分かっている。ついでに言うとテレパシーみたいな能力が有る事も」


 菜々が呆れた顔で言った。


「つくづく怖い人や。何食わぬ顔でうちらの秘密をどれだけ握ってるか想像できんわ」

「よく言うよ。家族の前では結構無防備に振舞っていただろ? それだけ信頼されている証拠だと思っているけどね。それはさておき本題の話だが、妻は高校3年生の時に連続で大事な人を亡くしている。まず、おばあさんが夏に犯罪に巻き込まれて亡くなった。更に追い打ちをかけるように半年後に、幼稚園から一緒だった二人の同級生を目の前の事故で亡くした。本当の親友だったそうだ。本人曰く、代わりに死ねるものなら代わりたいと考えたくらいの仲だったと言っていた」

「もしかして、みゆきと芳江の事ですか? 二人が去年年賀状をくれなかったので、一度友達がこの時代でどうしているのかをネットで調べた事があります。15人ほどですけど。でも一人もヒットしませんでした。だからみんな普通の人生を歩んでいると思っていました。もっともそれ以上は調べませんでしたけど」

「その判断は正しかったと思う。必要以上に過去に囚われる事はこの時代を生きる障害になるからね。念の為に僕は妻宛に年賀状を送って来ていた人に聞いてみた。二人以外は確かに普通の人生を歩んでいる人ばかりだ。そして昔の事故はネット上では引っかからないよ」

「そうですよね」

「何故この話をしたのかは君達には理解できると思うが、どうだろう?」

「ええ」

「理解してくれてありがとう。さあて、明日は初詣の為に早起きしなくてはいけないんで、もう寝ようか」

「いや、せっかくやから、もうちょっと教えて欲しい事が有るんや。聞いてええ?」


 いつに無く真剣な表情で菜々が尋ねた。


「もちろん」

「なんで、うちらをここまで信用するのかが分からんねん。元嫁さんや元母親という事だけにしては、家族揃って怖いくらいに守ってくれてる気がするんや。考え過ぎやろうか? 普通は気味悪がったり、距離を置いたりするはずや」

「ああ、それなら簡単だよ。子供たちは君らが好きなんだ。君達と妻の人徳だな。僕に関しては『有り得たかも知れない妻の幸せな人生を提供したい』という思いが原点だ。彼女はあまりにもつらい目に遭い過ぎた。その内に二人が出会った頃の記憶が戻るかもしれない。そうすれば僕の動機も理解してくれると思う。それほど楽しい記憶ではないだろうがね」

「そうやろか? 浩史さんの記憶は嬉しい思い出の方が多いで」


 菜々が口を挟んだ。瑠菜も葉菜も同意の印にうなずいている。


「あれ? さっきのデータには載ってなかったけど、戻っているの?」

「結構戻ってるで。中学生のうちらでは顔が赤くなるような事もな。なんでか知らんけど、瑠菜が一番思い出してるで、なあ?」

「浩史さん、意外と獣でした」


 瑠菜が表情を変えずに言った。


「いや、それは・・・ 済まん」


 瑠菜の言葉に浩史はさすがに顔を赤らめて謝った。まあ、相手側の記憶がある人間に向かって、『プロレスごっこをしていただけ』なんて言えない。こればっかりは下手な言い訳は更に墓穴を掘るだけだし、必死になって説明するようなものではないので、これ以外に言い様が無かった。


「嘘ですよ。榛菜さんは幸せでしたよ」

「そう言ってくれると助かる」


 三人は一斉に噴き出した。菜々は左手でおなかを押さえながら、右手で畳を叩いている。瑠菜は下を向いて両手で口を押さえていたが、笑い声がこぼれていた。珍しいことに葉菜までもがお腹を押さえて笑い転げていた。浩史は何故これほど三人に受けたのか分からないまま、しばらくしてから尋ねた。


「もしもし? おじさんには何故それだけ受けているのか、分からないんだが?」


 三人はやっと呼吸を整えると、浩史を見上げながら答えた。


「ごめんやで。でも浩史さん、真っ赤になって子供みたいな顔で謝るんやもん。そんな顔で大人のセリフを言われたら、耐えられんわ」

「獣やけど、可愛いから許す」

「葉菜、あまり獣って言っては可哀想よ。浩史さんも若かったんだから」


 三人はそう言うと、また笑い出した。こんなに笑われるだけの事をした覚えが無いだけに、浩史には未だに訳が分からなかった。いち早く笑い終わった瑠菜が説明した。


「浩史さん、ごめんなさいね。だって、私達にとって浩史さんはこの時代に来て、初めての味方だったでしょ。それからずっと本当にお世話になって、浩史さんの事を頼りになる保護者と思っていたの。でも記憶の中の浩史さんは何か有ったら膝枕をせがんだり、一晩中離してくれなかったりで、結構甘えん坊だった事が分かって、よく三人で意外な一面をネタに笑い合っていたの。だからさっきの母親に叱られた子供みたいな顔を見たら、耐えられなくなったんです」


 菜々が手を顔の前で合わせながら笑顔で謝った。


「本当にごめんやで。悪気はないんや。それに葉菜が悪いねん。ずっと獣、獣って心の中で叫んでたんや。今は膝枕って叫んでるねん。お詫びに膝枕してあげるで?」

「いや、止めておく。後で何を言われるか分からないからね」

「それは残念や。榛菜さんは膝枕をしている時に幸せを感じてたからな。うちらも幸せを感じられるかを知りたかったんやけどな。でも同時にほっとしていた理由が分からんねん。教えて欲しいんやけど」

「ああ、それは」


 浩史が答えようとした時にドアを開ける音がした。


「どうしたの? 二階まで笑い声が聞こえて来たよ」


 陽菜がそう声を掛けながら入って来た。浩史を見つけた彼女はちょっと驚いた顔をした。


「どうしたの? 顔が真っ赤だよ」

「いや、ちょっと酔ったみたいだ。ビール500ccは効くな」

「そう? それはそうと、何を笑っていたの?」


 そのセリフを聞いた瞬間に三人はまた笑い出した。浩史には三人が何故笑っているのかが分かるが、陽菜にはさっぱり分からなかった。


「陽菜、今の三人は変なきのこを食べたような状態だ。明日は早いし、もう寝よう」


 浩史は立ち上がりながら、陽菜に声を掛けた。


「うん、いいけど。でも悔しいな。何がおもしろいのか分からないのは」




「何と言うか、獣がおもしろいそうだ。それじゃおやすみ」



 三人は浩史の言葉で更に笑い出していた。


如何でしたでしょうか?

 昨日は早く寝たので予約し忘れてしまい、大慌てで更新しました(^^;)

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