『松下陽菜(ニュース)』 4
過酷な運命が判明した少女たちはどうするのでしょう?
通算第32話目です。
翌朝、騒がしいヘリコプターの音に眠りを妨げられた陽菜が起き出した時も、三人はいつものように先に起きて、いつものように朝食の用意を済ましていた。
ただし、服装は普段着のままだった。今日は全員が休む事にしていた。下手に自宅の外に出るとマスコミに取り囲まれる事が確実だったからだ。
陽菜は三人の顔をまともに見る事が出来ないままに挨拶をした。
「おはよう、ごめんね。昨日はみんな寝てないでしょう?」
「うちら、若いから大丈夫やで。陽菜ネェこそ寝不足と違うか? 目が充血してるで」
菜々がお茶碗にご飯をよそいながら気遣ってくれた。
「私は大丈夫。お父さんは?」
「もう朝食を済ませて、書斎にこもっているわ」
瑠菜が二階を指差しながら答えた。
「そう」
父親は昨日から情報の収集に掛かりきりになっていた。寝る前に聞いた話では残念ながら新しい情報は無かった。現地も日曜日の為に、大使館やマスコミが集める事の出来た情報は現地テレビで流された事の後追い確認だけだった。
陽菜は音量を絞った、2台上下に並んでいるリビングのテレビに目を向けた。上がヘリからの空撮映像で、下の画像が朝の連続テレビ小説だった。空撮映像には我が家が映っていた。
陽菜の味噌汁のお椀を運んでいた菜々がひょいと画面を見て怒った。
「あーあ、商売の邪魔になるっちゅうねん。可哀想に佐々木さんとこのコンビニと鈴木さんとこの店の駐車場が満杯や。これやからマスコミは嫌いやねん」
葉瑠菜三人が周辺に愛想を振りまいていた為に、あちこちに挨拶を交わす人が増えていた。陽菜が学校からの帰り道によく利用するコンビニの店長も顔を合わせたら挨拶をしてくれていた。余った販促品をおまけしてくれる優しい人だった。
画面が切り替わって自宅が映った。さっきの空撮映像で報道陣がごった返していた鈴木さんの店の駐車場から撮影していた。
「菜々、仕方が無いよ。マスコミも仕事だからね。後で謝ればきっと分かってくれるよ」
先に席に着いていた瑠菜が冷静に指摘をした。葉菜も座りながら言い添えた。
「何か差し入れするわ」
「葉菜、行く時は一緒に行くで。でも腹が立つわー」
陽菜は他人を思いやる余裕と冷静さに、改めて三人の奥の深さを思い知らされた。
その時に兄の一樹が降りて来た。
「おはよ。せっかくの親公認のズル休みなのに、ヘリがうるさくて寝てられん。あの日以来だな、こんなにうるさいのは」
一樹は上のテレビをザッピングした後で適当なチャンネルに固定した。
「メールのし過ぎで寝不足や。みんな心配してくれているけどな」
「カズニィ、変な事を書かなかったでしょうね?」
何故か陽菜はムッとしたので、きつい声で訊いてしまった。
「大丈夫だ。マスコミに漏れても大丈夫な内容にしてある。それに怪しい奴には一括で適当な返信にしている」
「ならいいけど」
陽菜にも十何件かのメールは来ていたが、返事を考える気がしなくて返信をしていなかった。唯一返信したのは『神隠し』の時から一緒に騒動を乗り越えて来た幼馴染の早川優衣だけだった。昨日のパーティーが終わった後の片付けを手伝ってくれている時の彼女は陽菜と同じくらい落ち込んでいた。彼女も今日は学校を休むと書いていた。朝食を食べ終わった陽菜は優衣を心配するあまりに変ったお願いをする事にした。
「ねえ、瑠菜ちゃん。ゆいちゃんにメールを送って上げて。昨日落ち込んでいたから」
本来は葉瑠菜達が落ち込んで、優衣が励ます立場なのだが、あの当時の優衣を知っているだけに彼女達にお願いするしかなかった。
「うん、いいよ。優衣ネェは優しい分、繊細だから」
「ごめんね、本当は逆なのに」
瑠菜の返事は微笑だった。
彼女達が来てから、陽菜は柄にも無く哲学的な事を考える回数が多くなった。葉瑠菜達三人が自分とは全然違う精神構造をしている気がしたからだった。どちらかと言えば同級生より遅れていた思春期が、母親が『神隠し』に巻き込まれた事で一気に来たのだが、専門家の話はどうせ素人には分からないと思って、哲学書を読まなかったのは彼女らしかった。
彼女の考えた精神とは三層構造だった。まず『知性』が外界との出入り口に有って、次に『理性』を通って最後に精神の大きな部分を占める『感情』に届くイメージを思い描いていた。なんと言うか、そのシンプルさも彼女らしかった。
そのイメージで行けば、子供っぽいと言われる『感情的な人』というのは、『知性』と『理性』の層が薄くて、『感情』が出入り口付近まで迫っている人の事だと考えていた。父親の浩史を見ていると、大人になるという事は『知性』と『理性』の合計が『感情』と同じ位の大きさになる事だと思う。
そして一年以上も付き合っていると嫌でも分かるが、葉瑠菜達は三人それぞれがかなり違う精神構造をしていた。
その事は母親が『神隠し』に遭った夜に浩史が近い事を言っていた。
『彼女達は最後の記憶に多少の差は有るが、それ以上に性格に違いが有りそうだ。お母さんの心を三つに分けて、それぞれに配分したみたいだな』と。
陽菜が感じている割合で言うと『知性』が一番大きな人物は葉菜だった。以下、『理性』は瑠菜、『感情』は菜々、と続く。
だけどそれは三人で比べた場合で、三人の『理性』を越える大人は居そうになかった。父親でさえ一度、葉瑠菜三人の事を『子供離れどころか、人間離れした大人』と言っていた。ましてや、自分と比べると大人と赤ちゃんほどの差が有る気がしてしまう。
今もその事を思い知らされた。自分は彼女のように笑えない。
その証拠に瑠菜の笑顔を見た瞬間に、陽菜の『感情』が『知性』と『理性』の壁を突き破って精神の外に出ようともがきだした。その勢いは幼い自分では抑えきれないほどだった。感情があふれてしまう直前に陽菜は何とか言った。
「ありがとう」
それだけを言って、陽菜は遂に泣き出してしまった。
「あー、瑠菜が陽菜ネェを泣かした。浩史さんに言い付けたろ」
「え? 私? 泣きやんで、ねえ、陽菜ネェ」
瑠菜は慌てて陽菜の席まで来ると、背中を撫でてくれた。別の妹が髪の毛を撫でてくれた。葉菜だった。
その優しい撫でかたは微かに覚えている、昨夜のそれだった。
だが、今日の陽菜には効果が無かった。もっと昔の記憶を思い出したからだった。
母の榛菜が小さい陽菜の頭を撫でてくれた記憶が彼女の『感情』を更に大きくしてしまっていた。
「よく寝ている。しばらくそっとしておこう」
浩史はそう言うとドアを閉めた。陽菜は半時間以上も泣いた後で、葉瑠菜達の部屋に連れて行かれた。布団に寝かされた陽菜は浩史を除く全員を部屋の外に出した。
そして、布団を被りながら浩史に延々と感情のおもむくままにひたすらしゃべった。その大半は『何故葉瑠菜達がこのような仕打ちを受けなくてはいけないのか?』だった。浩史はずっと聞き役に徹していた。やっと落ち着いたのは一時間ほどしゃべった後だった。
「多分、昨日から我慢していた感情が一気に噴き出したのだろう。ガス抜きになるさ」
浩史がリビングのソファに座りながらみんなに言った。
「確かにね。そう言えば、昔はよく泣いていたな。名作劇場だったっけ? フランダースの犬とかのアニメって。主人公に感情が入り過ぎるんだよな」
「そうそう。何回もレンタルで借りて来て、いつも同じところで絶対泣いたな。父親からすると、それも可愛くて良しだったんだがな」
「多少は成長したけど、泣き虫のところは変ってないって事かな」
「一樹、少し違う。自分の事では滅多に泣かないよ、陽菜は。あの子は自分に対する攻撃ははね返せる性格だ。今回は葉菜、瑠菜、菜々の事で泣いたんだ」
三人はじっと浩史を見ていた。
半時間後、陽菜はやっとリビングに出て来た。恥ずかしそうに伏目がちだった。
「ごめんなさい。やっとすっきりしたわ。迷惑掛けちゃった」
「別に構へんで。陽菜ネェは優しいからな」
「陽菜ネェ、優衣ネェにメール送っておいたよ。心配していたよ」
「うん、後でメール送っておくね。あー、でも涙を流しすぎて干上がりそう」
空気を読み損ねたのか、読み過ぎたのか一樹が冗談を言った。
「悪いが涙をどれ程流そうと、トイレ一回分に勝てんぞ」
一樹の冗談は当然ながら家族からの冷たい反応を引き出した。
「最低」「最悪」「ひど過ぎ」「あきれた」「・・・・・」
家族の冷たい言葉と視線を受けた一樹は横を向いて呟いた。
「冗談なんだが・・・」
浩史が思わず言った。
「一樹、悪い事は言わん。美咲ちゃんの前ではそんな事は言うなよ。一発で振られるぞ」
「浩史さん、もう振られた方がいいと思う」
「我が兄ながらびっくりやで。年頃の乙女達の前で平気でようそんな事を言うわ」
「あまり言ったらだめ。カズニィが泣くから」
一樹は家族の集中砲火に耐えかねて、退散する事にした。
「俺もトイレで泣いてくるわ」
「カズニィ、ちゃんと目から涙出すんやで。ズルはあかんで」
菜々が追い討ちを掛けた。一樹は一言『頑張るわ』とだけ答えたが、良く考えれば意味の分からない答えだった。
残された家族は言葉や態度とは裏腹に一樹の不器用な思いやりを知っていた。陽菜にもそれは分かっていた。だから心の中で兄に感謝の言葉を掛けた。
そして彼女は心を決めた。一年に満たない時間しか生きる事が出来ない妹達に可能な限りいい思い出を残して上げる為に、これからは泣かない事と、もっと強くなる事を。
悲しんでも葉瑠菜三人の為にならないからだ。
如何でしたでしょうか?
うっかりして、予約投稿していませんでした(^^;)
慌てて、打ち込んだのですが、いつもよりちょっと遅くなりました(^^;)




