シリーズプロローグ Ⅱ
やっとシリーズプロローグが終わります。
シリーズの主人公が初登場します。
盛田雄一がもう一度、統合司令部から最新の救助状況の情報をダウンロードした時に、司令室に青白い光を放つ柱が発生した。
盛田を除く司令室に居た全員が思わず作業を止めて見詰めた。
彼らのインカムに少女の声が聞こえた。
『フォード艦長、乗艦許可をお願いします』
艦長が一瞬の間を空けて、許可を出した。
『許可します、調整官殿』
まさかの来訪者だった。
光る柱が消えると同時に少女が現れた。
人類の理解の外に位置する技術を使う唯一の人間は、35年前から同じ姿をしていた。
更に彼女の異常さを際立たせているのは、宇宙服さえも着用していない事だった。今日の彼女のいでたちは、シックなデザインの深い青色のドレス姿だった。彼女は低気圧の影響を受けていないのか、苦しそうな気配は微塵も感じさせなかった。室内に居た者は、たまに指摘されるマネキンの様な無機質な印象を彼女に抱いた。
乗員から見て逆さに浮いている少女は、無重力のせいで広がろうとするスカートを両手で押さえながら、器用に方向を変えて(無重力に慣れた盛田にもどのような手品を使ったのか分からなかった)、真面目な顔で艦内カメラの方向を向きながら話し掛けた。
『艦長、有り難う御座います。出現場所はCICで、重量申告は33.7kgでお願いします。お仕事はそのまま続けて下さい』
『了解です。下艦の際にも一言、お声を掛けて下さい』
『分かりました』
少女が返事をした直後に、彼女の右頬の辺りに表示されていた航宙艦の矢印に変化が起きた。彼女はちらりと目をやると、索敵/観測担当参謀のグエン・バン・ミンに向かって話し掛けた。その表情は外交的な笑みより、少しだけ喜びが多く含まれていた。
「『ニューデリー』が核融合炉の再点火に成功しましたね。ここ1時間では一番の朗報ですね」
少女は盛田の方に向くと、先ほどの笑みよりも更に感情を露にした表情で発言した。
だが、その顔に笑みは無く、悲しみを感じている、とも取れる。
『かなりやられたなぁ』
彼女の唇の動きと盛田のインカムから聞こえる声は完全に一致していた。
「ああ。我々も進歩したが、奴らも進歩していたって事さ」
『再建に三年、いや、もうちょい掛かるんちゃうやろか?』
インカムから聞こえる、中学生の頃と同じ声、当時と同じ大阪弁に硬直した精神を解きほぐされながら盛田は答えた。
「二年も掛からんさ。人類の底力を見せてやるさ」
『それでこそ雄クンや。さて、うちが来たのはお土産を渡す為なんや。現時点の要救助者の位置データを転送するから、参考にしてや』
多分、彼女が使える中の相当数の探査端末を動員したのだろう。盛田のコンソールにそれまでの倍以上の要救助者の位置データが表示された。
彼女の持つ、人類の技術では不可能な情報収集力の一端だった。
「鄭君、詳細な最新データが判明した。急行中の救難船と航宙艦、追加で当艦隊からも『メキシコシティ』が参加する効率的な救助計画を練ってくれ」
部下にデータを転送して、少女の方を見ると、彼女は真っ直ぐに彼を見ていた。
『うちは『フロンティア』に戻るわ。雄クンも大変やろうけど、頑張ってな』
「そっちもな」
『おおきに。お互いに頑張ろうな。あ、それと、これは幼馴染からの伝言や』
そう言うと、彼女は盛田のヘルメットに両手を添えた。盛田の部下に聞かせたくない為の手段だった。
自分の手を振動させてヘルメットをスピーカー代わりにした割には、はっきりとした声が響いた。
人類の中でごく限られた人物だけが聞ける、彼女の本当の感情が判るほどにきれいな声だった。
『奈央クンは無事やで。どうせ、自分では調べへんやろから、お節介で教えたるわ』
予算的な制約から計画された、ある意味では突撃艦と同意の砲艦に乗っている盛田の長男の無事を知らせる言葉だった。
「そうか・・・ わざわざすまん」
幼馴染の予想通りの反応を見て、彼女は一瞬だけ笑うと手を離した。それから司令部の皆を見渡して、片目をつぶってお願いをした。
『さて、皆さん。今、ここで見た事で、他所には漏らしてはいけない内容はお分かりですね?』
全員がうなずいた。
『理解が早くて助かります』
「はい。調整官殿が大阪弁を喋る事ですね」
『はは、それ位の心の余裕が有れば、この艦隊は大丈夫ですね』
艦長に下艦の申請をした後で、彼女は消えた。
部下の鄭少佐が作成した救助計画を確認した盛田は決断を下した。 統合司令部にデータと意見具申を送信した後でシートに身体を押し付けた。実績に裏付けられた彼の意見は確実に通るだろう。
指揮下の艦隊で唯一損傷の軽い主力航宙艦『メキシコシティ』は救助に当たることになる。
敵に即時の第二波侵攻が可能とは思えなかったが、この命令を下した後はこの宙域で警戒の為に待機する航宙艦は『モスクワ』と『トウキョー』の2隻だけになってしまう。残す事にした主力航宙艦2隻は、艦外活動用のANと艦外用重装宇宙服を装着した乗組員を総動員しても、あと12時間は戦闘に耐える放熱量を確保する事は望めなかった。広大な担当宙域をカバーするには不安が残る戦力だった。
とはいえ、その危険を犯しても、訓練された貴重な乗組員を救助する事は今後の闘いにおいて決定的に重要な事だった。
そう、人道的理由よりも。
救助に全力を尽したか、尽くさなかったかは、これからも続く戦争に駆り出されていく者達や、今回は無事だった者達の士気にかかわる。
彼が過ごした少年時代のSFマンガやアニメに登場しそうなレールガンとレーザーで武装した航宙艦は、人類の宇宙進出の基礎となった小惑星『フロンティア』と、同盟を組んでいる異星人の本拠地の小惑星で今、この瞬間も24時間操業で建造が進んでいる。
十二分な能力を証明したモスクワ級を徹底的に簡素化したロンドン級主力航宙艦の『ロンドン』『パリ』は年内にも就航するし、ベルリン級重支援航宙艦は二年以内に8隻が就航する。
更には、生産性重視のマニラ級軽支援航宙艦は二ヶ月に1隻が就航するペースで建造中だった。
『EFSF』、『USSF』、『PLSA』、そして異星人四者の航宙艦開発部門が着手している、次世代の超モスクワ級主力航宙艦の基本構想の構築は今回の戦闘データを反映した上で、更に加速するだろう。
人類が持っていた技術を惜しみなく投入して建造された、モスクワ級主力航宙艦の膨大な建造費用が原因で発生した、8年前の航宙艦建造予算の削減論争が嘘の様だった。
あの時に建艦計画の転換を提案した盛田は軍の一部に恨みを買っていたが、彼の目論見どおりにコストだけでなく、生産性が大幅に向上した事が大きな意味を持って来た。
そして、彼が乗組員の救助に全力を挙げようとしている、もう一つの理由が生産性だった。
冷たく言えば熟練乗組員は、航宙艦やANの様に簡単には増産出来ない。宇宙は万人に開かれている訳では無いからだ。
予想よりも早く、3分後には統合司令部より承認の返信が入信した。
「艦長、『メキシコシティ』が救助行動に参加する。当艦の艦載艇を2艘、1時間以内に『メキシコシティ』に送り出してくれ。それと、当艦と『モスクワ』の新しい警戒航路のデータを転送する。後の指揮は任せるよ」
「了解です」
戦隊司令と艦長として付き合った2年間で信頼関係を築いてきた二人には、それだけで十分だった。
そして指揮下の各艦に指令を出した盛田は各艦隊の最新情報を確認した。
調整官のデータを基にしても、戦死者の数が千人を越える事は確実だった。
『モスクワ』と『メキシコシティ』からの命令受諾の返信を受け取ると、しばらくはする事が無くなってしまった盛田は部下を見渡した。そこで見たものは興味津々な視線だった。
「どうした? 何か問題か?」
答えたのは彼と同じ日本の宙自出身で、調整官に軽口をたたいた一番若い菅原純子二尉だった。
彼女はこの司令部のマスコット兼ムードメーカーだった。
「司令、調整官殿とえらく親しげでしたが、お知り合いですか?」
「ああ、君は知らなかったのか。俺は彼女のごく短い人間時代の同級生だったんだ。結構、有名な話だよ」
「それは・・・・・」
菅原二尉にとっては想像の出来ない返事だったのか、言葉が続かなかった。
彼女の様な若い世代には『星人間修交調整官』は生まれる前から居たせいで、中学校に通う人間らしい彼女はピンと来ないのかもしれない。そうであればセーラー服を着た彼女などは想像さえ出来ないだろう。
「今度、陸に上がったら調べてみろ。若かりし頃の俺と彼女が写っている写真が有る筈だから」
そう答えながら、盛田は過去の楽しくもほろ苦い時代の記憶を一瞬だけだが、脳裏に甦らせる贅沢を自分に許した。それは予想よりも甘美な一瞬だった。
空は青く、美しく、優しい物だと考えていた時代。
雄一が思い浮かべる空にはあの時の入道雲が在った。
そう、まるで母なる地球の化身の様な、白く、大きく、美しい入道雲だった。
こんな真っ暗な、平板で、しかも過酷な空で戦争をする事なんか思いもしなかった時代の思い出だった。
如何でしたでしょうか?
次回から『神隠しから生まれし少女』本編が始まります。