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『水野幸代(大人の臨界点)』 1

『神隠しから生まれし少女』本編16話目、通算19話目を公開します。

 今回から新キャラが登場します。

 水野幸代は校長から言われた内容がちゃんと理解できずに、思わず聞き返した。


「校長先生、もう一度言ってもらえますか?」


 校長は笑顔を浮かべながらもう一度繰り返した。彼は教師としての幸代を買っていたので、今回の話が出た時から任せようと考えていた。


「水野先生に例の三人を任せようと思っています。丁度、三組は他のクラスより一名少ないですからね」

「ですが、ベテランの先生が他にもおられます。私には荷が重いです。考え直してもらえませんか?」


 校長はお茶をすすってから、事前に考えていた説得の言葉を言った。


「いえ、むしろ若い水野先生の方が良いと私は考えていますよ。若い先生の方が、思考が柔軟ですからね。かといって、若すぎる先生では対処しきれないでしょう。それに」


 一旦、間を空けて決めセリフを言った。


「水野先生は熱心な先生ですから、きっと三人もすぐに慣れてくれますよ。私は水野先生にはそれだけの実力が有ると考えています」


 校長室で交わされた三日前の会話を思い返していた幸代は溜息をついた。

 彼女は29歳で、結婚もしているが、まだまだ若さを失っていない容貌をしていた。この学校でも上位に入る美人だったが、その顔は焦燥に満ちていた。

 結局、校長に押し切られてしまった。そろそろ編入生がやって来る時間だった。

 幸代はまだ三人に会っていなかった。父親に連れられて三人がやって来た日は、彼女が日帰りの研修に出ていたからだった。それから慌てて三人について調べたが、これだけの有名人にもかかわらず詳しい事が分からなかった。新聞や週刊誌の記事、ブログやホームページなどを漁っても、結局は幸代が知っていた事に毛が生えた程度の事しか書いていなかった。

 ただ堺市の教育委員会が積極的に動いたという、いやな噂があった。

 職員室の空気はいつもと違っていた。浮ついた雰囲気が漂っている。その空気と正反対の気分で幸代はまた溜息をついた。あの時にもっと反対しておけば良かったという思いがまた湧き起こって来た。

 校長はまだ気付いていなかったが、幸代はもう教師を続ける意欲が無くなってしまっていた。いや、教師という職業だけでなく、何もかもが嫌になっていた。

 きっかけは携帯で見た文章だった。学校裏サイトで読んだ、自分の事を書いた内容が彼女の自信を砕いてしまった。学校裏サイトはM国丘中学校でも去年の春から問題になった為に、学校での教育や父兄の協力で下火になったからと気に掛けていなかった。

 だが、卒業を間近に控えた三月に、担任していた男子学生から新しいサイトをパスワードと共に教えてもらって軽い気持ちで覗いた。そこに書かれていた内容は、先生としての自分を否定されていた。

 サイト内には自分に対する軽蔑の感情が渦巻いていた。


『先生のくせに化粧がケバイちゅうねん』 

『何様のつもりや。大人しゅうしとったら、ええ気になりやがって』 

『クラスのいじめも気付かんくせに、何が他人の気持ちに気付く人間になってね、や? まずおのれから気付けっちゅうんや』・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 幸代は最初、書いている内容が自分の事を指しているとは気付かなかった。

 だが、読んでいく中で、『幸オバハン』や『お水ババア』の発言とされている内容が、自分の言った言葉と同じだと気付いた時に血の気が引いた。彼女は全てを読む事は出来なかった。その夜はそのままの姿勢で朝を迎えた。

 この中学校がある校区は評判が良く、生徒もいい子達が多かった。 

 だから余計にショックが大きかった。あれだけおとなしく自分の意見を聞いてくれていた担任クラスが、裏ではまったく逆だった事が彼女の自信を砕き、意欲を蝕んでいた。それからは生徒と話していても、どう思われているかを考えてしまって、不安が心を占める様になっていた。

 その影響で現在担任している1年3組は『中一プロブレム』の真只中だった。

 世間では小学一年生になったばかりの児童が規律を守れない状態の『小一プロブレム』が問題になっているが、小学校よりも校則などで規律が厳しくなる事や学習量の増加に対応できない中学一年生が増えて来た為に徐々に浸透してきた問題だった。

 本来の彼女なら解決は難しくないはずだったが、不安に苛まれている状態ではクラスの崩壊を食い止める事は無理だった。

 更に最近、連続で発覚した私生活での出来事が、彼女から仕事どころか生きる意欲を奪っていた。


 そんな時に、よりによって例の三人を押し付けられた。


『校長先生もなんで私なんかに。何もかも忘れて、知らない国に逃げようかな』

と考えた時だった。三年生の松下陽菜が職員室の入口に姿を現した。


「水野先生、連れて来ましたよ。先生?」

「あ、ご免なさい。ちょっと考え事していたわ」

と慌てて現実世界に帰って来た幸代だったが、完全に帰りきれていない様だった。

 陽菜の後ろに居る三人に気が付かなかった。


「紹介しますね。こちらから葉菜、瑠菜、菜々ちゃんです。一応、見分けが付くように髪型が違うカツラをしていますからすぐに慣れますよ、きっと」


 幸代はやっと三人に気付いた。まぎれもない美少女が居た。可愛いというより、整っているという感じだった。幸代も美人と言われてきたが、美人ゆえの悩みが有った。中途半端に整っている為に、少しだけ大きめの鼻が気になって仕方がなかった。だから他人にほめられる度に左手で鼻を隠す癖が付いた。しばらくは鏡を見る度に落ち込んでしまう。

 それに対して、彼女達は各パーツが、透き通るような肌の顔にバランスよく配置されていた。厳しく見て、駄目な所を強いて言うなら眉毛が薄く感じる点と、整いすぎて個性が無いような気がする点くらいだった。

 だが、目が彼女達の印象を没個性にしていなかった。理由は分からないが力に満ちていた。その目が真っ直ぐに自分を見詰めている。今の幸代にはまぶしい瞳だった。彼女は思わず上ずった声を上げた。


「は、初めまして。あなた達の担任の水野幸代です。それでは、一緒に校長先生の所に行きましょう。松下さん、ありがとうね」

「いえいえ。妹たちをよろしくお願いしますね。いい子達ですよ、少なくとも私よりは」


 そう答えた陽菜が笑顔を見せて、妹達(戸籍上は今日から姉妹になっていた)に手を振りながら自分の教室に戻っていった。

 三人は声を出さずに、姉の陽菜に軽く手を振ってから幸代の方へ向いた。動作が揃っていた。

 職員室の視線を集めながら4人は校長室に向かった。彼女達の姿が消えた後で、残された教師達の私語が始まった。彼らの考えは一つの点で一致していた。自分が担任でなくて良かった、というものだった。下手を打ったら父兄や教育委員会に叩かれる事は確実だった。

 そしてマスコミも要注意だった。昨夜もテレビのニュースで取り上げられていた。

 さらに、ネット上では三人の動向を報告すると宣言したホームページが立ち上がっていた。書き込まれている内容と三人のごく最近の隠し撮り写真や校内の写真が掲載されていた事から在校生と思われるが、立ち上げた人間の正体は不明だった。



 三人に関わる事は、目隠しで地雷原を歩くくらい危険だった。

如何でしたでしょうか?

 大人も大変ですね(^^;)

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