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タマオっていうな!  作者: 深瀬静流
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お母さんのメールは手紙だ

―― 珠緒ちゃん、お変わりないですか。

入学したばかりで、大学に慣れた頃かなと思ったらもう夏休みですものね、早いですね。

成績のほうはどうでしたか。

ちゃんとお勉強についていけていますか。

サークル活動のほうも頑張っているようで、珠緒ちゃんが驚いたり困ったり、いろんな経験をしているのをお母さんは喜んでいます。

お勉強だけでなく、いろいろな人と出会って、いろいろな経験をいっぱいして、なんでもいいから吸収してほしいですね。

でも、お母さんはそばにいないから、珠緒ちゃんが困ったときや、悩んだりしても、すぐに気づいてあげられないのが辛いです。

力になってあげられなくても、そばで見守っていてあげるのが親だと思っていますから、親の責任を果たしていないのが心苦しいです。ごめんね。

珠緒ちゃんが小学五年生の時から、お母さんが働きに出ちゃったもので、珠緒ちゃんは我儘を言う相手もいなくて大きくなってしまって、何でも我慢してため込んでしまう子になっちゃったんだよね。

お母さんはそれが心配です。

サークル活動の話でも、珠緒ちゃんの報告はおもしろくて楽しいのだけれど、無理していないか心配しています。

いやなことはいやだとはっきり言える勇気を持ってくださいね。

嫌われるからとか、お友達をなくすからとかの理由で流されて、後で後悔するくらいなら、嫌は嫌、できないことはできないと言う勇気を持ってください。

お母さんは、また転勤になります。

今いる職場の改善と目標率の達成が軌道に乗ったので、ここでの仕事は終了ということです。

次の職場は関西方面になるみたい。

まだ詳しいことは決まっていません。

毎回の転勤はしんどいのですが、珠緒ちゃんが一人で頑張っていると思えばお母さんも頑張れます。

和江さんたちに、気を使わなくていいんだからね。

そこは珠緒ちゃんの家なんだからね。

いつも言っているけど、大きな顔をしていていいんだからね。

珠緒ちゃんの口座に今月分のお小遣いを振り込んでおきました。

必要なことがあったら、遠慮なく言いなさいね。

珠緒ちゃんには不自由させたくないの。

またメール、ください。

では、おやすみなさい。

珠緒ちゃんへ。

お母さんより――。

 ぼくとお母さんはメールでやりとりしている。

 お母さんは全国に展開している大型スーパーの店長をしていて、就職氷河期といわれるようになった頃からの不景気続きで、がたんと落ちた売り上げの店舗の査察考査をして、人員、または店舗そのものを整理するかどうか本社にかけるという仕事をしている。

 その土地その土地で、店舗環境や購買環境が違うため、配属される店舗が決まると、お母さんは呆れるほど入念な調査を開始する。

 その仕事ぶりは徹底していて、お母さんの評価は高く、建て直し屋として社外にも名を知られていた。ほかの会社からも引き合いがあったみたいだが、詳しいことは知らない。

 お母さんは、ぼくを一人にして働きにでると決心したときに、半端な仕事はしないと決めたようだ。

 ぼくはそんなお母さんを尊敬している。そして、お母さんがぼくに送ってくるメールを読むと、いつもぼくのことを心配してくれて、母親にもどってくれるのがうれしいんだ。

 お母さんは、ぼくが頑張っているから頑張れるというけど、それはぼくだって同じなんだ。

 お母さんは一人で頑張っている。ぼくが寂しいと思うように、お母さんも寂しいと思いながら頑張っているんだ。

 今度の転勤先は関西みたいだけど、遠いな。ぼくはため息をつきながらパソコンを閉じた。

 お母さんには言ってなかったけど、きのうサークルの先輩たちに呼び出されて大学の部室に行ってきた。

 夏休みに入っていたから校内は閑散としていて、部室に向かって歩いていたら川島君と会った。

「タマオも呼ばれたのか」

「うん。いつもいきなりなんだもん。こまるよね」

「言っても無駄だよ。だいいち、言えないし」

「いつも、ただメシ食ってるからね」

 ぼそぼそと会話しながら部室のドアを開けたら、井上さんはじめ、先輩全員がそろっていた。

 エアコンの効いた部室で、井上さんは半袖シャツの襟ボタンを三つもはずしてホッチキスで止めたA4の書類を団扇代わりにしていた。

「来たかタマオに川島」

 団扇代わりの書類で手招きする。

 ひより先輩と江川先輩が、座ったイスから無表情に振り向いた。桃香先輩だけがにこにこしながらプラコップに冷えたお茶を注いでくれた。

「タマちゃんにエイジくん、座って座ってぇー」

 桃香先輩だけがタマちゃんエイジくんとぼくたちを呼ぶ。桃香先輩がいるだけで実はほっとする。

 井上さんは得体が知れないし、江川先輩はいつだって我一人だし、ひより先輩は冷気吹きまくりだし、縋りつけるのは桃香先輩だけだ。

 ぼくと川島君がみんなのいるテーブルの席に着くと、井上さんがA4のホッチキス止めした書類を差し出してきた。

「三ヶ月にわたる長い長い研修期間が終わった。おめでとう諸君。これで諸君は晴れてデートクラブの戦力として活動開始だ。デートクラブのコンセプトは、優しさと思いやり。これを忘れずに実践してくれたまえ」

 偉そうな演説口調の井上さんの話を無視して書類をめくった。

「山崎ヨシ 七十九歳。なんですか、これ」

 ぼくは三枚綴りの一枚目の一行目を読んで井上さんに訊ねた。

「タマオのデート相手だよ」

「井上さんの顔が真面目に見えるんですけど」

 何の冗談かと思って井上さんの顔を見た。


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