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タマオっていうな!  作者: 深瀬静流
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女の子に夢を持つなんてバカな男のすることだ

 長い長い運転をして、おばあちゃんが住んでいる御殿場の施設に着いたのは、施設を取り囲む松林に夕日が影を落とす頃だった。

 車の中の荷物を運び込むのに施設の職員の人に手伝ってもらって玄関ホールに積み上げた。

 おばあちゃんは疲れたようにその様子を玄関の上がり口に座り込んで見ていたが、全部運び終わって、ぼくが挨拶するためにおばあちゃんの前に立ったら、おばあちゃんも立ち上がってぼくを見上げた。

「あの、おばあちゃん。ほんとうにすみませんでした。ぼくのせいで、ごめんなさい」

 体を二つに折って頭を上げると、おばあちゃんは諦めきったようにため息をこぼした。

 野菜の箱の中の大きなスイカを指差して、「持って行け」と言った。首を横に振ると指でもう一度持って行けというしぐさをする。ぼくがスイカを持ち上げたら、もう行けというように外を顎で示した。頷いて、ぼくはおばあちゃんに別れを告げた。

 車を出すときには、あたりはすっかり暗くなっていて、施設の明かりが煌々とともっていたが、その明かりの中にいるおばあちゃんは、ここにいても、田舎にいても、息子さんの家にいたとしても、孤独にかわりはないのかもしれないと思った。

 保に、いま御殿場でこれから帰ると電話したら、駅前の居酒屋にいるから迎えに来いとふざけたことを言う。疲れすぎていたので怒鳴る元気もなく、返事もせずに携帯を切った。

 夜の東名高速はすいていて、一時間半でつくところを一時間ちょっとで着いてしまった。

もちろん保なんか迎えに行くわけもなく、家に直行だ。

 国安さんにも電話しておいたので、ぼくの帰宅にあわせて夕食の用意をしてお風呂を沸かして待っていてくれた。

 夏場はみんなシャワーですませるから、お風呂はわざわざぼく一人のために用意してくれたものだ。

「お風呂にする、それともご飯?」と国安さんに訊かれて、ぼくはちょっと贅沢な気分になり、少しだけ疲れがとれた。

 先に汗を流して国安さんの料理を食べながら、問われるままに大変だったことを話すと、国安さんは何か言いたそうにしたが黙ってお茶をついでくれた。

「保が珠緒くんのことを心配していたよ。あんなのでも珠緒くんの兄貴のつもりでいるみたいだよ」

 顔と料理の腕がいいだけのパチンコ好きの生活無能力者の国安さんが、穏やかな笑みを浮かべて話しかけてくる。

 ぼくは国安さんを男としては軽蔑しているが、国安さんの誠実な人柄は好きだ。優しくて、人の神経を逆立てることのない語り口も好きだ。

 ぼくはこの人の息子ではないけれど、国安さんの愛情を感じることができる。でも、時々それがすごくムカついていらつくときがある。

 他人なのに、かんぺき赤の他人なのに、なんでそんなに優しいんだよと怒鳴りたくなるときがある。

 苛ついて、国安さんのダメなところをあげつらってずたずたに傷つけてやりたくなるときがある。

 おまえらみんな、和江おばさんも保も国安さんも、みんなまとめてこの家から出て行けよと、怒鳴りわめきたくなるときがある。

 保はぼくの兄貴じゃないよ。

 保は従兄弟だ。

 この家の人間じゃないんだ。

 この家の人間はぼくとお母さんだけなんだからな! そう喚きたくなるときがある。

「ごちそうさま。疲れたからもう寝るよ」

 ぼくは理不尽なもやもやをため息でごまかして、食べ終わった食器を流しに持っていって、国安さんにおやすみを言って二階に上がった。

 おばあちゃんは今頃どうしているだろうか。

 ぼくには、帰ってきたら食事と風呂を用意してくれている人がいるというのに、疲れて神経がヒリヒリしているせいか、そのありがたみを無視して「お帰り」と言ってくれるのが、お母さんだったらよかったのにと思ってしまうんだ。

 本当の家族。

 保たちに出ていってほしいというわけではなく、ぼくは、ぼくと血のつながった本当の家族と暮らしたいだけなんだ。

 おばあちゃんだって、本当はそうに決まっている。施設で、優しい職員の人たちや友人たちに囲まれて暮らしていても、本当の家族の代わりにはならないんだ。どんなに優しくされても、世話をされても、本当の家族とは違う。保たちがぼくの本当の家族ではないのと同じだ。でも、おばあちゃんは、それにじっと耐えていた。田舎で、なにを言われても言い返さず、だんまりを決め込んで耐えていた。

 ぼくにはそんな強さはない。寂しかったり悲しかったりすると、つい国安さんや保に八つ当たりしたくなる。

 小さかった頃はそんなふうだったけど、いまはもう大人だからそんな子供じみたことはしない。我慢しているだけなんだ。

 我慢は、耐えているのとは違う。

 我慢するのは当たり前のことだけど、耐えるっていうのは根性なんだ。

 根性って、苦しいよね。ストイックでさ。

 ぼくは机の前に座って、ため息をつきながらパソコンを立ち上げた。

 こんな風にもやもやしたときは、お母さんにメールして優しい言葉をかけてもらうのが一番だ。

 山形の女の子じゃないけど、世界中を探したって、お母さんほど優しい女の人はいないよきっと。女の子はきれいでかわいいくせに辛辣で、約束をしたとたん約束を破るんだ。人のことをムシケラみたいに見るしさ。女の子に夢を持つなんてバカな男のすることだ。今回の山形行きでそれがよくわかったよ。

 苦い経験だったなぁ――。


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