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タマオっていうな!  作者: 深瀬静流
19/35

女の子が二人もいるぞ

 翌日は、きのうと引き続きいいお天気で、まだ朝の八時だというのにがんがん蝉が鳴きっぱなしで、太陽は田舎の澄んだ空気を切り裂くみたいに容赦なく炎熱を放射していた。

 寝不足で機嫌の悪いぼくは朝の挨拶も投げやりで、用意されていた朝食をおばあちゃんと二人で食べた。

 家の人たちは、どこかで声はするけど忙しいのか居間には誰もいなかった。

 食べ終わったお茶碗を、おばあちゃんのぶんと一緒に台所に持っていって、洗って水切りカゴにいれ、冷蔵庫の上からラップを取っておかずの残りにかけて、勝手に冷蔵庫を開けて仕舞った。

 居間でおばあちゃんと二人で食後のお茶を飲んでいると、なんだかぼくとおばあちゃんは昔からの知り合いだったみたいな錯覚を覚えて、急いで馬鹿げた勘違いを追い出したりした。

 おばあちゃんはくつろいでいて、眉間にしわが寄っていない。いつも苦虫を噛みつぶしたように顔中のしわを凶悪に深めているのが嘘みたいだ。のんびりお茶をすすっているおばあちゃんを、ちょっとだけ、かわいいなんて思ってしまっていた。

「そろそろ支度するべか」

 お茶を飲み終わったおばあちゃんが座卓に両手をついて重そうに立ち上がりながら言った。

 仏間に戻って、ぼくがいるのもかまわずに服を脱ぎだして黒の礼服に着替え始めた。ぼくも荷物の中から、井上さんが借りてくれた貸し衣装の礼服を引っ張りだした。

 軽く畳んでデイパックの中につっこんだままにしていたので、しわが寄っておかしな具合になっていたが気にしない。

 おばあちゃんみたいにぱっぱと服を脱いで、ワイシャツを着て黒のネクタイを締めて黒のしわの寄ったスラックスをはいて上着は手に持った。

 玄関で靴をはこうとしてぼくは声をあげた。

「いけない! 黒靴を忘れた」

「かまわね。その運動靴をはいていけや」

 おばあちゃんが何でもないように言うのでそうした。

 庭に出て自分の赤い軽自動車に歩き出したら、玄関から礼服を着たこの家の人たちが固まって出てきた。

 全部で四人。

 おじさんとおばさんと、お、お、女の子が二人だ!

 一人は高校の制服を着たショートカットのすらりとした大人っぽい美人だ!

 きれい! かわいい! すごい!

 ちゅ、ちゅ、中学生の制服姿の妹も、かわいいぞ!

 ぼくはうれしくて脳が興奮状態で熱くなった。

 これまでの苦労が報われたと思った。気むずかしくて頑固で短気なおばあちゃんの相手も、長い長い高速道路での神経を張りつめた運転も、高雅さんになりすますことの良心の呵責も、なにもかもチャラだ。

 おつりがくるぞ!

 ぼくは満面の笑みで彼女たちに会釈した。でも、完全に無視。

 え? 無視って、有りなの?

 おじさんが家の脇の方の納屋みたいな建物に歩きだすと女の子達もついていき、両手に大きな紙袋を持ったおばさんがぼくたちに「一緒に乗っていくべよ」といった。

「んだか」と、おばあちゃんがあとに続く。

 納屋のような大きな作業小屋には耕運機とか軽トラックや肥料や訳の分からない農作業の道具のほかに車が三台入っていた。

 ワゴン車に全員乗り込み、車でわずか二分のところにあるお寺さんに着いた。

 歩いても大したことはないように思うが、田舎の人たちには歩いていくという発想はないらしい。

 広々とした境内にはすでに親戚の人たちの車が駐車してあって、本堂の裏にある墓地に行ったら、ゆうべ会った人たちがお墓の前でおしゃべりしていた。

 紙袋から花や果物やお菓子やワンカップのお酒を墓前に供えて線香をあげ、順番にお参りしたあと、お供え物を下げて紙袋に戻し、本堂に戻った。

 本堂の畳に正座して待っているとお坊さんが現れて挨拶を交わし、七回忌の法要の読経が始まった。

 ぼくは女の子が気になってちらちら彼女たちを盗み見ていた。彼女たちは施主のおじさんとおばさんのうしろに並んで正座している。

 ぼくは早くも正座した足が痛くなってきたので、気を紛らわせるため古色蒼然としたお堂の建物や正面の豪華絢爛な仏像や、仏像を取りまいているきんきら金の訳の分からない飾り物や錦の垂れ幕などを眺めていたが、結局女の子たちに目が吸い寄せられていく。

 すんごく長いお経にむかっ腹がたってきた頃、やっとお経が終わってほっとした。

 お坊さんがこちらに向き直って一礼し、なにやら説教めいたありがたいお話をサービスしてくれたあと、場所を方丈の座敷に移して、そこに用意されていた箱善の前に座り、おばさんが紙袋から先ほどのお菓子や果物をとりだしてみんなにくばりはじめた。

 方丈さんの奥さんと娘さんが熱々のお吸い物を運んできてくれて食事が始まった。

 みんな車で来ているはずなのに、男の人たちはお酒を飲み始めた。

 いいのかな、いいわけないよね。

 ぼくはおばあちゃんの隣で、黙々と食事を平らげた。なるべく他の人と目を合わせないように、話しかけられないようにずっと下を向いていた。

 うっかり話を振られてぼくが高雅さんではないことがバレたら大変だ。そんなことになって一番困るのはおばあちゃんなのだから。

 おばあちゃんは、完璧に自分が息子夫婦に大切にされていて、忙しい息子に代わって孫が田舎につれてきてくれるほど大事にされているという老人を演じているのだから。

 そのために、自分のお金で買ったたくさんのおみやげ物を、息子と嫁からだと言って親戚中に配ったのだから。

 それを見栄だと言うのは簡単だけど、ぼくはおばあちゃんの気持ちを考えるとしだいに身に詰まされてきた。

 腹が立つけど、悲しいよね。

 見栄を張っていないと、惨めでやっていられないよね。

 きのうから、別人のように幸せそうな笑顔を見せているおばあちゃんが、いじらしいと思ってしまう。

 座がくだけて、おじさんやおばさん達が席を移動し始めて話が盛り上がってきたので、ぼくはそっと席を外して外に出た。

 広々とした境内には樹齢百年はありそうなイチョウの大木が枝を広げて、ちょうどいい日陰を作っていた。木の根本は根っこが地面から盛り上がっていて腰を下ろすのにもちょうどいい。

 木陰の涼しい風に吹かれて遠くに目をやれば、区割りされた田圃の向こうに低い山がどこまでも連なっている。田圃だらけなものだから、至る所に用水路の溝が張り巡らされていて、きれいな水が境内にも引かれており、蓮の葉が茂っている池にさらさらと流れこんでくる。

 蝉の声が向こうの木立から聞こえてくるが、暑苦しく感じないのは地面がアスファルトではなく土だからかもしれない。

 アスファルトで覆われたビルばかりの都会の風と違って、こちらの風はからっとしていて、肌の湿りけはこうしていると乾いてしまう。

 ずいぶん遠くに来てしまったんだなと、田舎の風景を眺めていたら、制服姿の彼女たちがやってきた。

 中学生の妹は高校生の姉の腕にぶら下がって、肩に隠れるようにして歩いてくる。恥ずかしいのかもしれない。しかし姉のほうは、ぼくを見る顔つきが怒っているように見えた。

 ぼくはどんな顔をしていいのかわからないまま立ち上がって彼女たちを迎えた。


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