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タマオっていうな!  作者: 深瀬静流
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替え玉なんて、ムリムリ

 家に帰ってから、井上さんに電話をした。おばあちゃんの孫の替え玉なんて、やっぱり無理がある。井上さんの携帯にかけるとすぐに出た。

「井上さん、青木ですけど」

「青木って誰」

「青木珠緒です」

「なんだタマオか。タマオで登録しているからタマオって言え。青木じゃわからん」

 井上さんの声はやけに大きい。通話に混じってチンジャラジャラと軽快にパチンコ玉がはじける音がして、大音量の「YMCA」が流れている。ぼくはがっくりきた。昼間っからパチンコかよ。

「あの、山崎ヨシさんの件なんですが、お孫さんの身代わりなんて、ぼく、できません。ぜんぜんタイプが違うじゃないですか。親戚の人たちにバレますって」

「タイプが違う? ばあさんの孫を知っているのか」

「いえ、ちょっと偵察に行ってきたんです」

「熱心で偉いな。このぶんなら即戦力になりそうだな」

「だから、見破られますって」

「ちゃんと資料を読んでないだろ。調査は徹底しているから資料を読めば全部わかるようになっているんだよ。あとはタマオの演技力だけだ。うまくやれよ。問題が起きたら電話しろ。江川が何とかしてくれるから」

 大当たりが出たらしい。とたんにパチンコ台がフィーバーする音がして玉がパチンコ台

から流出する音が聞こえた。

「いま忙しいから、あとは自分で何とかしろ」

 井上さんはろくにぼくの話を聞かずに電話を切った。

 だめだ。井上さんは人の話に耳を傾けるような人じゃなかったんだ。ぼくよりパチンコフィーバーを選んじゃう人だったんだ。江川先輩が何とかしてくれるなんて、ありえない。あの人はいつだってマイペースの「天上天下唯我独尊」の人なんだから。

 どうしよう、こういう場合、誰に頼ったらいいのだろう、誰に相談したらいいのだろう、ぼくを甘やかしてくれるのは誰だ。いるわけないよね。いくらぼくだってそこまでトロくない。最後は自分で何とかするしかないんだということぐらいわかっている。

「たもつ! たもつ! たもつ!」

 ぼくの悲鳴を聞いただけで保は携帯と財布を掴んで家から逃げ出していった。

 くそっ、捕まえ損ねた。

 その夜、保は帰ってこなかった。





――珠緒ちゃん、いろいろ苦戦しているみたいですね。

あなたは自分で思っているより、ずっとお節介で好奇心の強い男の子だから、自分で厄介事を招いてしまって、自分でどうしていいかわからずに慌てふためくという、面倒なところがありますよね。

今回のおばあさんの件も、あなたの性格が事をややこしくしなければいいけれどと思っています。

人様のお宅をぴょんぴょん飛び跳ねて覗き見したなんて、お母さん、恥ずかしくて単身赴任していてよかったと思いました。

警察に捕まったら、あなたはまだ未成年ですから保護者が引き取りに行かなくてはならないわけで、できるなら警察沙汰は二十歳を過ぎてからにしてほしいものです。

うちはお父さんがいませんから、わたしたちはなんでも自分たちで解決しなくてはいけません。

頼る人がいないのは、時に辛く苦しい事もありますが、現実を直視して自力で乗り越えていく忍耐と勇気を失わないでください。

珠緒ちゃんが無事におばあさんを山形へ連れて行って、何事もなく帰ってくることを願っています。

お母さんの方は名古屋での生活にも慣れて、わりと名古屋弁が話せるようになりました。

いろいろな土地に転勤になって思うのは、その土地の人に馴染むには、土地の言葉と土地の食べ物に馴染むのが一番の近道だということです。

でも、お母さんみたいに、いろいろな土地を転々としていると、どこに本当の自分の根っ子がある場所か、わからなくなるときがあります。

そんなときは珠緒ちゃんの写真を見ることにしています。

お母さんの帰るところは珠緒ちゃんのところです。

おばあさんの件が片づいたら、名古屋に遊びにいらっしゃい。

無性に珠緒ちゃんにあいたくなるときがあります。

お母さんがそちらに帰れないから、珠緒ちゃんがきてください。

保くんといらっしゃい。

では、またメールしますね。

お母さんより――。

 お母さんがぼくに会いたがるときは、とても疲れているときか、辛いことがあるときなんだ。

 仕事がうまく行っていないのだろうか。保の会社の休みに合わせてお母さんのところに遊びに行ってこようかな。こんど保に話をしてみよう。パソコンを閉じてベッドに横になった。

 夕飯をすませて風呂に入ってさっぱりして、エアコンの効いた部屋で寝転がているとうとうとしてくる。

 それにしても、今日の山崎姉弟の会話はひどかったな。おばあちゃんを邪魔にしてさ。

 ベッドの頭のほうにある勉強机に身を乗り出して、山崎ヨシさんの調書を取った。井上さんは調書に全部書いてあるからよく読めと言っていた。三枚綴りのA4の紙を寝転がってぺらぺらめくった。

 文字を追いながら、井上さんは今日、パチンコでいくらもうかったかなと、そっちのほうに気を取られているうちに欠伸がでてきたので電気を消して寝てしまった。


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