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タマオっていうな!  作者: 深瀬静流
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ジャンプしたら見えるかな

 ぼくの住んでいる横浜は、神奈川県といっても東京と隣接しているところで、鉄道はJRと私鉄が通っているので都心にでるのは便利なところだ。だから東京へ行くといっても驚くことはないのだけれど、さすがに百坪単位の敷地に建つ高級住宅地のたたずまいは、一般庶民のぼくとしては圧倒された。

 どの家も高い塀に目隠しされて塀の中は見えないけど、外からだけでも庭木の佇まいや二階屋の屋根のしゃれたデザインで住む人たちの人種の違いがわかるというものだ。ぼくや保が一生働いても絶対こんな瀟洒な家には住めないと断言できる。

 戸建ての住宅は区画整理がされていて、一見碁盤の目のように思えるが、東京というところは埋め立て地か、ひと山全部平らにならして造った団地か、新興住宅地でもない限り、道路はわりと入り組んでいたりする。それでも住宅を仕切る道路が、ぼくの住んでいる地域や東京の下町と違って道幅が広くとってあるのが高級な感じだ。

 どの家も静まり返っていて道を行き来する人もなく、おばあちゃんの息子さんの屋敷は大谷石の高い塀に守られて、午後の日差しにさらされていた。

 車を四つ角の際に止めてエンジンを切り、保のサングラスを奪った。

「なに珠緒、サングラス、どうすんの」

「借りる。顔、見られたくない」

「見られたくないって――」

 ぼんやりしている保を車に残して外に出た。

 いきなり半袖の肌を太陽が焼いてくる。ぼくは肌が赤くなって痛くなるたちだから、本当は日に焼けたくないんだけど仕方がない。とことこ小走りで山崎邸の門の前まで行った。 門扉もやっぱり高級塗装したアルミ製で完全に屋敷を目隠ししている。塀の高さより門扉のほうが少し低いので爪先立ちしてみたら、ほんのちょっとだけ庭と屋敷が見えた。

 アメリカの家みたいに芝生が青々と茂っていて、バスケットのゴールポールなんか置いてある。このぐらい庭があったら、ゴルフのパターの練習だってキャッチボールだってできてしまう。

 屋敷は日当たりがいいからガラス戸には全部レースのカーテンが引かれていて、特に一階のリビングらしい部屋の間取りの幅の広さに感動してしまった。

 きっとなかもすごいんだろうな。こんな立派なお屋敷なのに、なんでおばあちゃんは老人ホームなのだろう。ぼくは先週会ってきたおばあちゃんの姿を思い出してみた。

「そだいに(そんなに)、おらだば(私のことを)恥ずかしいだか」とおばあちゃんは言っていたけど、あの姿と何を言っているのか理解できない山形弁は、この瀟洒な高級住宅地には似合わないかもしれない。

 でも、まさかねえ。そんなことくらいでねえ。

 とにかく、住居が狭くて同居できないという可能性は却下だな。

 爪先立ちに疲れたのでジャンプしてみた。

 人が見ていたら確実に警察に通報されているだろう不振行動も、人の気配のない住宅地だから気にせずにジャンプだ。

 何かが動いたような気がしたので、もっとジャンプしてみる。

 ぼくは何度かそれを繰り返した。

「まずい!」

 立派な玄関ドアが開いてぼくとたいして年の違わない男子が出てきた。

 ヨシおばあちゃんの孫の高雅さんだとすぐにわかった。東大三回生の法学部だけあって、すごく頭が良さそうだ。背が高くて痩せていて、顎が細くて目も細い。髪は明るい茶色に染めていてちょっと長め。服装はいかにもいいところのお坊っちゃんらしいブランドもので決めていて、さわやかな大学生のイメージキャンペーンにぴったりな青年だ。環境が人間を作るのかなぁ。

 ぼくはあわてて門扉から離れた。きびすを返して保の待っている車の方に戻ろうとしたら、門扉の横の潜り戸のようなドアが開いて高雅さんが出てきた。

 ぼくはとっさにしゃがみ込んでスニーカーの靴ひもを結ぶふりをした。

 かがんだぼくの目の先を、高雅さんの真っ白な皮のローファーが横切っていった。

 一点の染みも汚れもない白皮の靴。その白さが、おばあちゃんのいる老人ホームの砂利石の白さと重なった。でも同じ白でも、両者の白は対極にある白さに思えた。

 高雅さんの足音がいくらも進まずに止まった。乗用車が停車する音がして、車のウインドを下げる機械音がした。

「どこ行くのよ」

 若い女の人の声だ。もう片方の靴ひもを結び直すふりをして、そっと後ろを振り向いた。

 高雅さんのお姉さんの美由紀さんが車の窓から首を出していた。

 高雅さんとよく似ていて、顎が細くて目も細かった。うっすらお化粧をしていて、大胆に肌を露出する服を着ていた。

「パスポートが切れかかっていてさ、これから切替えに行ってくるよ。車、とってきたの?」

「そう、もうすぐみんなでヨーロッパに行くからね、車検がすんだって連絡があったから、さっさと取ってきたわ。車がないと不便だしね」

「今回はパパもママも、よく休みがあわせられたよね。家族で旅行なんて何年ぶりだろう」

「おばあちゃんの田舎になんか行ってられないわよ。山形よりは、やっぱ、ヨーロッパでしょ」

「おばあちゃんも連れていけばいいのに」

「冗談でしょ。足手まといで邪魔よ」

「そうなんだけどね」

「パスポート、面倒だから10年使えるのにしておきなさいね」

「わかってるよ」

 ピコっとリモコンのスイッチが入る微かな音がして屋敷の門扉が自動的に開いた。

「じゃ、ちょっと済ませてくるよ」

 高雅さんが言い終わらないうちにぼくは歩きだしていた。背後で美幸さんの車が屋敷に入っていく音がし、高雅さんが駅のほうに歩き去っていった。

「あれがばあちゃんの孫たちか」

 車に戻ると保がたいして関心なさそうに言った。ぼくはげっそりしながら車のエンジンをかけた。

「あの人たち、家族でヨーロッパに旅行に行くみたいだよ。おばあちゃんの田舎なんかに行ってられないって言っていた」

「そりゃあ山形より海外旅行のほうがいいだろ」

 やっぱり保は関心なさそうだった。ぼくはもやもやしたまま車をスタートさせた。

「だけどさ珠緒、おまえとあいつ、ぜんぜんタイプが違うじゃん。おまえチビだし向こうはノッポだし、むこうは糸目でおまえはドングリ目玉だし、むこうは大人っぽくておまえはガキっぽいし、田舎の親戚にばれるんじゃねえの」

 ぎょっとしてブレーキを踏みそうになった。

「ぼくはバカだ。どうして今まで、そのことに気がつかなかったのだろう」

「バカは昔からだけどな」

 そう言って保は大あくびをした。

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