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タマオっていうな!  作者: 深瀬静流
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ペーパードライバーはステアリングにしがみつく

――珠緒ちゃん、大学のサークル活動に営利が絡んでくるとなると、それはサークル活動とは言えません。

 お母さんは、珠緒ちゃんが井上さんとかいう人に、いいように使われて不当な労働をさせられる可能性を考えると、法的手段をとるべきではないかと考えました。

 大げさだと思うかもしれませんが、珠緒ちゃんはまだ十九歳の未成年ですから、珠緒ちゃんにかんしてはお母さんが責任を持つ立場にあるわけです。

 子供の不利益になるかもしれないことに関して見過ごすことはできません。しかしながら、これまで珠緒ちゃんはだいぶ井上さんに金銭の享受を受けているようですから、自分の不用意さを大いに反省すべきでしょう。

 この世の中『ただほど怖いものはない』と言うように、お金に関しては充分注意しなくてはいけません。

 『借りを作るな』と言う言葉をお母さんの遺言にしておきます。

 くれぐれもお金の貸し借りはいけません。

 絶対に保証人になってもいけません。

 たとえ和江おばさんに頼まれたとしても断りなさい。

 国安さんの場合は言語道断です。

 どうしても義理があって貸さなければならないときは、差し上げる覚悟でお貸ししなさい。

 話がずれてしまいましたね。

 今回のことに関しては、珠緒ちゃんにも落度があったと思いますので、自分で自分の後始末をすることですね。

 でも、相手のおばあちゃんは、かなりのご高齢ですから珠緒ちゃんには荷が重いかと案じています。

 くれぐれも気をつけてくださいね。

 お母さんの移動の件、決まりました。

 愛知県の名古屋市です。

 名古屋といったら名古屋城ですけど、おいしいものもいっぱいみたいです。

 大阪や京都まで行かずにすんでほっとしました。

 夏休みにでも遊びに来ませんか。

 お母さんは仕事で留守がちですけど、保君を誘ってもいいですし、お友達とでもいいですよ。泊まる部屋は一部屋ありますから、何日でも泊まって遊びに行ったらいいですよ。

 では、またメールしますね。

 車の運転、気をつけてね。

 お母さんより――。


 お母さんのメールは長い。これは手紙だ。でも、気持ちを伝えようと思うと、いっぱい書きたくなってしまうんだろうね。

 ぼくが今回の山形行きや、サークルのグチをメールしたら、こんなに長い返事が来た。

 結局、自分で蒔いた種は自分で刈り取れということだ。きびしいよなぁ。

 保のほうがよっぽどぼくに甘いかもしれない。




 保が会社の休みの日にぼくにつきあってくれて運転の練習がてら、山崎ヨシさんの住んでいる養老院に行ってみることにした。車はもちろんんぼくの軽自動車だ。

 よく晴れた七月下旬の空は、一週間前まで梅雨の曇天だったとは思えないほど青くって、しかも気温が高かった。

 午前九時だというのに軽く三十二度を突破している。その暑さだけで僕は機嫌が悪かったけど、保は野次馬的気分でけっこう楽しそうだった。

 前日にクリーナーを塗って磨き込んでおいた真っ赤な軽自動車に乗り込み保を待った。

保は黒のおしゃれな半袖Tシャツに白のスリムなデニムパンツ姿で現れ、道路地図の本を持っていた。

 保はぼくと従兄弟だけど、ぼくと違って背が高くてすらっとしていて、認めたくないけど実は顔もいいんだ。和江おばさんは国安さんに一目惚れして結婚しちゃったくらいだから、保のかっこよさは全部国安さん譲りで、僕としてはすごく悔しい。

 保が長い足を折り畳むようにして狭い車の助手席に乗り込むのを忌々しく睨みつけていると、保が少し悲しそうな顔をした。

「いいよな珠緒は、軽自動車サイズで」

 よっぽど車から放り出してやろうかと思ったけど我慢した。

「保、おばあちゃんの住んでいるところの場所をナビにセットしてよ」

「ん、いいけど、珠緒さ、おまえ自分でもナビをセットできるよな」

「できないよ」

「は?」

 ナビを操作していた保の手が止まった。

「珠緒、自分でナビ、セットしてみ」

「なんでよ、いいだろ、そのくらいしてくれたって。ケチだな」

「違うだろ。ナビの使い方を覚えろよ。あとで困るのおまえだろ」

「あ、それもそうだな」

 呆れ顔の保にナビの使い方を教わって、書類を見ながら山崎ヨシさんの住所を登録していく。

「よし。これでいいんじゃない?」

 保は自分で確認してからようやく安全ベルトを装着した。

 教習所で習ったとおりの手順を踏んで車をスタートさせた。狭い門扉をなんとか車体に傷をつけずに道路に出して、制限速度を守って住宅街から国道に出た。カーエアコンの冷たい風が気持ちよく吹いてくる。保はイスを目いっぱい後ろにスライドさせて長い足をなんとか納めている。

 FMトランスミッターにUSBメモリーをつっこんで音楽を流しているけど、ぼくはその音楽が気になって仕方がない。

「保、音楽とめてよ。気が散るよ」

「なんだよ、いいだろ音楽ぐらい」

「だめだ、気が散る、事故る」

「信じらんねえ」

 ブツクサ言いながらもカーオーディオのスイッチを切って、保はつまらなそうにガムを口に放り込んだ。ついでのようにぼくの口にも放り込んでくれる。

「アメだ」

 コーヒーキャンディーだった。

 口の中に甘いミルクコーヒーの香りがいっぱい広がった。

「アメでもなめとけ。珠緒のちっぽけな脳ミソはちょっとのことでテンパっちゃうからな。脳の栄養には甘いものが一番だ」

 ときどき保つがすごく大人に思えるときがある。高校を出て就職して二年しか経っていないけど、大人に囲まれて働いているからなのか、よく気がつくし親切だ。たった一歳しか違わないのに、ぼくと全然違う。やっぱり悔しい。

「珠緒、おまえコンタクトにしろよ」

 必死でハンドルを握って前方を睨みつけ、アクセルとブレーキをこまめに操作して初心者丸だしで運転しているぼくに話しかけてくる。

「めがねなんてどうでもいいよ。話しかけないでよ」

「肩の力抜けよ。そんなにハンドルに被さるなよ。息しろ息」

「してるよバカ。息しなかったら死ぬだろ」

「めがね、汗でずり落ちてるし」

「クーラーが弱いんだよ。軽だからパワーが無くて冷えないからだよ。こんなんで高速に乗れるのか? 大丈夫かな。スピード出なくて追突されたらどうしよう」

「冷や汗かきながら運転するのも大変だな。山形まで行けるのかよ」

 のんびり笑っている保はぼくの運転で怖くないのだろうか。ぼくはすごく怖いんだけどな。

 ずり落ちてきためがねを素早く元に戻して素早くハンドルを握りなおした。緊張で腕が突っぱてくる。

「保、アメちょうだい」

 また口の中にコーヒーキャンデーを入れてもらった。


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